七夕SS
「アレン、今日は七夕という催しらしいです」
7月7日。
帰宅したアレンに、ユンさんから仕入れた異国の文化について知らせてみた。
剣を置いた夫は、麗しい笑みを浮かべ、私の言葉に耳を傾ける。
「七夕とはどんなものなんだ?」
「なんでも、夜空に流れる星の川が舞台のお話らしいんです。一年に一度だけ、織姫と彦星という恋人同士が会えるのだそうですよ?こども向けの絵本を見せてもらったのですが、親に引き裂かれた二人のことを思うと切なくて……」
純愛です、と私は彼に伝える。
するとアレンは、しばらく考えた後で納得のいかない顔で言った。
「一年に一度会えるなら、俺たちよりいいのでは?10年も君と離れ離れだったことを思えば、『何を初年度からいきなり会えているんだ』と少し腹立たしいくらいだ」
まさかの角度から、アレンが自論を展開してきた。
私はついむきになり、この物語のよさを訴える。
「でも、それはそうかも知れませんが、二人は想いあっていたんですよ?それなのに、一年に一度しか会えないなんてつらいではないですか」
「彦星だか織姫だかわからないが、俺のソアリスへの気持ちを超えるものはないよ」
あっさりとそう言われ、笑顔で抱き寄せられると何も言えなくなってしまった。
架空の人物と張り合ってしまうとは、何の恋物語も伝わらないだろうな。
呆れて苦笑する私。
夫は、私の髪を指で弄りながら言った。
「ふと思ったのだが」
「なんでしょう?」
見上げると、彼は真剣な顔でこちらを見ていた。
「俺の気持ちが、ソアリスにきちんと伝わっていない?どれほど愛しているか、そんなわけのわからない恋人同士に負けるほど薄っぺらい気持ちだと思われているのか?だとしたら心外だ」
「へ?」
いきなり何を言い出すのか、戸惑っていると、アレンは意地の悪い笑みに変わる。
「そうか、そうだったのか」
「アレン?」
「では、今日はソアリスにしっかりと伝わるように君をたくさん愛そう」
「は?一体なにを……!?」
するりと頭や肩を撫でられたと思うと、次の瞬間には身体がふわりと浮いていた。
抱き上げられたのだ、と気づいたときにはもう遅い。
「ソアリスの部屋へ行こうか」
「わ、わたしの部屋で何をするおつもりですか!?」
「心配ない、愛情表現の一環だ」
「答えになっていませんっ!!」
オロオロするばかりで抵抗らしい抵抗もさせてもらえず、私はアレンに連れ去られるようにして部屋へ向かう。
「明日の朝は休みだ。二人でゆっくりできる」
「なぜ今から朝の話をなさるんです!?」
使用人は「あらまぁ」と微笑んでいて、誰も助けてはくれない。
髪や頬にキスをされ、これはとうとう追い込まれるのかと半ば観念する。
が、私の部屋の扉を開けると、そこには先客がいた。
「奥様、アレン様。パーティーの準備が整っていますよ!」
輝くような金髪の美女騎士。
ユンさんが嬉々として私たちを迎えてくれた。
そうでした。
すっかり失念していたけれど、私はそもそもささやかなパーティーをするんですとアレンに告げるために七夕の話をしたのだ。
「…………」
あぁ、アレンが半眼でユンさんを睨んでいる。
そこにいたルードさんは一瞬で状況を察したらしく、空気になろうとしていた。
私は慌てて、アレンの頬に手を添える。
「あの、みんなで過ごすのも楽しいですよ?」
眉間のシワが、まだ深い。
「ら、来年も、再来年もずっと一緒にいますから。ね?今年はみんなで楽しみましょう?」
アレンは深いため息をつき、私をようやく床に下ろした。
けれど、私の手を握って席まで歩いていくと、先に座ったアレンがいきなり私の腰に手を回す。
「え?」
まるで技でもかけられたかのように、あっさりと宙に浮く身体。
気づいたときには、ストンとアレンの膝の上に座らされていた。
「え!?え!?え???」
「イチミリも離れたくない。だから今日はこうしている」
まさかこのままパーティーをするつもり?
ユンさんは「さすがですね」となぜか感心しているし、ルードさんは遠い目で窓の外を眺めている。
「何か反論でも?」
「…………5分だけなら」
精一杯の譲歩だった。
アレンは満足げに頷くと、私に向かってワイングラスを差し出す。
「ソアリスの顔を毎日見られる俺は、幸せ者だ」
グラスを受け取った私は羞恥心が爆発し、そのワインを一気飲みする。
一体いつになったら、アレンのこの甘さに慣れるんだろうか……?
私はこの日、初めて記憶がなくなるまでお酒を飲んだ。
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