番外編SS バレンタインデーの将軍
ある日、アレンディオが邸に戻ると、建物が「お菓子の家」になっていた。
彼はしばらく無言で邸を眺め、隣にいた補佐官に向かって問いかける。
「これはなんだ?」
時間をかけて観察した結果がそれか、とルードは眉根を寄せた。
「何と聞かれましても。お菓子ですね。邸が菓子になっています」
彼もまた、至極当然のことを答える。
それ以外に答えようがないからだ。
アレンディオは腕組みをし、冷静に分析し始めた。
「番外編は何やってもいいということで、おそらくこれはバレンタインだろう。チョコを贈って想いを告げる日だと製菓会社がやり始めた企画なのに、いつからか宝飾ブランドやアパレル企業が勝手に『自分へのご褒美を』とか言い始めて、盛大に乗っ取られた悲劇のイベントだな」
「すみません、他の世界線の話をそこまで詳しくしないでくださいます?」
「問題ない。前回も前々回も、偉い人に叱られなかった。つまりは、まだ伸び代があるということだ」
堂々と宣言するアレンディオ。
ルードは険しい顔に変わる。
「アレン様、騎士らの頂点に立つ者として、規則違反をした者を見つけてもある程度は泳がせることがありますよね?彼らが油断した頃が狩り時だと、誰よりもご存知でしょう?」
すかさずそう反論され、アレンディオは苦い顔になった。
「今は叱られるにはまだ早い。それに、心配したところでもう遅い。なぜなら番外編を公開してしまったからだ」
「いや、もうそんなことよりこの菓子の家です。奥様やお子様が心配ではないのですか?」
目の前には、煌めくお菓子の邸。
甘い香りが立ち込めている。
「ルード。これはまやかしだ」
「は?」
「見てみろ。蟻や蝶、虫がまったくたかっていない。これは菓子ではない。万が一に菓子であっても、成分は人工甘味料や化学調味料でできていて、砂糖や蜜は不使用だろう。つまり、中にソアリスたちがいたとしても家屋としての耐久性があれば特に問題はないはずだ」
「あの、ホントやめて?他の世界線のことを持ち出すのやめてくれません?」
邸の前で話を続ける二人だが、ここでクッキーの窓が開き、中からソアリスが顔を出す。
「アレン、ルードさん!おかえりなさいませ!バレンタインのチョコフォンデュを用意していますよ〜」
笑顔で手を振るソアリスの背後には、へらりと笑うジャックスの姿も見える。
「アレン様ー!鹿肉もチョコかければうまいですよー」
剣にチョコがけの肉を刺し、うれしそうに頬張るジャックス。それを見たソアリスは狼狽えた。
「ダメです!そういう冒険は失敗することが多いんです!うっかりメイン料理まで『ステーキ肉のチョコソースがけ』とかにしたら、まずくはないけれどうまくもなくて結局焼肉のタレを使うパターンになるんですよぉぉぉぉ!クック◯ッドでは好評だったのに、ってなるんです!あれは作る側の満足度であり、食べた人の満足度ではないと肝に銘じてください!」
「奥様、久しぶりの番外編で混乱してますね?」
「す、少し……」
自らの過ちに気づき、青褪めるソアリス。
それを見たアレンディオは、悔しげな表情で言った。
「ソアリス……!君までが、悪しき番外編に染まる必要はない……!バレンタインがなんだ、俺は君のためならチョコにも血にもまみれよう。かくなるうえは、この世界にチョコレート文化を根付かせ『将軍からショコラティエに転職したんだが妻以外にチョコをあげたくないのでまったく儲かりません』という新作を始めるのはどうだろう?」
「アレン様、なんかまた都合よく将軍を辞めようとしてません?そろそろ諦めて欲しいんですが」
なるべく長く、妻子と一緒にいたい。
アレンディオは未だに辞職を諦めていなかった。
「昨今の男は、仕事よりも妻子優先が受けるぞルード。子が3人になったんだ、そろそろ領地へ帰ってもいい頃だ」
「うわぁ、今度は時代を言い訳にしてきた」
押し問答は続き、二人の様子を窓から眺めるソアリスは思う。
(アレン、タイトルに将軍って入ってる限り辞められませんよ……)
お菓子の家と化したヒースラン邸。
なかなか入ってこない父を待ちきれず、子どもたちはチョコまみれになり、その手形を壁にペタペタとつけていた。




