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【3巻8/2】嫌われ妻は、英雄将軍と離婚したい!いきなり帰ってきて溺愛なんて信じません。  作者: 柊 一葉
10年分のすれ違いを清算しよう

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頑固者な妻

「さぁ、どういうことか教えてもらいましょうか?」


「「…………えー?」」


 金庫番の仕事終わり。

 私は、メルージェとアルノーを連れて王女宮の一室にいた。

 ここは職員なら自由に使える部屋で、応接セットや簡易キッチンがある。


 二人は苦笑いで目を見合わせると、すんなり白状した。


「将軍が私たちを訪ねて来て、『ソアリスの好きそうなものを教えてくれ』って頼み込んできたのよ。ソアリスのお父様も一緒に」


 やっぱり父も一緒だったか。

 父なら、私が親しいこの二人の存在を知っている。


 アレンディオ様からの贈り物は、どうみても私の好みにぴったりだった。ぴったりすぎた。

 父が選んだ可能性もあったけれど、父だけではあそこまで好みに寄せてくることはできない。


 絶対にこの二人が絡んでいる、と思って聞いてみれば案の定の返答である。


「ごめんね、今後もスタッド商会で優先的にお買い上げしてくれるっていうからつい。しかも英雄将軍御用達って名乗ってもいいっていうから」


 この商売上手め!

 アルノーは満面の笑みだった。


 メルージェはというと、彼の低姿勢にほだされたらしい。


「だって将軍ったら英雄なのに全然偉ぶってなんかなくて、誠心誠意お願いされたら断れないわよ。私なんて平民なのに『ソアリスの親友なら王族に匹敵する扱いをしなくては』って本気の目で言うんだもん」


 何を言っているの、あの人は!?

 私を何だと思っているのだ。


「それにあの顔でしょう?夫がいても、目が合っただけでときめくわよ!近くでなくていいから、遠くから眺めたいって思っちゃったわ」


「近くで見たのは二度目だったけれど、あれは男でも見惚れる美貌だね。女の子に生まれていないことが残念だよ」


「やだ、アルノーったら。女の子に生まれていてもあなたにどうこうできるレベルじゃないわよ」


「だよね~」


 なんか二人で盛り上がり始めて、私は置いてけぼりにされてる。

 楽しそうなのは何よりだけれど、こっちは大変だったのよ。


 私が事情を説明すると、二人は「「え!!」」とひと際大きな声で驚いた。


「妹さん、やるわね」


「そうね。ニーナが教えてくれなかったら、私は本当のことは何も知らないままだったわ」


「俺たちはソアリスのお父さんから聞いたんだ。将軍は最後まで何も言わなかったよ。ただ、ソアリスに謝罪したいって、贈り物を用意したいんだってそれだけ」


「そうなんだ……」


 アレンディオ様が品物を見ている間、父が2人にこっそり伝えたらしい。自分が売ってしまったばかりに、こんなことになってしまったと。


「二人には迷惑かけたわね。ありがとう、おかげさまで素敵な贈り物をいただけたわ」


「「どういたしまして」」


 スカスカだった寮のクローゼットには、アレンディオ様がくれた一部を収めてある。淋しかったクローゼットがいっきに華やいで、まるで自分の部屋じゃないみたい。


 頬を緩ませる私を見て、二人もうれしそうに笑った。


「よかった、ソアリスが幸せそうで。なんだかんだで将軍もいい人そうだし、ソアリスに惚れこんでるのは分かったし、これからきちんと夫婦をやり直すのよ?」


「尻に敷けるって、夫婦関係では大事だよな~」


 あはははと楽しげに笑い声を上げる彼らに向かって、私は言った。


「え?離婚するわよ?」


「「!?」」


 絶句するメルージェ、目を見開いて驚くアルノー。

 そんなにおかしなことを言ってるつもりはないんだけれど……。


「だって、贈り物を売るなんて失礼なことをして、あんな嘘まで吐かせて気を遣ってもらって……。きっとこれからもリンドル子爵家がらみで迷惑をかけることはあると思うのよね。お父様ってけっこう抜けてるところがあるし」


 うちは結局、祖父が一代で築いた成り金だったのだ。父の商才はあくまで普通であり、祖父のような敏腕実業家には遠く及ばない。それは本人が一番わかっていると思う。


 この先もずっと迷惑をかけ続けるなんて、英雄将軍の名に傷がついたら困る。彼のこの10年間の努力と功績は彼自身のものであって私のものじゃないんだし、迷惑をかけたくない。


「それに、妻を大事にするタイプなんだっていうのはわかったけれど、やっぱり身分も容姿も性格も……あの人に似合う女性と一緒になった方がいいわ。昔、困窮していたときに援助した恩ならすでにうちは返してもらってるわよ」


