番外編SS 英雄の義妹ですが、恋は突然やってくるそうです(1)
「ニーナ嬢、お迎えに上がりました」
眩い金髪に整った顔立ち。王子様だといわれたら、10人が10人信じてしまいそうな美青年が目の前にいる。
舞踏会へ行くための盛装をまとった彼は、とんでもなく煌めいていて刺激が強い。
貧乏令嬢には、この人の存在そのものが眩しすぎる。
目眩がしそうで、私は挨拶に紛れて視線を落とす。
「こんばんは、クリス様。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。いつも義兄がすみません」
本当に申し訳ない。
王太子付き補佐官という忙しいお立場のクリス様を、私のエスコート役として連れ出してしまうなんて。
彼は柔らかな笑みを浮かべ「いいえ」と言った。
紳士だわ。とても紳士。
王子様で紳士で、上質な盛装からはかなりのお金持ちの香りがする。
私だって、アレンディオ・ヒースラン将軍の義妹としてそれなりのドレスを着せてもらっているけれど、根本的に品性や立ち居振る舞いが違うせいか、彼の貴族オーラは格が違う。
多分、庶民服を着ていてもお金持ちに見えるだろう。
アレン兄様は、「クリス殿がそばにいれば並の男は寄ってこない」と言って、私がおかしな男性に騙されるのを防ぎたいらしい。
ただ、どう考えてもこの案は失敗だ。
こんな美青年が近くにいたら、歴戦の猛者である令嬢たちに取り囲まれて、私のお相手探しどころではなくなるのだ。
今日はすでに7回目の舞踏会。
クリス様も、いくら情報収集のためとはいえ、よくここまで付き合ってくださるなぁと感心する。
「では、参りましょう」
「はい」
私たちは馬車に乗り込み、今夜の会場である伯爵家へと向かった。
向かい合って座ると、彼は本日の主催者について簡単に説明してくれた。
「本日は、主催者のご嫡男であるフリオ・ラグナン氏がニーナ嬢に会いたいとご希望です。宰相の秘書官の一人で、将来有望な22歳ですよ。容姿端麗、性格温厚、アレンディオ将軍もニーナ嬢の結婚相手として申し分ない相手だと判断しております」
とても簡潔な説明だ。
私のミッションは、その人に会って1回踊ることである。
ただし、今回は何となく「ダメだろうな」という感じはする。
もうこうして何度か「おすすめの結婚相手」とやらに会っているけれど、容姿も家柄もよく、性格もイイまじめな男性は私と会話が弾まないと薄々気づき始めていた。
「……気が進みませんか?」
クリス様は、苦笑いでそう尋ねる。
彼はとっくに気づいているのだ。
アレンディオ将軍セレクションのお相手が、私と相性がよくないということに。それでも毎回付き合ってくれるのだから、本当に優しい方だと思う。
「お相手の方に、申し訳なくって」
向こうは当然、「将軍の妹」に会いたがっている。ファン心理、みたいなものもあるだろう。
いくら義理でも、妹は妹。彼らにとって、私は将軍に近づける唯一のきっかけなのだ。
「ご本人よりも、周囲の期待や理想が高いのは大変ですね」
「そうですね。私はただの貧乏令嬢なので、用意された素晴らしい縁談は素晴らしすぎてどうにも」
「ははっ、あなたは欲がなさすぎる。ニーナ嬢らしいといえばニーナ嬢らしいですが」
クリス様は、こらえきれないという風に笑った。
ご尊顔は眩しいけれど、内面はかなりフランクな方だった。
「将軍は反対なさるでしょうが、お姉様のように王女宮などで働きながら恋愛結婚を目指すのも視野に入れてみるのがいいかもしれませんね」
「恋愛結婚ですか」
「おや?ご興味ないですか?」
私は思わず、うーんと頭を悩ませる。
これまで恋愛をするなんて考えたことはなかった。
とにかく日銭を稼ぐことに必死で、食事と内職のことで頭のほとんどを占めるような暮らしをしてきたのだ。
恋にうつつを抜かしていたら餓死する。
貴族令嬢にはあり得ない青春時代だと思う。
「クリス様は、恋人はいらっしゃらないんですか?」
何気なくそう尋ねれば、彼はピシリと動きを止めた。
「……以前はいたこともありましたが、ここ数年は仕事ばかりですね」
確か29歳になったばかりだと聞いたような。
私よりも、クリス様の方が焦って結婚しないといけないのでは?
貴族は血筋を残すことが求められるから、侯爵家の当主という立場でありながらまだ婚約もしていないとなると相当に変わり者として見られているだろう。
「クリス様も、舞踏会でお相手を探した方がよろしいのでは……?」
妹のユンリエッタさんを含め、3人の妹がみんな結婚したということもある。
私よりもクリス様の方が猶予がない。
彼は私の質問に、「そうなんですよね」と言ってため息をついた。
「うちはご存じの通り、質素倹約をモットーとしているので、なんていうか、その、難しいんです」
「質素倹約ですか」
「ええ、同じ侯爵家と比べると明らかに贅沢とは無縁の暮らしですからね。縁談話が上がっても、うちの暮らしぶりを知った上で前向きに結婚を考える貴族令嬢は多くありませんよ」
そんなに嫌かしら?質素倹約って。
邸があって、使用人がいて、食事も三食いただけて、夜会に出られるくらいの衣装も買えるなら十分だと思うんだけれど。
山に入って「この実は食べられるかしら?」って考えなくていいってことでしょう?
