番外編SS 辞められない男
多くの人々で賑わう王都の一角。
体格のいい男たちがゆっくりと歩いている。
身なりのいい彼らは、いずれも精悍な顔立ちで人目を引いていた。
先頭をいくのは、息を呑むほど美しい黒髪の男。
不機嫌さを隠そうともしないその態度に、隣を歩く部下が苦言を呈する。
「アレン様、もう少し普通にできません?休日に連れ出されて不満なのはわかりますが」
隣を歩く補佐官のルードが、苦笑いでそう言った。
「本当なら今頃は、ソアリスがルチアと花を飾る様子を愛でていたはずなんだ……!それを散歩に付き合えと、約束もないのに誘ってくる方が悪い」
邪魔するものは全員斬る。
その目は殺気を宿していた。
「すまぬな。だが、そなたの妻は快く送り出してくれたではないか?」
将軍の殺気もグチもなんのその、この散歩の原因を作った厳しい顔の初老の紳士がそう言って笑う。
「陛下、ソアリス様はとても優しい方ですから。あと、陛下がいると双子が泣くので追い出したかったのだとも思います」
ルードはさらりと告げた。
「もう陛下ではない。ただの隠居爺のフィリップだ」
ジェイデンに王位を譲って早3年。
ときおりこうして街へ出ては、民衆の暮らしを見続けている元陛下は、アレンディオらと共に徘徊するのももう何度目か。
6ヶ月になる双子たちは、元陛下の来訪のたびに大泣きし、乳母を慌てさせていた。
「子どもがうなされたらどうしてくれるのです。あれほど邸には来ないでくれと言ったのに」
「私にそんなことを言えるのは、アレンディオくらいだぞ。まったく、かわいい孫をかわいがりたいという気持ちがわからぬか?」
「勝手に孫扱いしないでください。あぁ、そんなに孫が欲しいならジェイドを呼びましょう」
「うちの子を生贄にしないでくれます?」
思わぬ被害を受けそうになったルードが、じとりとした目でアレンディオを睨む。
しかし、元陛下の反応は鈍い。
「ジェイドは……子どもらしさがない。チェスをしたら、最初は様子を窺いつつも途中で一気に攻めに転じるところなど父親の性格を引き継いでおる。あと、笑顔の目が笑ってない」
「「…………」」
5歳を迎えたばかりのルードの息子は、ユンリエッタの教育によってすくすく(?)と育っていた。
世間話をしているうちに、王都の外れにある一軒家へとやってきた。
数年前まで、風変わりな画家が住んでいたらしい。
3人は、雑草が茂る庭を歩いて薄汚れた玄関の扉を開ける。
中は外観から想像するよりもずっと広く、床には酒の瓶や割れた皿などが散乱していた。
「なんだ、もう制圧済みか」
アレンディオがそう言うと、奥の扉がギィと開いて一人の騎士が顔を出す。
「あ、どうも」
気の抜けた声とは正反対に、その頬や腕には赤い血が付着していた。
先に乗り込んでいた特務隊の一部が、地下でひと暴れしたのだとアレンディオらは察する。
「ジャックス、地下の様子は?」
「終わりました。違法な薬物と金は回収してすでに騎士団へ送りました。主犯格は、まだ地下に」
端的に答えるジャックスに、元陛下が尋ねる。
「わしが現場へ下りてもよいか?」
その言葉に、ジャックスは困った顔をした。
「えーーっと、よろしいので?まだけっこうな思い出が散らばってますが」
「血痕を思い出って言うな」
ルードが顔を顰める。
元陛下は、おおよその惨状を理解しつつも「構わん」と答えた。
それから数分後、地下で捕らえられた男たちは元陛下と対面することになる。
彼らは帝国兵の残党で、近頃ノーグ王国を脅かす組織になりつつあった。
元陛下は、彼らが捕縛され連行される様をただ無言で見つめていた。
「わざわざあなた様が足を運ぶことはないと思いますよ」
アレンディオはそっけなくそう告げる。
「先の時代の遺物は、自分の目で見届けたくてな。ジェイデンに背負わせるには、あまりに重いものが多すぎる」
