父の謝罪【前】
アレンディオ様から求婚されて、早5日。
今、私の目の前にはお父様がいる。
「本当にすまなかった……!」
「顔を上げてください。もういいですから」
ここはアレンディオ様のお邸。私の隣にはニーナが、正面にはお父様とエリオットがいる。
主人不在なのに、私たちがここにいる違和感がすごいわ!
家令のヘルトさんは私たちだけにしてくれて、家族4人でテーブルを囲んでいる。
父によると、アレンディオ様に真実を告白してからしばらく宿や友人の邸宅にいたのだが、彼からぜひここに滞在して欲しいと申し出があったらしい。
最初は固辞していた父も「ニーナとエリオットもいるので」と聞き、慌てて駆けつけてきて今日に至る。
父は何度も私に謝罪し、贈り物を買い戻したニーナとエリオットにもしきりに感謝していた。こんなに小さくなった父の姿を見たのは初めてで、私はともかく弟妹はちょっと居心地悪そうな顔をしている。
「お父様、贈り物を売ってしまったのは、エバンディ伯爵から養子縁組の話が来ていたときですよね」
「………そうだ」
やっぱり。
あの頃、私とニーナを姉妹揃って養女にしたいと言ってきた貴族がいた。若い頃に私たちの母・シンシアに熱烈な恋文を送ってきていて、相手にされずフラれたことをずっと根に持っていた人だ。
嫌な話だが、表向きは養女でようは愛人。昔、好きだった女性の娘をお金で買おうだなんて、とんでもない人だと思う。しかも当時の私は16歳で一応は既婚、ニーナにいたってはまだ11歳。
ただ、私の名ばかりの結婚は周知の事実だったし、これから妹の教育費もかかる時期で、相手はうちにお金がないことに付け込んできた。私は一瞬だけれど、アレンディオ様と離婚して自分だけでも伯爵の愛人になろうかと迷った。
父は取引先のほとんどを伯爵に押さえられていることをわかっていて、その話を断った。娘だけは、売れないと。
結局、窮地に陥ったリンドル商会を助けてくれたのはヒースランのお義父様だった。
伯爵との間に入ってくれて、私とアレンディオ様を離婚させないと強く拒絶してくれたのだ。
父を慕う色んな人にも助けられ、どうにか私たちは身売りせずに済んだ。家は極限まで没落したけれど……。
5~6年前のあの頃は、明日どうなるんだろうって本当に怖かった。
だから、贈り物を売ってお金にしてしまった父を責めるなんてできない。
「あの、この話ってアレンディオ様には?」
父は、何かを思い出したようにぐったりと項垂れる。
「伝わっていると、思う」
「伝わっている?」
「補佐官のルード様に問い詰められて、本当のことを全部話してしまった。ソアリスとニーナをどうしても渡したくなかったんだと、金が必要だったと」
怯える父を見ると、ルードさんは一体どんな問い詰め方をしたんだろうと疑問に思った。いつもニコニコしていて優しい感じだったけれど、私を騙して執務室へ連れて行ったことといい、実は二面性がある人なのかもしれない。
「贈り物のことを隠し続けたのは、私に売る決断をさせないためですよね」
「知れば、ソアリスは躊躇いなく売ると思ったんだ。それだけはさせるわけにいかないと……。知らずにいれば、将軍が戻ってきてもソアリスのことを責めないだろうから」
私を、被害者でいさせるため。
父親に贈り物を勝手に売られた可哀想な娘にするために、ずっと黙ってきたんだ。
「知らなかったとしても、実家のしたことは私の罪です」
そう言い切った私に対し、父は静かに首を振った。
「アレンディオ様はそうはおっしゃらなかった。ただ、ソアリスに淋しい思いをさせたと嘆いておられた」
父の思惑通り、私は彼に咎められなかった。
父もアレンディオ様も私のことを守ろうとしてくれたんだっていうのはわかるけれど、やはり自分のことなんだから知っておきたかったという気持ちは消えない。
「本当にすまなかった」
悲しいという表現が合っているのかわからない。
釈然としない気持ちが残る。
けれど断頭台に立つような雰囲気の父に、これ以上何かを言っても仕方ないわけで。
「アレンディオ様がお父様を許してくれたのですから、私からは何もありません。今度、ゆっくり話をすることになっていますから、そのときはどうか同席して一緒に謝っては欲しいですけれど」
「わかった。もちろん、一緒に行く」
もう贈り物の話はこれで終わりだ。
弟妹はホッとした顔で、お茶やお菓子に口をつける。この子たちはもういいとして、私はお父様にまだ色々と話さないといけないことがあった。
「ニーナ、エリオット。お父様と話があるから、あなたたちはちょっと席を外してくれる?」
「「わかった」」
弟妹はお菓子を食べきってから、部屋を出て行った。
お父様と2人きりになると、話は自然に今後のことへ移る。
「アレンディオ様に、新しい取引先を紹介してもらってね。ヒースラン伯爵へいい報告ができそうだ」
父は明日には帰るといい、弟妹も連れて帰ると言った。サミュエルさんはまだ仕事があるからしばらくこっちにいるらしく、くれぐれも礼を言っておいてくれと念を押される。
「お父様、あの……」
これからアレンディオ様と、どうすればいいのか。相談しようとした私に向かい、父はさらりと言った。
「離婚するつもりなんだろう?」
「え!」
まさか言い当てられるとは。
でも父の口ぶりからすると、止める気はなさそうだ。
え、いいの?私が離婚しても。
ぽかんとしていると、父は苦笑いになった。
「ソアリスにはつらい思いをさせてしまった。アレンディオ様なら政略結婚でもおまえを幸せにしてくれると思っていたが、それは今でも思っているが……もうソアリスの好きにしていい。私が謝って済む話ならいくらでも頭を下げるさ」
「でもお父様、新しい取引先を紹介してもらったのに」
私が離婚したら、それが原因で取引が終了するのでは。
しかし父は心配いらないと笑った。
「スタッド商会は、アルノーくんの実家なんだろう?将軍よりもソアリスの方が繋がりが強いから、離婚しても取引には影響しないと彼から聞いている」
「アルノーが?」
「あぁ。それに、本当にもう取引のことや家のことは心配しないでくれ。父さんに説得力はないが……。ただ、本当にソアリスの好きにしていい。もう十分、がんばってくれた」
父の言葉は、意外だった。
私は頼りにならない娘だと、残念な娘だと思っていたのに。
「ソアリスは自分の幸せだけを考えてくれ。アレンディオ様と添い遂げてくれたら、と親心では思うが、いくらおまえの幸せを願っていたとはいえ12歳で結婚させ、それから一度も帰らぬ夫を待ち続ける10年間を送らせてしまった。しかも家のために、毎日一生懸命に働いて仕送りまで……。もういいんだ。これからはソアリスのしたいようにしてくれたら」
「お父様……」
もっとがんばらなきゃって思っていたのに。
ニーナとエリオットが一人前になるまではって、勝手にそう思っていたのに。
「ソアリスも私たちの大事な娘だ。決して、働かせるために育ててきたんじゃない。ニーナとエリオットのことは、頼りないが私たちに任せてくれ。こんな両親でも、親なんだから」
父は結局、私に何も要望は出さなかった。
ただ、幸せになってくれとだけ言って笑っていた。
私は困ってしまい、ため息をつく。
「好きにしていいって言われても、どうしていいかわからないの。アレンディオ様とのことも、迷ってる」




