内緒で差し入れをします!
どうにかこうにか夫を送り出した後、私は厨房へと急いだ。
「レノルさん、クリームはどうかしら?」
「いい具合に仕上がっていますよ!」
厨房で料理長に声をかけると、彼はニカッと明るい笑顔で答えてくれた。
今日、実はアレンに内緒で差し入れを持っていくつもりなのだ。
「いい匂いね~」
「うっ、ここまでの量はさすがに……!」
ユンさんはバニラビーンズの香りがあまり好きではないそうで、廊下で待っていますと言って退出してしまった。
確かに騎士団への差し入れの量はものすごく多くて、甘い匂いが体中に染みついてしまいそう。これは着替えてから行った方がよさそうね。
でないと、馬車の中で私の服についた匂いが充満し、ユンさんが苦しんでしまうかも。
クッキーにクリームを挟んだり、ビスケットの上にデコレーションやトッピングとしてドライフルーツを盛りつけたり、仕上げだけでも手伝ってみた。
細かい作業は得意なので、とても楽しんで作ることができた。
お菓子をバスケットや箱に詰め、使用人の皆に馬車に積み込んでもらう。自家製のジャムは、ルードさんら執務棟の方々へのお土産にすることにした。
「奥様、準備が完了いたしました」
「ありがとう!では、留守をよろしくね」
家令のヘルトさんらに見送られ、夕方には戻ると言い残して出発する。
馬車の中には、ユンさんとジャックスさんと私だけ。ジャックスさんはわざわざ迎えに来てくれたのだ。
「裏口から入ります。こっそり行きましょう!」
「ふふっ、お願いしますね」
アレンに内緒というのが、楽しいらしい。ジャックスさんはごきげんだった。
うん、私も楽しい。
ユンさんは今日も凛々しく美しく、長い金髪を後ろで一つに結っている。いつまででも見ていられる美女だわ。
「本当にきれいね……」
ため息交じりにそう言うと、ユンさんはくすりと笑って「ありがとうございます」と言った。
「まぁ、自分でも美人だと思いますが、それでも結婚はうまくいきませんよ~」
あははと笑うユンさんに、隣に座っていたジャックスさんがきょとんとした顔になる。
「え?まだルードさん抵抗してるんですか?」
「そうよ。打っても打っても響かないから、いっそ捕縛でもしてやろうかと思っている」
「うわ~、もはや籠城戦ですね。早く投降すればラクになれるのに」
2人は呆れた顔で笑った。
私一人が「え?」と動揺する。
「あの、もしかしてユンさんが婚約解消しても追いかけているのってルードさんなんですか!?」
職場恋愛!?
あ、違うのか。追いかけていったから職場になっただけで、元は婚約していたのか。
混乱する私に、ユンさんは笑顔で頷いた。
「ルード様とは、アカデミーで出会って恋仲になりました。婚約にこぎつけたのはいいんですが、彼は辺境伯爵家の末弟なので兵役に行かなくてはならなかったのです。ちょっと行ってすぐに戻ってくるって言っていたのですが、アレン様に出会って欲が出たらしくて、『もうしばらく帰らない』から『いつ帰れるかわからないから婚約を解消しよう』という風に変わったのです」
「なるほど」
貴族令息でも、家を継ぐのはたった1人。
騎士として身を立てると武功によって爵位はもらえるけれど、それがいつになるのやら……だからなぁ。
アレンも結局、戻ってくるまで10年もかかったし。
「あとは、以前お話した通りです」
「追いかけて戦地まで行ったんですね」
「はい。もう二人とも王都にいるんだから、結婚しませんかって何度も言っているんですがどうにもいい返事がもらえなくて。ルード様って柔和で人懐っこい感じですが、実はとても意地っ張りなんですよ。だから、一度婚約解消したんだからそれを覆せないって」
意地っ張りについては私も人のことは言えないけれど、ユンさんの言う通り今はもう二人とも王都にいるんだからよりを戻せばいいじゃないかって思ってしまった。
