妻は早くも瀕死です
今夜の舞踏会は、王城のすぐ西側にある湖岸の迎賓館で開催される。
同盟国の使者や来賓も招かれていて、ノーグ王国の名だたる大貴族も集まると聞いた。
「すごいわね……」
大貴族は、煌びやかな衣装に宝石を身に着けていてすぐに身分が高いとわかる。
私もアレンが仕立ててくれたドレスや装飾品で着飾ってはいるけれど、顔つきや堂々とした態度がそもそも違う。思わず見惚れてしまう美貌のご令嬢やご夫人が何人もいた。
緊張感がピークに達し、私はごくりと唾を飲み込む。
アレンは社交をほとんどしないが、式典やパーティーには顔見せで何度か参加していて、一部の大貴族とは面識があると言う。私は文官として働いているけれど、王女宮には宰相様以外が来ることはほとんどないので、知り合いなどいない。
「胸が痛い」
ドキドキしすぎて、心臓が痛いくらいだ。
右手で胸を抑えて俯いていると、アレンがそっと肩を抱いて心配そうにのぞき込んでくる。
「体調が優れないなら、医局へ行って休ませてもらうこともできるが?」
いきなりの休憩はさすがにできません!
私は大丈夫だと言って笑顔を作り、深呼吸をしてから歩き出す。
「心配しなくても、ソアリスはただここにいてくれればそれでいい。それだけで、俺は気が安らぐ」
いつも通りのアレンは、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
誰よりも目立つ彼のことを皆は遠巻きにし、おかげで人波をかき分けるなんてことはなく優雅に進むことができた。
「ヒースラン将軍だわ……!!」
「なんて素敵なお姿なの!?」
「奥様が羨ましいわ」
ひそひそと女性たちが話す声が、どうしたって耳に届く。
アレンの容姿に感嘆する人もいれば、羨望の眼差しを向ける人も。「あんな平凡顔の女が妻だなんて」という皮肉が聞こえてこないかとびくびくしてしまう。
しかしなぜか私にまで歓声が上がり、特に若いご令嬢から熱烈な視線を浴びていた。
「あの方が将軍の奥様ね……!たおやかで優しそうな人だわ」
「政略結婚なのに相思相愛だなんて、憧れるわ」
「10年も待ち続けたなんて、本当に素敵よね」
うん、かなり脚色された噂が出回っていますね!?批判されるよりいいけれど、これはこれでものすごく居心地が悪い。
笑顔を貼り付けてはいるけれど、早くも顔がひくひくと痙攣し始めそうだった。
「ソアリス?大丈夫か?」
注目されることになれていない私を、アレンが気遣ってくれる。
まだ廊下を歩いているに過ぎないのに、ここでギブアップは絶対にできない。
「大丈夫、よ……?」
アレンが立ち止まるからどうしたのかと思い、隣を見上げる。
すると彼の顔がすぐ近くにあり、コツンと軽く額が当たった。
「熱はないな」
「!?」
周囲の女性たちが「きゃぁぁぁ!」と黄色い声を上げた。
私は慌てて背を仰け反らせ、顔を真っ赤にしてアレンに怒る。
「こ、ひっ、なっ!」
こんな人前で何をするの、たったそれだけが言えないほど動揺してしまった。
しかしアレンは何食わぬ顔で距離を詰め、私の右手を取り、自分の口元へ運ぶ。指先や甲にキスをされ、私の心拍数は限界まで上昇した。
「なっ…………!?」
もうまともな言葉が出てこない。
彼は少しだけ口角を上げ、私の手を持ったまま言った。
「ほかの男がソアリスに近づかないよう、俺の妻だと知らしめておかなくては」
「っ!?」
どう見ても、私があなたの妻だってわかるでしょう!?一緒にいるんだから!
それにこんな平凡顔の妻に声をかけてくる男性はいませんよ!
「アレン、あなたやっぱり目が」
「よく見えている。ソアリスは一番美しい」
見えてないでしょうに、それ。
今日も夫は、曇りに曇った眼で私を見つめる。
「約束は、覚えている?」
馬車の中で何度も念を押されたこと。
私は苦笑いで頷いた。
「誰に誘われても、アレン以外の人とは踊らないわ」
ええ、むしろそれは私のためである。
アレンとは合計4時間ほど練習して、ようやくまともに踊れるようになったんだから、いきなりほかの人となんて踊ったらその人の足の甲を粉砕してしまうかもしれない。
「いい子だ」
「っ!」
トドメに額にキスをされ、もう何を言っても無駄だと悟った私は意識朦朧とした状態でホールへと向かった。
「「「誰……!?」」」
あぁ、警護の兵がアレンを見て衝撃を受けている。
馬車の護衛に当たった特務隊の方々も、「普段と全然違う」と驚愕していたからなぁ……。
私も再会したときは「誰、この人」って思ったから、皆さんの気持ちは共感できますよ。心の中でそう呟きつつ、私はアレンと腕を組んで歩いた。




