通じない話
「ははははははは!」
「笑い事ではありませんよ、お義父様」
ある晴れた日、私たちは街のレストランにいた。
貴族の中でも特に裕福な人しか入れないこのお店は、王妃様がお忍びで街へ出るときによく利用するお気に入り。
先日の私の勘違いに対する詫びの一つとして、予約でいっぱいのここへ特別招待していただいたのだ。
今思えば、いくら陛下の顔が怖いとはいえ勝手に勘違いしたのは私の方なのに、王妃様と国王陛下のお心遣いに申し訳なくなってくる。
広々とした個室には、私とアレン、そしてヒースランのお義父様の3人だけ。正面に座ったお義父様は、私の話を聞いて涙ながらに大笑いしている。
「もう、そんなに笑わないでください。本当に本当に、怖かったのですから」
「あぁ、すまない。まさかそんなことになっているなんて……。ようやくアレンが戻ってきて、リンドル家も交えた話し合いも終わって、これからきっと仲良く暮らしていくんだろうなって思っていたらまさかそんな」
お義父様とは2カ月前に会ったばかりで、そのときはうちの父も交えて長年の積もり積もった話をした。うちの父は平謝りだったけれど、お義父様は「私に言えることは何もありません」とすべてを許してくださった。
それに、私とアレンがこれから夫婦としてやり直すつもりだと伝えると、「ようやくソアリスを本当の娘として迎えられるような気がするよ」と言ってくださった。
これまで私が遠慮しすぎていたせいで、お義父様は微妙な距離を保っていた。
アレンが戦死したらこの子はどうなるんだろう、まだ若いのにヒースラン家に縛り付けることはできない、そんな不安を抱いていたそうで、どう接していいか決めかねていたらしい。
お義父様は私のことを気にかけてくれていたけれど、本当に助けが必要なときや何か用事があるとき以外は積極的に交流を持とうとはしてこなかった。
だから今こうして笑い合えるようになったのは、とてもうれしい。……笑いすぎですけれどね!?
「アレン、あまり陛下を虐めるなよ。あの方はお優しい方なんだから」
優しいというよりは、気が小さいのでは。アレンの目がそう言っている。
「ソアリスを傷つける者は全員敵です」
水を飲んだアレンがさらりとそう言うと、お義父様は呆れていた。
「これまでは自分が言葉足らずで傷つけたくせに」
「……過去のことはこれから一生かけて償います」
「ソアリスに愛想を尽かされないようにね?あまり大事にされすぎても、窮屈に感じてしまうものだよ」
「善処します」
私は2人の様子を見て、クスリと笑ってしまった。
お義父様は表情が豊かで柔和な方。アレンとは見た目の雰囲気が違う。
でも声はそっくりで、大きな手の形や食事をする仕草はよく似ていて、親子なんだぁとしみじみ思った。
「それで、結婚式はいつなの?」
「陛下からは一年をめどにと言われていますが、そんなに待てないので春にでもと思っています」
「もう半年もないじゃないか。ソアリスはそれでいいの?」
お義父様は驚いて、私に尋ねた。
「はい。私はいつでも」
将軍の結婚式ともなれば王都の大聖堂で行われて当然だそうで、招待客もそれはそれは多くなる。ひっそりと、と願ってはいたもののそんなことが叶うわけもなく、結婚式の招待状は五百通を超えた。
ドレスを仕立てる時間もギリギリで、アルノーのお姉さんの営むドレスショップや宝飾店で大至急つくられている。
「ソアリスの花嫁姿が見られるのを楽しみにしているよ。きっと世界一かわいい花嫁さんになるだろうね」
「もう、お義父様ったら大げさです。でもありがとうございます」
「娘が巣立つのか、と思ったら君はうちに嫁いできてたんだね。結婚式までに、ヒースランの領地で親戚を集めたお披露目をしよう。ドレスはこちらで用意してもいいかな?」
「はい、ぜひ。お義父様は服飾関係にお詳しいですから、楽しみにしています。あ、領地へ行くなら、いただいた旅行バッグを使えますね」
「気に入ってくれたかい?それならうれしいよ」
こんな風に話せる日が来て、心が軽くなったような気がした。にっこり笑うと、お義父様も目を細める。
「…………」
しかし、隣から急激に不穏な空気が流れ始めた。なんだろう、肌寒いまでの冷気がする。
「アレン、そんな顔しない」
お義父様に指摘され、アレンははっと我に返る。
指摘される直前まで、眉間にものすごいシワが寄っていて不機嫌そのものだった。
「何か気に障った?私、何かおかしなことを言ったかしら」
狼狽える私を見て、アレンは慌てて否定する。
「いや、ソアリスは何もしていない。楽しそうで何よりだ」
不機嫌の意味が解らず小首を傾げると、お義父様がため息交じりに言った。
「親と仲良く話しているくらいで、そんなに露骨に嫉妬してどうするんだい?これから先が思いやられるなぁ」
「え?」
まさか私がお義父様と笑い合っていたから、それで不機嫌な顔をしていたの!?