 うちが困窮したとき、ヒースラン伯爵は自分が受けた以上にお金も時間も、人員も使って援助してくれた。

 だからもう、彼が過去に縛られることは何もない。


 自由になって欲しいと素直にそう思う。


「それなら、ソアリスは本当に彼と離れてもいいの?家とか恩返しとかじゃなくて、他の女の人が将軍と再婚しても平気?」


 メルージェは私の心配をしてくれていた。

 でもそれは心配には及ばない。ちょっと気持ちはもやもやするけれど、アレンディオ様の隣にこんな平凡な女は似合わない。わかりすぎているから、嫉妬なんて起こらないよ。


「平気に決まってるじゃない」


「「そんな顔には見えないけれど」」


「2人して声を揃えて言わないでくれる!?」


 アルノーは大きなため息を吐き、まるでワガママを言う子どもを宥めるようにして言った。


「ソアリスは自分の幸せを考えなって~。これからもお父さんが問題を起こしそうなら、なおさら将軍に守ってもらわないと。そもそも、将軍と縁続きっていう看板は大きいよ?詐欺だって未然に防げるくらいにはね」


 うっ、それはそうかも知れない。


「他に好きな男がいるんならともかく、そうじゃないなら一生かけて償わせてやれば?何のための10年だったのさ。恩を売るためでしょ?」


「違うわよ」


 なんて失礼なことを言うんだ。本当に根っからの商人的な合理的で儲け重視の考え方ね!


 メルージェもアルノーの考えには賛同できないみたいで、横目で睨んでいる。軽蔑の眼差しが怖い。


「ねぇ、ソアリス。もしもよ?もしもあと3日しか寿命がなかったとして、それでも離婚する?」


「え、それはさすがにしないよ。だって3日しかないんでしょ?」


 いきなり何を言い出すのか。私が即答すると、メルージェは遠い目をして言った。


「私の母が家を出て行くときに父に言い残したことなんだけれど、『あんたなんて私の寿命があと3日だとしても絶対に離婚する!』って」


「「ええ……」」


 それは情熱的な離婚だわ。情熱的っていっていいのかわからないけれど。


「もう絶対に一緒にいたくないっていうのが、本気の離婚よ。ソアリスのは、いろんなことを考えすぎているだけじゃない?同じ人とは二度と再婚できないんだから、せめてもうしばらくアレンディオ将軍とお互いのことを知ってみて、本当にこの先一緒にいられないって思ったらそのときに離婚すれば?」


 メルージェの言葉に、アルノーもうんうんと頷く。

 とはいえ、私の意見は変わらない。


「もう離婚申立書を渡すって決めているの。それがアレンディオ様の幸せなのよ」


 2人は悲しそうな顔をして、私を見つめた。


「本当に頑固な子ね」


「もうちょっと自分の利益を考えればいいのに」


 何とでも言って。

 すっかり冷めた紅茶をいただきながら、しばらく2人の説得は続くが私は意見を変えなかった。


 夕焼けが紫色に変わる頃、メルージェがふと夫の話を話題にした。


「それにしても、せっかく帰ってきたのに軍部は忙しすぎよ!全然休まる暇がないの」


 メルージェの夫は、アレンディオ様の部下だ。男爵位を待つ騎士で、平民の精鋭部隊の司令官をしている。


「アレンディオ様も、ほとんどお邸に戻っていないって言ってたわ」


「手紙で?」


「……そうよ」


 2人がニヤニヤして私をからかう。


「届くから返しているだけで、連絡をとりたいわけじゃないからね?」


「「はーーい」」


 なんだかイラッときたわ。

 それに、言い返せない自分が情けない……。


 メルージェは私と違って恋愛結婚で、夫が忙しくしているのが不満らしい。


「もー、全然会えないの。帰ってきた日も寝顔しか見てないし、会話なんてロクにしてないし、これじゃ帰ってきた感じがしないわ」


「そんなに忙しいのね」


「今日だって王子様がお忍びで出かけるっていうから、護衛に駆り出されているのよ。本人はお忍びのつもりだけれど、事前に行き先には通達がいってる謎のお忍び」


「全然忍んでないじゃない!」


 それ何か意味があるの?ってアルノーも顔が言っている。


「そろそろ戻る時間じゃないかしら。ねぇ、ちょっと見に行かない?」


 メルージェのお誘いは、断れない気迫を感じた。将軍の妻がいれば、きっと門前払いされないから……!


「え、もう帰りたいんだけれど」


「うれしい!さすが親友ね!帰るついでに行きましょ」


 断れない意思薄弱な私。

 アルノーはあっさり断り、私たちは2人で騎士団の執務棟へと向かうのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 段々口角が持ち上がってくる距離感だ…あと情熱的な離婚っていうパワーワードがかなり好きです
[一言] あんたなんて私の寿命があと3日だとしても絶対に離婚する! なかなか良いセリフ…。寿命判定って結構大事というか、正確というか。明日死ぬとしても今それやるか?と言われたら大抵のことは後回しに出…
[良い点] 良かった、第三者たちが間にいてくれて [一言] という事で(?) 『別れることがあの方にとっての幸せ』 だと思い込んで、辛うじて自分を保とうとしているほど 冷静ではないということですね? …
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