5年越しの真実【後】
絶望に打ちひしがれる私にひたすら謝っていた妹だけれど、しばらくするとうれしそうな顔に戻り、贈り物を見てくれと勧めてくる。
切り替えが早い。
さすが極貧を乗り切ってきた私の妹だわ!
「とにかく、見て見てお姉様。とっても素敵な贈り物なのよ?」
「そ、そうね。とりあえず見てみましょうか」
ニーナに急かされ、くすんだ茶色のリュックを開ける。
あのアレンディオ様が、贈りものをしてくれていたなんて。
しかもそれを受け取っておらず、今の今まで知らなかったことが申し訳ない。
「私ったら、お礼の一つも言わないで……」
「それは致し方ありません。ご存知なかったのですから」
ユンさんがフォローしてくれる。
私は「そうね」と呟いて、そっとリュックの中身を取り出した。
美しいファーがついた真白い手袋に、ふわふわの真白いショール。
蝶の模様をあしらった銀細工の髪留め。
テーブルの上に出したそれらに、一つ一つ触れてみる。
「あら?小さいわ」
手袋はまるで子ども用だ。5年前に受け取っていたとしても、多分入らなかっただろう。
アレンディオ様がこれを選んだかと思うと、笑ってしまった。彼の中で、私は12歳のままだったんだろう。
こんな些細な選び間違いが、とても可愛らしく思えた。
「それは最初にきた5年前のだな。手袋とショール。んで、髪留めがその後」
サミュエルさんは、メモを見せながら教えてくれた。いつ何が来たか、書きとめてくれていたこのマメさ。さすが、弟妹憧れの借金取りだわ。
「ん?何このふわふわしたのは」
リュックの中から最後に出てきたのは、キノコのばけものみたいなぬいぐるみ。目の部分は黒い宝石で、高価なことはわかるけれどものすごく不気味だ。
「これは?」
「わかんねぇ。売るとしたら、宝石だけ取ってぬいぐるみは処分だ」
不気味だもんね。
アレンディオ様、一体なぜこれを選んだの……?
「ユンさん、アレンディオ様ってもしかして悪魔崇拝だったりする?」
戦地が辛すぎて、そっちの方向へ行ってしまう人がいると噂で聞いたことがある。
「悪魔崇拝でございますか。いえ、そんな気配も噂も知りません。敵を薙ぎ払う姿は悪魔だと言われていて、むしろ崇拝される悪魔側かと」
悪魔側!?
昔はともかく今は優しげに笑うアレンディオ様が……!?意外な一面を聞いてしまった。
「お姉様!愛があれば趣味が悪いのは乗り越えられるわ!」
ニーナはどうしても、私たちを純愛にしたいらしい。
「「「…………怖っ」」」
しばしの沈黙の後、皆の声が揃った。
これ、どういうコンセプトで作られたんだろう。
宝石の目がキラリと光り、見れば見るほど怖い。
でも、抱きごごちはふわふわで最高だった。これ本当に気持ちいいわ。ベッドで一緒に寝たいかも。
キノコの顔さえ見なければ、感触はいい。
「将軍も本物は見ていないと思うぜ?リストの文字や絵を見て選んで手配するからな、戦場では。砦に商人が来るのは来るが、積み荷は限られているから実物を見て選んだんじゃないだろう」
「さすがにそこまで趣味が悪いお方ではないと思いたいですね」
「だよな」
サミュエルさんとユンさんが、真剣に考え込んでいた。
私はキノコのぬいぐるみを抱き締めたまま、無心でもふもふしてしまう。
「本当にありがとうございました。このご恩はできるだけ忘れたいと思います」
「おい、嬢ちゃん冗談きついぜ」
「だって覚えていたら、恩返ししないといけないでしょう?買い戻したからもう貯金がちょっとしかないのよ。ギリギリなの。これからこの子たちに美味しいものも食べさせてあげたいし、悪いけれど恩返しは分割払いでお願いね」
サミュエルさんは苦笑いだった。
「ニーナがお嫁さんになってあげるから、恩返しはそれで」
「いや、もう嫁さんいるから。それにガキはガキ同士で結婚しろ」
「ケチね」
「借金取りだからな」
そんなやりとりもそこそこに、サミュエルは仕事で賭博場に顔を出すと言って早々に邸を去っていった。
別れ際、彼が残した忠告がやけに胸に残る。
『嬢ちゃんは父親を責める気なんてないんだろうがな、今の嬢ちゃんの家族は将軍なんだ。父親から何も聞かされていなかった以上、自分も同罪だなんて思うなよ。いいか、父親より将軍を選べ。物わかりのよすぎるところを治さないと、幸せにはなれないぞ』
サミュエルさんは、昔から私のことを「いい子すぎる」と言う。
けれど、私が好き放題したら家族にしわ寄せが……。そもそも、仕事も仕送りも無理しているとは思っていないんだけれど。
あの人からすれば、私が割りを食っているように見えるんだとか。
残された弟妹は、ユンさんとヘルトさんの強い希望というよりゴリ推しでこの邸にしばらく滞在することになる。
申し訳ないから、と固辞する私に、「奥様の弟妹様をおもてなししないなど、将軍の名に恥じます」とユンさんに説得された。将軍という立場を出されると、私は弱い。うちのせいで迷惑をかけたくないってもう、めちゃめちゃかけてますけれどね!?
