待機命令が出ました
アレンが国境付近へ向かって早5日。
そろそろ廃村に到着する頃だろうか。
私は今日も金庫番の仕事に励んでいた。
午前中に片付けるはずだった書類はすべて終わり、午後には王女様がおでかけするお見送りがある以外には緊急の仕事はない。
「ソアリス、そろそろ食堂に行きましょう」
メルージェに誘われて、私も席を立つ。
今日の食堂のメニューは、魚のパイ包み焼きだったはず。ボリュームがあるから、二人で半分に分けるのがいつものパターンだ。
「スコーンも食べたいわね~。持ち帰りにしてもらって、後で部屋で食べない?」
「メルージェったら、もうおやつの話?」
「あら、いらないの?」
「いるわよ、もちろん」
笑い合いながら廊下を歩き、食堂へ到着するとそこにはすでにアルノーがいた。
今日は午後からなので、食堂で昼食を取ってから仕事に入るつもりだったんだろう。
彼は私たちを見つけると、右手を上げて笑いかける。
「今ようやく昼食?もう済ませたかと思っていたよ」
「そうね、申請書が多くてちょっと時間がかかったの」
席に着いて注文を済ませると、メイン料理がくる前にスープをいただく。
野菜がたくさん入っていて、ダイエットには最適だった。
「あれ、まだ痩せようとしているの?結婚式の直前だと無理じゃない?」
「アルノー、この世には追い込みっていう言葉があるの」
現実と理想は違う。
かといって、理想を追いかけるのは自由なのよ。
私はスープを口に運ぶ。
「………」
「どうしたの?ソアリス」
なんだか思っていたよりおいしくない。
スープはいつもと同じ味のはずなのに、一口食べて食欲がいっきに引いて行ってしまった。
でも、皆が同じ物を食べているのに「おいしくない」と言えるわけもなく。
「何でもないわ。ちょっと味がおかしいかもって思っただけで」
しかしここで慌てたのはアルノーだった。
「毒!?異物混入とかじゃないよね!?」
「「えっ!?」」
私とメルージェは驚いて目を瞠る。
「えっ、えっ!?でも食堂で出されるものは全部毒見された後のはずよね!?」
メルージェの言葉に、私もうんうんと頷く。
アレンが過保護のあまり、王女宮の食堂に毒見役を配置したのは随分前のことだった。
「なんともない……?舌の痺れや吐き気とか」
アルノーに尋ねられ、私はまたもや激しく頷いた。
「とにかく状況がわからないから医局塔へ連絡して、ソアリスは金庫番の控室で待機かな。風邪ひいただけかもしれないし」
「そうね、風邪なら味がわからなくなることがあるものね」
ヴォーレス公爵の件が片付いて、すっかり危機は去ったと思っていた。
私はメルージェとアルノーに付き添われ、護衛の待機場所へと向かう。
「ねぇ、これって風邪ならものすごく人騒がせなんじゃ……」
私事で申し訳ない、と呟くとメルージェがため息交じりに言った。
「仕方ないわよ、将軍の妻なんだから。むしろ風邪でも一大事よ?結婚式まであとちょっとなのに」
「ううっ、何事もないことを祈るわ」
そういえば朝からちょっとだるかったような。
仕事中は忘れていたけれど、今さらそんなことを思い出した。
金庫番の控室で待機していると、アルノーから連絡を受けたユンさんとレイファーさんが急いで駆けつけてくれた。
軍医さんを呼び出してしまっただけでも申し訳ないのに、今日はレイファーさんの部下が二人も一緒に来てくれている。
「あんた、私を呼び出すだなんていい度胸してるじゃないの」
「申し訳ございません……!」
小さくなっていると、レイファーさんが医師以外を部屋の外へ追い出す。
「で、見たところ顔色はよくないけれど元気そうじゃない」
「はい、味がおかしかっただけで毒ではないような。それにほかの人はいつも通りの味だったって言っていますし」
「本当に人騒がせな子ね。まぁいいわ。私たちも面倒な会議を抜けて来られたから許してあげる」
え、会議を抜けていいんでしょうか?
目を丸くしていると、部下の女医さん二人がくすくすと上品に笑いを漏らした。
「あぁ、こっちは部下のエリカとアイヴィーよ。本物の女」
「本物って」
「で、本題に入るけれど、あなた毒より先に疑うものがあるんじゃないの?私はまずそっちだと思ったんだけれど」
「そっち、とは?」
わりと元気な方なので、体調を崩すことはあまりないのに……。としばらく思考を巡らせる。
しかしレイファーさんはせっかちなので、私を待ってはくれなかった。
「子どもができた可能性は?」
「え……?子ども?」
「そう、子ども」
しまった。
さっきアルノーが「毒」って言ったから、そのインパクトに引きずられてまったく妊娠のことを想像していなかった!
「え?え?えええ???」
混乱して沈黙していると、レイファーさんが呆れながらも問診を始める。
「身体がだるかったり、夜寝つきが悪くていまいち熟睡できなかったり、食欲が減ったり……そんな違和感は?」
「全部あります」
あぁ、レイファーさんの目が怖い。
申し訳なさすぎる。
「まだそうと決まったわけじゃないけれど、多分つわりね。しばらく様子を見た方がいいわ。仕事は休みなさい」
「え、あの、でも」
「アレンがいないときにあんたが倒れでもしたら、国が亡びる前段階に一歩近づくのよ!」
「そんなバカな」
「とにかく!本当に子ができたか確定するまでは、寝室から一歩も出るんじゃないわよ!わかったわね!」
「は、はい……」
レイファーさんの勢いに圧倒されて、私は寝室から出ないことを約束させられた。
すぐにユンさんやメルージェが呼ばれ、各所への手配や根回しが行われることになる。
私は椅子に座っているだけで何も許されず、そのまま早退することになった。