「おモテになりそうなのに、色々大変なんですね」
「遊んでくれ、という一夜のお誘いはありますけどね。そういうのは、何かと罠が多いですし、何よりもジェイデン様の醜聞になるようなことはできません」
「なるほど」
「ニーナ嬢も気を付けてくださいね。笑顔で近づいてくる男が皆、親切とは限りませんから」
「わかりました」
このとき、私はこの忠告をとても軽く考えていた。
親切とは限らない、というのは「陰で悪口を言っている」くらいのことなんだと、それくらいに思っていたのだ。
「ところでニーナ嬢、先日お話ししました隣国からきた新しい織物のことなんですが」
クリス様が話題を変えると、私はぱっと反応する。
「メルレイア織物のことですね?あれは絶対に流行ると思うんですけれど、どうでしょう?」
「ええ、ニーナ嬢があの軽さを品評会で語ってくれたおかげでご婦人方の印象はかなりよかったです。こちらでも技術を取り入れれば、かなり実入りのいい事業になるかと」
「それはよかったです!リンドル商会は織物は扱っていないので残念ですが、新しい技術が広まればもっと国が豊かになりますもんね!誘っていただいた品評会では、骨董品や絵画もたくさん揃っていて勉強になりました」
笑顔で答えると、彼も目を細めて頷いた。
婚活はうまくいかないままだったが、父にくっついて始めた貿易事業のまねごとはとても楽しい。クリス様が招いてくれた品評会では諸外国の品々を実際に見ることができて、今でも思い出すだけで笑顔になれる。
「やはり、あなたは働く方が合っているようですね。ご自身で新しいものを見つけて、センスを磨いていくのがいい」
「ふふっ、そうできたらなって思います。それで、今度考えていることなんですけれど─────」
馬車に乗っている間、私たちはずっと商売の話をしていた。
◆◆◆
伯爵家に到着すると、まずは主催者にご挨拶をして、ご子息のフリオ様とダンスを踊ることに。
金髪に青い目の、優しそうな方だった。
クリス様は私とフリオ様を引き合わせると、ご自身も知り合いの元へと向かう。
「また、帰りに」
「はい。ありがとうございます」
エスコートする手は、クリス様から伯爵令息へと変わり、私は緊張で背筋が伸びる。
「ずっとお会いしたかったのです。想像よりずっと可憐な人で、あなたに会えてとてもうれしい」
「あ、ありがとうございます……」
ホールの中央に出ると、ワルツの曲に合わせてステップを踏む。
うん、踊っているときの周囲からの視線が痛い。
ご令嬢方は、当然彼を手に入れたいと思っている。
それなのに、私が「将軍の義妹」というだけでファーストダンスをさらっていったら、にらまれるに決まっている。
ダンスが終わると、フリオ様は私をテラスに連れて行きワインをくれた。
「飲みやすいものを選びました。酔いそうになったら、化粧室にこの者がご案内いたします」
フリオ様は、そばに控えていた女性を見てそう言った。
至れり尽くせり、ありがたい。
彼はとても紳士で、ダンスやエスコート以外では私に指一本触れようとしなかった。
さすがアレンディオお義兄様が認めた人、若くても人格者である。
それから世間話をして、仕事の話をして、趣味の乗馬やチェスについて話した。
いい人だった。
すごくいい人。
でも私の心は動かない。
この人と結婚した後の暮らしがまったくイメージできなかった。
「少し失礼しても?」
愛想笑いをし疲れて、私はギブアップする。
彼は「どうぞ」と言って、私のことを解放してくれた。私がそばを離れると、すぐにほかのご令嬢がフリオ様のもとへ殺到する。
私は人の間を抜け、案内人の女性と共に廊下へ出る。
「こちらが化粧室でございます」
「ありがとう」
中へ入ると、そこはとても広い部屋だった。
フィッティングルームから浴室までついていて、化粧室というかもう客室である。
「あれ?」
ふと窓の外を見ると、クリス様らしき人が庭を歩いて行っている。
「?」
おかしい。
私はその歩き方を見て、違和感を抱く。
いつも背筋を伸ばして颯爽と歩いている人が、妙にふらついている。
ときおり、手で顔の汗を拭っているそぶりも気になった。
もしかして体調が悪い?
でもそれなら客室で休むなり、馬車で帰るなりすればいいのに。
何かあったんだろうか?
私は化粧室を飛び出すと、クリス様を追いかけて一人で庭へと走った。




