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【3巻8/2】嫌われ妻は、英雄将軍と離婚したい!いきなり帰ってきて溺愛なんて信じません。  作者: 柊 一葉
英雄将軍は妻を甘やかしたい

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妻は城でやんごとなきお方を餌付けする

「それでは、次回はくれぐれも期日までによろしくお願いいたします」


 王女宮の食糧貯蔵庫。

 ここは、普段の食事ではなく緊急時のための備蓄食材や穀物を保管している場所だ。


 先日、大量の仕入れがあったにもかかわらず、いつまで経っても納品書と納品リストが上がってこないので、私とアルノーで直接様子を見に来たのだ。


 職務怠慢かと思いきや、どうやら急病と事故で2人が休職中らしく、人手不足によってまだ納品リストと現物の照会が終わっていなかった。私たちも少し手伝って、三日後には書類を提出してもらう約束で貯蔵庫を出る。


 お詫びに、ともらったクッキーの包みと封筒を手に、私たちは職場へと向かった。


「急病も仕方ないよね~。こっちはうちと違って年齢層が高いし」


 食糧貯蔵庫は、備蓄食材の調理も管理も経験がいる。だから、元料理人の人たちから年配のベテランが選ばれるのだ。それにより、5人全員が50代。体調不良で休職というのも理解できる。


 金庫番は繁忙期以外は休みも取りやすいし、自由が利く。それに、食材と違って腐るものを扱っていないから、絶対に今日やらなければという業務は少ない。


「アルノーは今日、午後からお休みよね?エフィーリアお姉様のドレスサロンの品評会だっけ?」


「うん、そうだよ。異国からめずらしい生地を手に入れて、そのお披露目だって」


 お姉様は結婚して子どももいるが、精力的にお仕事をなさっているらしい。2人の子どもを産んであのメリハリあるスタイルはすごいと思う。


「弟は人件費がかからないからって、いいように使ってくれるよ」


 嘆くアルノーを見て、私はくすりと笑う。

 気づけばもう王女宮のすぐ近くで、アルノーはここから寮へ戻ることになっていた。


「それじゃ、また明日ね。皆によろしく」


「ええ、また…………え?」


 手を振るアルノーの後ろ側、低木の植え込みのずっと奥で何かが動いたような気がした。さっと動いたそれは、一瞬だけれど白い動物のようなものに見えて私は驚く。


 私の視線に気づいて振り返ったアルノーは、何かいるのかと目を凝らす。

 まだ明るいうちに侵入者や不審者がいるとは考えにくい。猫や鳥でも入りこんだのか、と軽く考えていると急に低木がガサガサッと激しく揺れた。


「っ!?」


「誰だ!」


 どきりとして、私は身構える。

 アルノーは私を庇うようにして立ち、少しだけ下がった。


 植え込みの向こうから返事はなく、そこで誰かがじっとしているように感じる。


 何……?怖い!

 多分、そこにいるのは人だ。猫じゃない。


 私が怯えて固まっていると、アルノーがゆっくりと植え込みの方へ近づいていく。


「アルノー!だめ!」


 自称、王女宮最弱の金庫番が不審者に近づいてもいいの!?腰のところにつけていた、ほぼお飾りともいえる護身用の棒を手に、彼は静かに向かっていく。


 護身用の棒は私も持っているけれど、一度も使ったことはないし使い方もわからない。平和な金庫番に、不審者と対峙することはないのだ。


「アルノー……」


 ドキドキと心臓がうるさくなる。周囲を見回すも、巡回の兵がいないタイミングで誰もいない。アルノーが左手で「下がれ」と指示してくるが、私はまったく動けなかった。


 どうしよう、植え込みに隠れている人が急に攻撃して来たら。

 私はどうすればいい?

 アルノーを止めて、警備兵を呼びに行かなきゃ……。


 理屈はわかるけれど、身体が動かずただ見ていることしかできない。


 緊張が走る中、アルノーはとうとう植え込みの向こう側を覗き込む。


「………………え?」


「どうしたの?」


 拍子抜けしたような声に、私は顔を顰める。

 危険なものはいなかった?

