余談:ソアリスの好きなもの?
ソアリスが、贈り物について真実を知った夜。
深夜になり、アレンディオはようやく邸へ戻ってくることができた。
すでに弟妹もソアリスも就寝中だ。
ソアリスは「贈り物については、私からアレンディオ様にお話します」とヘルトやユンに告げ、彼にはまだ言わないで欲しいとお願いした。
アレンディオは、せめて寝顔だけでも見たいとソアリスの寝室へ。
ベッドサイドにあるランプがついていたから起きているのかと思いきや、ソアリスはすでに眠っていた。
(本を読んでいたのか……)
邸には書庫があり、数えきれないほどの蔵書がある。
ベッドから床に落ちていた本を拾い上げると、アレンディオはそれをそっとチェストの上に置く。
(謝罪のマナー?誰かに何かしたんだろうか)
何も知らないアレンディオは、妻の寝顔を見て少しだけ表情を緩める。
誰よりも大切な妻。
夫婦らしい暮らしは一度もしたことがないが、それでもアレンディオはソアリスが生涯で唯一人の妻だと思っている。
眠っているソアリスを見て、「すまなかったな」と小さく独り言が漏れた。
贈り物は届いていなかった。
彼女が苦しいときに、そばにいてやれなかった。
メッセージカードに書いた「会いたい」の言葉も、「必ず帰るから待っていて欲しい」の想いも伝わっていなかった。
義父からまとめて受け取ったメッセージカードは5枚。
もう色が変わってしまった紙は、二度と戻らない時間を感じさせた。
「ずっと想ってきたのに、うまくいかないものだな」
ソアリスの前髪を指ですくと、顔を顰めて嫌そうにする。
(かわいい……)
再会したとき、きっと彼女も自分に会いたがってくれていると思っていた。商人の男から「奥様がとてもお喜びで、ずっと待っているから必ず帰ってきてほしいと伝えてくれと頼まれました」と知らされ、どうしようもなく会いたくなったのは一体何だったのか。
(商売人のリップサービスを真に受けるなんて、俺がバカだったんだ)
少し考えれば、おかしいと思ったはず。
今思えば、なぜあれほどまでに信じられたのかとアレンディオは自嘲する。
(ソアリスが待っている。その希望が崩れたら自分が戦場へ行った意味がなくなってしまうから、根拠がなくてもそう思わずにはいられなかったのかもしれない)
今でもときおり夢に見る。
敵味方の判別もつかないような凄惨な砦の中、ソアリスを探して彷徨い歩くという夢を。
自分は本当はもう、この世にいないのではと思ったことは何度もある。
いっそ、名誉や称号など諦めてしまえばすぐに愛おしい妻の元へ帰れるのにと挫けそうになったことは数えきれない。
彼女の存在だけが、アレンディオの支えだった。
盲目的に、ソアリスもこの結婚生活の継続を望んでいると思ってしまうほどに、10年という離れ離れの月日は過酷だった。
「絶対、幸せにするから」
髪を撫でると、今度は安らかな顔をした。眠っているのに表情が変わるのがおもしろくて、アレンディオは口元を綻ばせる。
このままでは、いつまで経っても寝室から出られない。
こっそり寝顔を見に来たなんて知られたら、気持ち悪いと思われるだろう。それが怖くて早く去ろうと思うが、一向に足が動かなかった。
ところがそのとき、ふとソアリスが何かを抱きしめて寝ていることに気づく。
茶色い傘のようなものが見え、アレンディオはそっと掛布をめくる。
「っ!」
きらりと光る2つの黒曜石。
キノコのばけものか、と思われるそれは決して可愛らしいとは思えないぬいぐるみだった。
(ソアリスは、邸へ持ち込むほどこれが好きなのか!?)
彼は知らない。
それが自分の贈った誕生日プレゼントであることを。
実は、魔除けの置き物であることを。
どう見ても可愛くは見えない。
しかし、妻はそれを思いきり抱き締めて眠っている。
「………………」
(君が好きなものは、俺も好きになってみせる)
ムダな決意をしたアレンディオは、そっと寝室を後にした。




