番外編SS 英雄の義妹ですが、恋は突然やってくるそうです(3)
暗闇の中、私たちは裏門からこっそり騎士団の敷地内へと入った。
ヒースラン邸やシュヴェル侯爵家にも遣いの者をやり、私たちがここにいることは伝えてある。
「あれ?ニーナさんどうしたんです、その格好」
「ジャックスさん!」
騎士の人がクリス様を両側から支え、私はアンナさんと走っていたら、たまたま宿舎から出てきたジャックスさんに会った。
その手には揚げパンの袋を持っていて、相変わらずのほほんとしたオーラを放っている。
不審者や敵を見つけたら、ギラギラした目で斬りかかる人には到底見えない。
「舞踏会で色々あって……。医局へ行くところなんです」
クリス様をちらりと見ながらそういうと、彼はだいたいの状況を察してくれた。
「とりあえず着替えとか色々必要ですね。ドレスはないと思うんですが、何か着替えをお持ちしましょうか?」
「わぁ!ありがとうございます!お願いします!」
彼はなぜか私に揚げパンの袋を渡し、どこかへ消えて行った。
ほわっと温かい袋に触れると、夜風で冷えた体と気分が癒されたけれど、横から伸びてきた手にそれを奪われる。
「お預かりいたします」
「え?」
「すみません、安全だとは思うのですが、ニーナ様がお口にするものは事前にすべて確認するようにと将軍から言われております」
「過保護!」
お義兄様の徹底ガードがすごい。
私は苦笑いで揚げパンをアンナさんに渡す。
そしてすでに医局へ向かって歩いている騎士たちを追い、再び走り始めた。
今は揚げパンどころじゃない。
クリス様のお体が心配だ。
医局へ到着すると、事務官に呼ばれて奥から出てきたレイファーさんが目を丸くして叫んだ。
「なんなの、あんたたち!?」
騎士が事情を説明すると同時に、クリス様は療養スペースへと運び込まれていく。
「またタチの悪い薬を飲まされたみたいね。クリスはかなり耐性が強いのに」
「え、そうなんですか?」
ここで私は彼が「死ぬことはない」と言ったのを思い出した。
侯爵家の跡取りとして、ある程度の毒耐性はこどもの頃からつけられているのだろう。
「でもそのクリス様があぁなっちゃう薬って……?」
「だからタチが悪いのよ。ここにある解毒薬で何とかなるとは思うけど」
「よかった……!」
「でもあんた、一緒にいたんでしょ?よく襲われなかったわね」
レイファーさんは、歩きながらそう尋ねる。そして、私の姿を上から下まで観察した。
このドロドロを見たら、だいたい想像つくのでは?え、つかない?
私は、えへへと笑いながら目を逸らした。
「あんた、どうやって吐かせたの?クリスはボロボロだったし、あんたも酷い格好ね」
「噴水の水を」
「噴水!?」
仕方がなかったんだもの。
あぁ、でも今になって水のきれいさが気になってきたわ。
「あの、水の中に菌とか寄生虫とかっています……?」
「は?水には何かしらの菌はいるでしょうけれど、寄生虫は調べてないからわからないわ」
「そんな、はっきり言ってくださいよ。そんなのいないって!」
「あんたバカなの!?調べてもいないことを断定する医者は医者じゃないわよ!それはただの詐欺師よ!」
レイファーさんは呆れつつも、一応は合理性を認めてくれたらしい。
ため息まじりに笑って言った。
「すぐに吐かせたのは正解よ。体内に吸収される量が少ないほど、後遺症は少なくなるもの」
「後遺症……!?」
狼狽える私を見て、アンナさんが心配そうな顔つきに変わる。
「ニーナ様、今は処置を待ちましょう。できるだけいい方に考えながら」
「うん……」
私は、水に濡れてべたべたのスカートを両手でぎゅうっと掴む。
どうか無事に、元気になってほしい。
クリス様はいい人だし、とってもかっこいいし、きっとこれからいくらでも幸せになれるはずなのに。
そんなわけのわからない薬でどうにかなっちゃったら、可哀想すぎると思った。
「ほら、あんたは自分の姿をどうにかなさい。きったない格好で医局をうろつかないでくれる?仮眠室で寝ててもいいから」
背の高いレイファーさんは、その手で私の頭をぽんと軽く叩いた。
そして言った。
「汚ねっ。なんか頭もベタベタしてるわよ!!」
辛辣である。
でも確かにベタついてるし、生臭い。
「お風呂と仮眠室、お借りします……」
私はおとなしく医局の施設を借り、お風呂に入って服を着替えるのだった。