 だったら、あんなに植え込みが揺れたのは何だったのか。


 アルノーは護身用の棒を元に戻して腰につけ、恐る恐る尋ねた。


「どなた様でしょうか?こちらで何を?」


「……あの、私、その」


 ものすごくかわいらしい声がした。

 少女のような、高くて澄んだ声だ。


 私もアルノーのそばに寄ると、そこには地面にしゃがみこんだまばゆい金髪の女性がいた。部屋着のシュミーズドレスのままで、裾あたりが土で汚れてちょっとだけ破れている。


「ううっ、ごめんなさい。不審者ですが不審者じゃないんです」


 涙ぐむその人は、息を呑むほど美しい女性だった。

 金色の髪は波打つようなウェーブで、空色の瞳は守ってあげたくなるような愛らしさ。とても不審者には見えない。


「もしかして、王妹殿下でしょうか……?」


 アルノーが驚いて尋ねると、その人は静かにコクンと頷いた。


「わ、私、道がわからなくて……、ちょっとだけ1人になりたくてそれで」


 部屋着とルームシューズで、さらに近衛もいない状況でここにいるなんて。

 怯えた様子を見ると、かなり憔悴しきっているように見える。


 もしかして、慣れない暮らしが辛くなったんだろうか。顔を見る限り、その予感は当たっていそうだ。

 確か、街で暮らしていたのにいきなりお城に連れて来られたって聞いたし、王族としての暮らしに戸惑っているのかも。


 とにかく王妹殿下をこのままにはしておけない。


 アルノーと顔を見合わせ、私は上着を脱いでしゃがみこみ、王妹殿下にそれを着せた。

 突然上着をかけられて、殿下は驚いた顔で私を見つめる。


「ここは王女宮の裏口に近い場所です。そのようなお姿で人目に触れては、何かとあるでしょう」


「ありがとうございます……」


 アルノーは何も言わずにここを離れ、近衛に連絡をつけに行ってくれた。

 王妹殿下とアルノーを2人きりにはできないから、私がここに残って彼が近衛を呼びに行くしかないのだ。


「わたくしは、ソアリス・ヒースランと申します。王女宮で金庫番を任されている文官です」


「文官……」


「はい。王妹殿下のお話は、最近お城に上がられたとしか伺っておりませんので詳しい事情はわかりませんが、私はあなた様を害することはいたしませんのでご安心を」


 にこりと笑って見せると、王妹殿下も涙ながらに微笑み返してくれた。


 すごい……!

 女性同士でもときめくほどの美貌だわ……!城には美人も多いけれど、王妹殿下の美しさは格が違う。こんなにきれいな方がこれまで街にいたなんてびっくりだ。


「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」


「いいえ、とんでもございません」


 守ってあげたい、そんな気持ちを抱かせるお姫様だ。

 そんなことを思っていると、突然クーッとかわいらしい音が鳴った。


「っ!?」


 どうやら殿下のお腹が鳴ったらしい。

 恥ずかしそうに顔を俯かせる王妹殿下は、見てわかるくらい頬が朱に染まった。


「お食事がまだでしたか」


 どうしよう。

 貯蔵庫の人からもらったクッキーならあるけれど、王妹殿下にこれを食べさせていいわけがないよね……。


 いや、でもお腹が空いているのに知らんぷりするのはどうか。

 困っていると、王妹殿下がぽつぽつと事情を話し始める。


「さっきまで、食事をしながらマナーのレッスンだったんです。でも、あれもこれも全然だめで、私は優雅な姿勢も指使いもできなくて。それに、先生や侍女の人が見ているって思ったら緊張して……。叱られるのが怖くて、それでほとんど食べずにいてこんなことに」


「そうなんですか」


「皆さん丁寧に教えてくれるのに、身につかない自分のことが嫌になって。それで休憩時間に着替えるって理由をつけて、騎士の人の目を盗んで窓から出てきちゃいました」


「窓から!?」


 驚いてつい声が大きくなってしまった。

 王妹殿下は、悲しげに目を伏せる。


「ここには私が見慣れた花がたくさんあって、それで足が向いてしまいました。花を見ていると気持ちが落ち着いてきて、でも夢中で歩いているうちに自分がどこから来たのかわからなくなってしまったんです」


