突然の来訪者
ネーミングセンスゼロ疑惑はひとまず置いておき。
私はバラ園をゆっくり見て回った。
ときおり寛げるように椅子やテーブルがあり、鳥の巣箱もあり、庭園技師が女性だったことでかわいらしい雰囲気にコーディネートされているとのこと。ちょっとメルヘンな感じがするけれど、くどくはなく、癒される感じの庭園に仕上がっていた。
花の草木のアーチは秘密基地みたいで、童心に返って楽しめそう。うちの弟妹がまだ小さかったら、きっとはしゃいだんだろうなと思う。
妹のニーナはもう17歳、弟のエリオットは15歳だから、さすがに走り回るような年齢でもない。それに、彼らがここに来ることはないだろうな。
――なんてことを思っていたら、バラ園の入り口から幻聴かと思う声が聞こえてきた。
「「お姉様!!」」
振り向くと、そこには少し背が伸びて大人っぽくなった弟妹がいた。この邸と庭園に似つかわしくない、くたびれた服と大きな荷物と一緒に。
「ニーナ!?エリオット!?」
なぜ二人がここにいるのか。
目を見開いて驚く私だったが、そばにいたのが侍女のユンさんだけでなく、細身で長身の男もセットだったので何となく事情がわかった。
ユンさんはメイド服ではなく、私服のワンピース姿だった。
きっとこの邸の近くでウロウロしていた弟妹を拾い、私の元へ連れてきてくれたのだろう。
そしてこの長身の男は、うちが長年お世話になっている借金取りである。
「嬢ちゃん、久しぶりだな。立派な奥様になったじゃねぇか」
「サミュエルさん、お元気そうで……。あの、ニーナとエリオットがわがままを言ったのでは?」
サミュエル・ジーン。確か今は30歳になったくらいかな。
彼は借金取りとはいっても、無理な取り立てはせず、返す方法も一緒に探りながら金を回収していくまともな借金取りの一人である。
同時に、弟妹が憧れている人だ。
彼のお母様は金貸しの女傑として恐れられている人で、「息子の嫁にならないか」と冗談で誘ってくれたことがある。丁重にお断りした。
緑がかったアッシュグレーの髪は短めで、傍目には商人やどこかの会社の雇われ人のように見える。
荒事にはさほど強くはないが、弱くもないのでそれなりに頼りになると思う。
サミュエルさんは私のことを「嬢ちゃん」と呼び、未だに子ども扱いだ。
ニーナとエリオットはすぐに私の元へ走ってきて、二人して飛びかかるように抱きついてきた。背負っているリュックの重みもあり、私はよろめきながら必死で二人を抱き留める。
「お姉様!会えてよかった……!」
「見つからないかと思ったよ!」
その背を撫でていると、サミュエルさんが苦笑いで近づいてきた。
「城へ行ったら、取り次いでももらえなかったんだ。『英雄の妻の親戚を名乗る者はたくさんいる』ってさ」
「え?そうなんですか?」
ユンさんによると、有名人をひと目みたい、あわよくば取り入りたい、そんな邪な気持ちでやってくる面会希望者は多数いるそうだ。
だから、私たち夫婦が書いた紹介状など証明になる物を持っていなければ、門番が通すはずはないと。
「それでなぜここへ?まだあなたたちに手紙を出していなかったのに」
定期連絡の手紙は、今朝送ったばかりだ。まだそれが届いているわけがない。
私と同じキャラメルブラウンの髪をしたニーナは、うれしそうな顔で教えてくれた。
「街の食堂でごはんを食べていたら、英雄将軍がお邸をもらったって聞いたの。それで、なんとか人づてに貴族街までの道のりを聞いて、それで一軒ずつそれらしい家を探したのよ!」
「えええ、よくそんな無計画でこの広い貴族街からここまで来れたわね!」
何軒あると思っているんだ。
一軒ずつ覗いて回っていたら、そのうち不審者として連行されたのでは。
するとユンさんがくすりと笑って言った。