嬉々として邸の客室へ案内されるニーナとエリオット。
その背を見ながら、お父様がやってしまったことがどんどん私の胸を締め付けてくる。
「これは本格的に、今度こそアレンディオ様とお話しなくては」
どんな気持ちでいたんだろう。
贈り物について、何一つ口にしなかった私と一緒にいて。
礼儀知らずだ、失礼な妻だと思っただろうな。
可愛げがない女だとも思っただろう。
彼は戦地にいても、贈り物を贈ってくれていた。私にとって彼から贈り物がないことは、「嫌っている妻なんだから当たり前だよね」くらいに思っていたわけで……。
そのことで傷つくなんてことはなかった。
「どんな気持ちで……」
陛下から賜った花を、私にくれたんだろう。「10年間、夫を案じて待っていた妻」と「すっかり忘れて、自分のことで精一杯だった妻」とではまったく異なる。
アレンディオ様の誠意を、私は何も知らずに生きてきてしまった。
父がやったことは、許されないことだ。
私だって、食事に困る暮らしの中でやむにやまれぬ事情から売ってしまったことは理解できる。
父は、本当はそんなことをする人じゃない。けれど、極限まで追い詰められていたんだと思う。
いつだったか、なぜ私をヒースラン伯爵家に嫁がせたのかと尋ねたことがあった。
父は自分が「成り金の息子」とか「ギリギリ貴族」とか、「爵位を金で買った卑しい血筋」って子供の頃は散々バカにされたらしく、私にはそんな思いをさせたくなかったと答えた。
娘を由緒正しい血筋の貴族家に嫁に出すことは、父の悲願だったのだと。
金は稼げるけれど家柄はどうにもならないと、あのとき父は嘆いていた。
「お父様ったら、一言相談してくれればよかったのに」
父は、私にずっと隠し続けるつもりだったのかしら?
アレンディオ様が戻ってきたら、すべてバレることなのに。
当時、私がもし相談を受けたとして、おそらく結果は同じだ。生活のために、贈り物だろうが何だろうが売っていたと思う。
ただしそうなると、私は罪悪感でいっぱいになっていたはず。
買いかぶりすぎかもしれないが、父は自分だけが悪者になるつもりだったのでは……。
私自身に、売るという選択をさせたくなくて言わなかった?
だから一言の相談もなく、贈り物を売ってしまったのかもしれない。
「アレンディオ様に何てお詫びしたらいいのかしら」
おととし以降、贈り物を売っていないらしい。
つまりはまだ父の手元にあるということだ。きっと、最初の3回分を売ってしまったから、今になって「贈り物がきた」なんて私に告げたら気づかれる可能性があるって考えたんだろうな。
それで、渡せず仕舞いで家に置いてある、と。
昔は子どもだったから、父は何でもできるすごい人なんだって思っていた。商会で部下に指示を出すお父様を見て、かっこいいと、立派な人なんだって思っていた。
けれど、アレンディオ様との結婚をお金で買ったことや少しずつ商売がうまくいかなくなり始めて右往左往している姿を見ていたら、親って完璧じゃないんだなぁってようやく気づけたというか。
色々なことに雁字搦めになっていて、お父様も悩んだりもがき苦しんだりしているんだってわかった今では、責める気持ちはなく虚しい気持ちになる。
弱いところって、誰にでもあるんだなとしみじみ思った。
「バカなお父様。やっぱり一言相談して欲しかったわ」
私がもっと頼れる娘だったのなら、相談してもらえたかしら?
あぁ、泣きそう。
泣いてもお金にはならないのに。
アレンディオ様が戻ってきてから、この10年間止まっていた時間が怒涛の勢いで流れ始めた気がする。
自分の不甲斐なさ、頼りなさが身に染みるわ。もっとがんばらなきゃ。
「まずは誠心誠意、謝らないと」
感傷に浸ってしまったけれど、今はアレンディオ様への謝罪について考えなくては。
一人残ったサロンで、妖しげに目が光るキノコを見つめ、私は大きなため息を吐いた。
父に連絡を取ろう。
アレンディオ様への謝罪は、きちんと父から話を聞いて私が詳細を把握してからになりそうだわ。
今になって、再会したときの彼の歓喜に溢れた顔が思い出される。
政略結婚の妻なのに、あんなに喜んでくれるなんて……。
後戻りできない現実に、胸が締め付けられるような気分だった。