 しゅんと気落ちした王妹殿下は、再び泣き出しそうに見えた。

 見ているこちらまで胸が痛くなり、私は恐る恐るクッキーの包みを差し出す。


「これしかありませんが、よろしければ」


「いいんですか!?」


「はい、いただきものですが……失礼いたします」


 1枚クッキーを取り出し、私はそれを食べて見せる。


「毒は入っていませんので、ご安心を」


「あ、ありがとう、ございます」


 王妹殿下は少し戸惑っていたけれど、クッキーを躊躇いなく口にした。


「……おいしい」


「それはよかったです」


 モグモグと食べ進めるその姿は、愛らしい小動物のよう。確か16歳だと聞いているが、年齢相応の可愛らしさを持っている方だと思った。


 無心で食べていた彼女は、5枚のクッキーを食べ終えて呟く。


「お城に来てから、初めて食べ物がおいしいと思ったわ。ううん、味がしたのも初めて」


「まぁ……」


 よほど辛かったのだろうな、と思わず私は顔を顰める。

 対称的に、王妹殿下は幸せそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。とってもおいしかった」


「いえ、いただきものですので。殿下のお役に立ててよかったです」


「あの、内緒にしておきますね?」


 殿下はそう言って、上目遣いに私を見た。


「助かります。ありがとうございます」


 私は笑ってお礼を言った。


 王妹殿下にこんなまかないクッキーを食べさせたことがバレると、私は処罰される可能性がある。

 それを殿下ご自身もわかっていて、それで内緒にすると言ってくれたんだろう。


「ソアリス様はよくここを通るのですか?」


「様、だなんて!ソアリスとお呼びください。私は用があるときはここを通りますが、基本的には王女宮の金庫番の業務室から出ることはありません」


 そう答えると、王妹殿下は少しだけ淋しそうな顔をした。


「また会えるかしら」


「どうでしょう……。私は本来であれば王妹殿下とお話できるような職務ではありませんので、何ともお答えできかねます」


「残念だわ。あなたといるとどこか落ち着くの」


 それは平凡顔だからでは……。

 知り合いに1人は似た人がいると言われるような、平凡顔が役に立ったようだ。


 うん、まぁ殿下のお心が落ち着いたならよかったわ。


 ふふふと笑みを浮かべていると、城の方から騎士が走ってくる足音が聞こえてきた。


「ローズ様!」


 隊長らしき長身の騎士が、安堵の表情を浮かべて駆け寄る。

 アルノーの案内で駆けつけた彼らは、私も何度か見かけたことのある顔ぶれだった。


「ご無事で……!」


「勝手に抜け出してごめんなさい。すぐに戻ります」


 しゅんと反省して見せる王妹殿下は、さっきの笑顔が嘘のように再びおとなしくなってしまった。

 帰りたくないけれど、帰るしかない。そんな諦めが態度に見える。


「おい、おまえが殿下を唆したのか?」


「え?」


 騎士の1人が、ぎろりと私を睨む。

 なぜ私が唆したことになるの?これまで接点なんてなかったし、唆すメリットなんてないじゃない!


 横柄な態度のその騎士は、いかにも貴族令息なスマートな風貌。グレーに近い銀髪を後ろで1つに結んでいる。


 20代半ばで、近衛騎士の階級は真ん中あたりだと思われた。

 アレンには遠く及ばないけれど、ご令嬢方から人気のありそうな顔立ちだ。


 言いがかりをつけられてムッとしたけれど、まかないクッキーのことが頭をよぎり強く反論できなかった。

 しかし、真っ先に来た隊長さんが私を庇ってくれる。


「やめろ、リヴィト」


 諌められたその騎士は、不満げに唇を噛んで私から視線を外した。


「この件については、のちほど聞き取りに伺います。お名前を伺っても?」


 隊長さんは、いい人のようだ。

 言いがかりをつけられて連行なんてされたら、アレンに迷惑がかかってしまうから、なるべく早く解放されたいと思っていたのでありがたい。


「王女宮の金庫番、ソアリス・ヒースランと申します」


「ありがとうございます。ソアリス・ヒースラン、さ、ま……?」


 あぁ、やはり気づかれてしまった。

 私はニコニコ微笑んだままやり過ごそうとするが、隊長さんの顔はどんどん青褪めていく。


「もしやアレンディオ様の」


「はい。夫がいつもお世話になっております」


「これは大変な失礼を!!」


 やめて!

 偉いのは私じゃなくてアレンだから!私自身はただの金庫番ですから!!


 この瞬間が一番居心地が悪い。

 近衛騎士に怯えられるって、私は一体何者扱いなのかしら……?


 彼らは引き攣った顔で、それでもギリギリ精神を保ちつつ去っていった。

 私に言いがかりをつけたリヴィトという騎士だけは、「チッ!」っと最後まで舌打ちして睨みつけながら去って行く始末。


 あそこまで敵視されたのは初めてだ。

 遠ざかる彼らを見つめ、アルノーは言った。


「あいつ、死んだな」


「はぃ!?」


「ソアリスに言いがかりをつけて、舌打ちまでして無事でいられるわけないよね。将軍の怒り狂う姿が目に浮かぶよ」


 そんなに!?

 でも彼らが報告しなきゃバレないよね?

 あ、でも隊長さんは律儀そうだから、アレンに部下の態度を詫びるかも……。


 アルノーには「がんばって宥めて」と肩をポンと叩かれた。


「あ、まただ。俺もやばい」


 私に触れてしまったことを、1人反省するアルノー。長年の癖をやめるのは、なかなか難しいらしい。


 苦笑する私を見て、アルノーは言った。


「これは内密にね?」


「ふふっ、大丈夫よ。アレンは誰でも彼でも傷つけるような人じゃないわ」


「あんなに嫉妬深いのに?」


 多分、アルノーは大丈夫だと……。

 私たちは業務室へ戻り、近衛騎士が聞き取りに来るのを待った。





ご覧いただきまして、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 時代劇の正体バレのようなかんじだわ [一言] 南無ナムなむ
[良い点] 自称、王女宮最弱の金庫番…笑 ソアリスが心の中であせりながらひそかに考えてることがいつもちょっとずれててかわいいです
[一言] リヴィなんとか君、終了のお知らせ
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