「アレン、本当にそんな理由なの?」
彼は気まずそうに目を伏せる。どうやら当たっていたらしい。
「お義父様は、お義父様なのに」
あなたの実の親ですが。
「心の狭い夫は嫌われるよ?」
「それは困ります……」
お義父様は苦笑いを浮かべていた。
そういえば、アレンはダンスを踊ったときに身内でも私と踊らせたくないって言っていたような。
「ソアリス、本当に逃げなくてよかったの?我が息子ながら相当の執着だよ、これは。ちゃんと仕事には行けている?邸に閉じ込められていない?」
「まさか」
毎日元気に出勤しています。
「父親として、複雑だよ。アレンがこんなに骨抜きになっているとは」
「もう、お義父様ったらご冗談を……」
からかわれて頬が熱くなる。
そういえば、お義父様はアレンが私のことをずっと想っていたとは知らなかったそうで、夫として義理と責任を感じて「ソアリスを頼みます」と言われたのだと思っていたらしい。
今流れている噂についても、脚色されたものだとわかってくれていて、でもまったく嘘ではないアレンの様子を見てちょっと引いていた。
「まぁ、仲が良くて何よりだよ。こんな息子だけれど、これからアレンのことをよろしくね」
「はい」
私の方こそ、お世話になりっぱなしだ。隣に座るアレンは、気まずそうに目を伏せている。
「孫が楽しみだなぁ」
「!?」
お義父様は、そう言うと黙ってワインに口をつけた。
やっぱりアレンが戦地から戻ってきたからには、子どもをつくることを期待されるのよね……!まだ戻ってきて約4か月だから、ようやく結婚している実感が湧いてきたくらいで。
子どものことなんてまだまだ考えられないけれど、自分の親を参考にすると、この年齢だとすでに子どもがいてもおかしくない。
それに、ヒースラン家の跡取りは私が産まないと。アレンは唯一の子であり、嫡男なのだから。
ノーグ王国では、戦争で若年層の男女比がおかしなことになってしまったから、5年前から高位貴族や富裕層には一夫多妻制が一時的に容認されている。
要は、お金に余裕がある人は妻を複数持って、子を増やせということ。20年限定の措置とはいえ、将軍であるアレンにも妻を複数持つ権利がある。
いや、むしろ「将軍なんだから妻を複数養いなさい」という声があるらしい。
けれどアレンは私と再会するその前に、貴族院に「妻は1人しか持たない」という届け出を行っている。
この一夫一妻申請は、決められた税金を納めることで認められるんだとか。
アレンは私に心配をかけたくなかったんだろうな。確かに法律で認められていても、自分以外の妻が増えるなんてものすごく苦しみそうだ。
彼が私に何も知らせずに行ったこの申請が、私たちを純愛にしたい人たちを喜ばせ、将軍の一途な愛を描いたお芝居まで行われているほど。恋物語には尾ひれがついて、もう嘘が本体みたいになっている。
「孫は、そうですね、そのうち」
あははと愛想笑いでごまかす私。
孫も何も、まだ寝室を別にしている私たちは清い関係のままである。
ちらりとアレンを見上げると、彼もまた私を見つめ返して微笑んだ。
「俺たちは結婚式を挙げるまで婚約中ということにしていますから、孫はまだ先になります」
あ、それお義父様に言っちゃうの!?
通じるかな、通じないよね?
困るんじゃないかな、そんなことを知らされても。
アレンに提案されたとき、私もびっくりしたもの。意味がわからないって思ったもの。
お義父様は案の定、「は?」と耳を疑っている。
「お互いを知る時間が必要だと思い、それには結婚式まで婚約者同士であると思った方がいいと考えたのです。ですから、今は適度な距離を保って接することにしています」
堂々と語るアレンを見て、お義父様は口元を引き攣らせた。
「えーっと、それはつまり……って、いや、いい。説明はいらない。2人が仲良く暮らしてくれているなら、父として何も言うことはない」
お義父様は早々に理解することを諦め、アレンの好きなようにすればいいと言ってくれた。
私は空気に徹し、俯いている。
アレンは戦地にいたから知らないのだ。
子どもを増やすのはもはや国策で、最近では授かり婚は咎められない。
それどころか、婚約中に閨を共にする人たちが大半なのだ。
つまり、婚約者ごっこであっても……。
まぁ、結婚式まであと4か月だしね。今はもう何も知らないフリをするのがいいと思う。
お義父様も何も言わずにいてくれた。
ただ、帰り際にアレンには聞こえないよう「悩みや問題があったら、いつでも相談においで」と気遣われた。
私は苦笑いで「はい」と答え、アレンと腕を組んでお義父様を見送った。
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