しばしの沈黙の後、アレンディオは言った。
「新しい時代には、新しい者がいるべきですね」
「そうだな」
元陛下は頷いた。
「俺もそろそろ隠居したいと思います。将軍は過去の遺物ですから」
「どさくさに紛れて、また辞めようとしてないか?まだ若いだろう?」
「32になりました。本気で領地へ帰ろうと思っています。ソアリスと心穏やかに暮らしたいのです」
二人のやりとりはいつものことで、特務隊の面々はそれに構わず後片付けに精を出す。
「そういえば隠居したのですね」
「あぁ、そうだ」
「では、ジェイデン様に許可をもらえば俺は将軍を辞められますよね」
「…………あれは一筋縄ではいかぬぞ?のらりくらりと躱しそうだ」
アレンディオは無表情になり、まだしばらく辞められないことを悟る。
もはやお飾りともいえる将軍の地位だが、その絶大な権力は今なお国全体に及ぶのだ。
「あと一年ですよ。あと一年」
往生際の悪いアレンディオを見て、元陛下は苦笑いをした。
***
空が茜色に染まる頃、アレンディオらは邸へ戻ってきた。
暇を持て余す元陛下も一緒に────。
「おかえりなさい、アレン」
出迎えたソアリスは、笑顔でそう告げる。
「ただいま。変わりなかったか?」
上着を脱ぐこともせず、妻を抱き締めるアレンディオはようやく機嫌を直す。
「あの、変わりないといえば変わりないのですが、少々お願い事が」
「願い事?」
そこに小さな足音が近づいてくる。
「お父様!」
階段を駆け下りてくる愛娘を見て、アレンディオは目を細めた。
父親に飛びついたルチアは、笑顔で「おかえりなさい」と言う。
「今日ね、ニーナおばさまとユンリエッタ様とパイを焼いたの。それでね、ルチアも学校に行きたい」
「ん?なぜそこで学校の話が出る?」
にこにこと笑って話すルチア。アレンディオは突如として湧いた話に、少しだけ首を傾げた。
それを見たソアリスが、話を引き継ぐ。
「来月から、ジェイドがジュニアアカデミーへ通うそうなんです。それで、ルチアが私も行きたいって言い出して」
「あぁ、ユンリエッタが騎士科の教員を請け負うことになったと言っていたな」
「はい、ですからジェイドも通うそうなんですが……。入学したら五年は通うことになりますよね?あなたは領地へ戻ろうとお考えでしょうから、それで……」
困り顔のソアリスは、夫の意向と娘の希望の板挟みになっていた。
しかしルチアは自分を抱き上げた父に懸命にアピールする。
「アカデミーに行くと、いっぱいお勉強できてお友だちもできるんですって!私、ユンリエッタ様みたいな立派に戦える淑女になります!だからお願い、お父様」
「戦わないでくれるか?ルチアが剣を握らなくていいように、父様は大陸全土掌握しにいかなければいけなくなるじゃないか」
「じゃあ、学問でがんばります」
「もう通うことは決定なんだな?」
娘に甘い将軍は、あっさりと押し切られてしまった。
ソアリスはそれを見てくすりと笑い、続きは部屋でしてはどうかと促す。
アレンディオはルチアを抱いたまま、家令に剣を預けて二階へ向かった。
玄関に残ったルードは、ソアリスと顔を見合わせて笑う。
「すみません、奥様にこのような茶番を」
「構いません。ジェイドがわがままを言うなんてめずらしいではないですか。ルチアが一緒じゃないとジュニアアカデミーへ行かない、なんて」
ルードはホッと安堵の息をつく。
「誰に似たのか頑固な息子で」
ソアリスは笑顔のまま、無言を貫く。
(どう考えてもルードさん似ですけれどね……)
「ルチアがジュニアアカデミーへ通うなら、アレンもしばらく将軍を辞められないでしょうね」
王都にいる限り、その役職が解かれることはない。
初めて辞表を提出したあの日から約7年。
まだまだ将軍に自由はないらしい。
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