他人事は「あぁすればいい」「こうすればいいのに」ってすぐに言えるんだよね……。実際に当事者になると、あれこれ障害があるって感じるのに。
「婚約解消した4年前は、父は私にすぐに縁談が来ると思っていたみたいなんです。婚約したときも私が父を説得して強引に、という側面がありましたから、父はルード様からの婚約解消に勝手に応じてしまって。私が先に手紙を見ていれば、絶対に解消などしなかったんですが……。その結果、私は周囲の反対を押し切って3年前に特務隊に入り、いい縁談は他家の娘たちに流れ、父の目論見は外れました。ふふっ、今となっては、私にはもうルード様しか選択肢がないのですよ」
「え?でも、侯爵家ならまだいい縁談が来るのでは?」
没落子爵家のリンドル家とは違う。
ジャックスさんも、うんうんと頷いている。
「自分より心技体すべてで強い女を妻にしたいという男はおりません。それに今は男が不足しているでしょう?そんなより取り見取りな時代に、それでも私に声をかける男なんて容姿目当てか財産目当てか……。父も吟味は散々したようですけれど、いい縁談は未だに見つかっていません」
「そうなんですか」
ユンさんでそれなんだから、ニーナの結婚が厳しいのも理解できる。
「ま、私はルード様以外とは結婚するつもりがないので、気長に追い詰めます」
「追い詰めるんだ」
「ええ、今ちょっと寮の鍵を作っているので、出来上がったらさっそく夜這いに行こうと思っています」
「すごいわ、ユンさん!本当に追い詰めていくんですね!」
寮の鍵って勝手に作っていいのだろうか。
ジャックスさんが「ん?」と疑問を顔に浮かべているが、そこは突っ込んではいけない。
「ふふふ、楽しみですわ。あの嘘くさい笑顔が蒼褪めたときは、本当に愛おしいと思います」
「趣味が特殊!」
ルードさん、がんばって捕獲されてください。
心の中で冥福を祈った。
「あれ、でもこれまで通り騎士をずっと続ければ、ルードさんともっと一緒にいられるのに」
私の護衛になってよかったんだろうか?
現在、ユンさんは騎士団に所属する騎士ではあるが、特務隊の任務からは外れている。私の警護が最優先なのだそうだ。
その話を聞いたときは「騎士に守られるなんて要人みたい」と恐縮してしまったが、「将軍の妻は要人ですよ?」とさも当然と言った顔でユンさんに告げられた。
知らぬ間に私は要人になっていたのだ。
「これでいいのです。男のためにやりたい仕事を外れるのはおかしなことでしょう?私はソアリス様の警護をしたくてしているのです。ですから、おそばに置いてくださいね?」
「ユンさん……!」
かっこよすぎてキュンとくるわ。
私は笑顔で「もちろんです」と答えた。
ユンさんだけでなく、交代制でジャックスさんやノーファさんという男性騎士が私の送り迎えをしてくれる。
ジャックスさんもノーファさんも平凡顔の騎士で、つい親しみが湧いてしまうのよね。
ルードさんからは「厳つくてむさ苦しい男は外しました。どこにでもいそうなヤツを選んでいます」と聞いている。それから本人たちには言えないが、ご令嬢たちから人気のある美形騎士は選ばなかったんだそうな。
アレンだけでも手に余る美形なのに、護衛まで……ってなると、私にいらぬ嫉妬が向くかもしれないとは容易に想像がつく。容姿と実力は関係ないが、それでもいらぬ火種を排除しようというルードさんの人選はさすが。
「そろそろ到着しますよ」
「はい。楽しみです」
ジャックスさんが窓とカーテンを閉め、私たちはアレンにバレないよう馬車の中に身を隠す。中が見えなければ、私が来ていると気づかれないだろうから。
「アレン、びっくりするかしら」
「そうですね、きっと驚いて、とても喜ばれますよ」
いたずらをするみたいで、ドキドキして楽しい。
アレンはどんな顔するかしら?自然と口元が弧を描いた。