「偶然、皆さんをお見かけしたのです。奥様がこちらにいらっしゃると聞き、私も出勤しようとしたタイミングで、奥様にとても後ろ姿が似ていらっしゃるニーナ様をお見かけして……」
なるほど。
髪色も同じで、顔はニーナの方が可愛いけれど確かに後ろ姿はそっくりだと言われる。よく声をかけてくれたものだ。
「ありがとう、ユンさん。それで、あなたたちはどうして私に会いに来たの?つい3か月前に、帰省したばかりよね私」
会いに来るほどの急ぎの用事があったのかしら。
話を聞こうとすると、ヘルトさんがサロンでお茶でもしながら再会を喜んではどうかと提案してくれた。
そのお言葉に甘えて、私たちはサロンへ移動する。
「うわぁ……!ここってお城?すごい、姉上はお城に住める人になったの?」
「そんなわけないでしょう」
エリオットが目を輝かせてそんなことを言うものだから、ふっと笑ってしまった。彼は7歳の頃にはうちは極貧に転落しかかっていたので、こんなに煌びやかな邸は見たことがないのだ。
お城みたい、という感想は私と同じだわ。
使用人がたくさんいて、二人は自分たちの姿が場違いだとわかったらしく、怯えるような、申し訳なさそうな顔で静かにサロンへとついてきた。
大丈夫よ、お姉様もここにいるのがおかしいから。不似合いだから。そう励ましてあげたかったけれど、さすがに使用人の目があるところでは無理だった。
弟妹を連れ、さっきまで私がいたサロンへと戻ってくる。
ユンさんがお茶を淹れてくれて、私の向かい側に弟妹とサミュエルさんが座り、荷物や上着は使用人が預かった。
「あ、これはいいです。大事なものなので」
大きなリュックを使用人に預けず、膝の上に乗せたまま大事そうに抱えるニーナ。うちにそんな大事なものなんてあったかな、と思うけれど、いくら姉妹でも唐突に「それは何?」と聞くのは憚られた。
二人は、アレンディオ様とは一度だけ会ったことがあるが、当時7歳と5歳では記憶はないと思う。
あ、ここの主であるアレンディオ様に弟妹が来ていることを報告しなくては。人様の家だもの、勝手に立ち入ってしまったから、連絡しなければ。
ヘルトさんにお願いして、騎士団にいるアレンディオ様に連絡をつけてもらった。
私が寮へ戻るときに、弟妹のことも連れて帰ろう。寮は2人部屋だけれど、メルージェは戦地から帰還した夫と暮らす一軒家に引越したので、今は私一人。今日1日なら弟妹を泊めることはできる。
紅茶とお菓子を目の前に、目を輝かせる二人を見てかわいいと思った。
ユンさんに「どうぞ。まだまだたくさんありますので」と勧められ、二人は遠慮なくお菓子に手を付ける。
サミュエルさんは紅茶を飲み、私に世間話を振る。
「嬢ちゃんが英雄将軍の妻だなんてな。世の中何があるかわかんねぇって、本当だな」
そうですね。私が一番驚いている。
「無事に帰ってきてくれたから、十分よ。将軍になるなんて、あのか細かったアレンディオ様を知る人には信じられない変身ぶりでしょうね」
中身も相当、おかしなことになっていますけれどね。おっと、これは口にできない。
サミュエルさんは仕事で王都へやってきたのだと言い、今朝到着したらしい。
弟妹を連れてきたのは、彼ら二人がどうしても私に会いたいとねだったからだと言う。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして」
「別に構わねぇよ。幌馬車の荷台に、しかも積み荷と一緒に乗せてきただけだからな。座ったままで横になれもしないのに、文句の一つも言わねぇで偉かったよこいつら」
「そうですか……」
貴族子女のすることじゃないな。
でも、没落だからなぁ。なんにせよ、逞しいのはいいことだと結論づける。




