似た者夫婦
ついにお披露目パーティーの日がやってきた。
「奥様、とてもおきれいです」
「ありがとうございます、カミラさん」
純白のドレスを纏い、髪を結い上げた私は、控室にてアレンの迎えを待っている。
「本当であれば、お披露目は15歳で行うはずだったのよね」
結婚は子どもでもできるけれど、法的に同居できる年齢は15歳。
アレンが戦地へ行かなければ、私は15歳でお披露目パーティーを行い、それと同時にこの本邸へ移り住んでいたはずだった。
「今日という日が、お二人にとってよりよき人生の始まりでありますよう、お祈り申し上げます」
かしこまってそう告げるカミラさんに、私は笑顔で頷く。
「奥様、今宵のことはしっかり準備が整っております。パーティーの後は、すべて私共にお任せくださいませ!」
「パーティーの後?」
カミラさんの決意の表情に、私は少したじろぐ。
まさか、まさかお義父様からカミラさんに何も伝えられていない……?もしかして、今夜アレンの寝室にでも行けと……?
「あの、カミラさん?」
「奥様、大丈夫です。まずはパーティーを心置きなく楽しまれませ」
「いや、そうじゃなくてですね?勘違いといいますか、行き違いといいますか、お義父様が酔っ払って伝え忘れていることがございまして」
ーーコンコン。
どう説明したらいいのやら。困っていると、ノック音とメイドの声がした。
「アレンディオ様がご到着です」
「!?」
カミラさんが素早く動き、扉を開けに行く。少し振り返って「お任せを!」みたいに目配せされて、私は絶句した。
これはパーティーの後に説明が必要だ。
何も知らない夫は、私を見つけるとパッと顔を綻ばせた。
紺色の隊服を着たアレンは凛々しく堂々とした姿で、私は密かにどきりとする。
なんて素敵な人なのかしら。
もう半年ほど一緒にいるのに、まだまだ見慣れることはない。
彼は、優しく目を細めて言った。
「ソアリス、準備はできたか?」
「はい。このように」
椅子から立ち上がり、愛しい人の瞳を見つめる。
「どうでしょう?」
「俺にはもったいないほど、美しい妻だ」
アレンは私の隣に立ち、そっと腕を差し出す。私はそっと手を添え、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「いってらっしゃいませ」
「ありがとう。後はよろしく頼む」
ずっと案じてきたアレンの凛々しい姿にカミラさんは感極まった様子で、それでも必死に涙を堪えて頭を下げた。
廊下へ出ると、ジャックスさんとノーファさんが揃って待機していた。二人とも、今日はいつもと違う少し煌びやかな隊服を着ている。
「わぁ!奥様、お嬢さんみたいですね!あ、違うか。王女様?」
ジャックスさんが笑顔でそう言うと、ノーファさんが顔を顰めた。
「その物言い、何とかならないのか」
「あははは、別に大丈夫ですよね?奥様」
どんなときでもマイペースなジャックスさんに、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
私たちは彼らの先導で、披露目が行われるホールへと向かった。
この先には、百人以上の招待客がいるかと思うと息が詰まりそうになった。
「緊張してきました……」
ドキドキと胸が鳴る。
今日は、深呼吸できるくらいに軽くコルセットを締めてもらってよかった。
アレンはいつも通りの表情で、私と違って緊張などしていないみたい。
「ソアリスは、ただ俺の隣にいてくれればそれでいい。この日を二人で迎えられただけで、もう十分だ」
「ふふっ、あなたは私を甘やかすのが得意ですね」
「妻を守るのは夫の務めだ。自慢するのも俺の務めだ」
「それは……何ともお答えしにくいです」
歩きながら、目を合わせて微笑み合うと少しだけ緊張が和らいだ。
ホールまでの道のりは意外に短く、もうすぐそこに大きな扉が迫る。
すでに中ではダンスや歓談が始まっていて、ジェイデン様とローズ様、宰相様らも特別な席についていると聞く。
あの方々を差し置いて、最後に登場するなんて。まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったわ。
「ソアリス」
俯きがちに、何度も深呼吸をしていると、アレンの声が頭上からかかった。
もう入場するのかと思い顔を上げると、私がアレンの方を向くより先に、頬にチュッと軽くキスをされてしまう。
「!!」
驚いて隣を見ると、アレンが幸せそうに微笑んでいた。
「君を心から愛している。随分と待たせてしまったが、披露目が行えることが本当にうれしい」
「はっ、あっ、ええ、はい……私も、うれしいです」
消え入りそうな声しか出せなかったけれど、アレンは満足げに頷いた。
「さぁ、行こうか」
麗しい笑みを向けられ、またときめいてしまい顔が赤く染まる。
やっぱり私はとんでもない人と結婚してしまったんだ。
ゆっくりと扉が開き、拍手の渦が巻き起こる。今だけは全員がアレンと私に注目していて、ゴクリと息を飲んだ。
覚悟を決めて、アレンの腕に添えた手にきゅっと力を込める。
純白のドレスの裾がシャンデリアの光を浴びてキラキラと輝き、歩くと光が波打つように動きを見せ、思わず凝視するくらい美しかった。
さすがアルノーのお姉さんのデザインしたドレスだわ……!
会場にいるご婦人やご令嬢たちからも、感嘆の声が漏れ聞こえる。
ホールの中央までくると、そこにはお義父様やジェイデン様がいて、私たちを笑顔で迎えてくれた。
そのすぐ後ろでは、私のお母様が号泣して今にも倒れそうになっている。
ここまで泣かれると、感動するよりも困ってしまう。私が苦笑いをすると、アレンもまた困ったように笑った。
私たちが招待客の方を向き直ると、隣に立つお義父様が挨拶の言葉を口にした。
「さぁ、7年後れとはなりましたが、ようやく二人の披露目を行うことができました。皆様には、この先アレンディオとソアリスが仲睦まじく暮らしていく様をどうか見届けていただきたい」
盛大な拍手を受け、私たちは目を見合わせて微笑む。
こんな風に注目されるのは慣れなくて、照れてしまった。
「二人を巡り合わせてくれた、神に感謝を。さぁ、皆様。今宵は心ゆくまでお楽しみください」
勢いよくバイオリンの演奏が始まり、人々は一斉に動き出す。
私たちはジェイデン様と共に、ローズ様や宰相様、近隣の領地のご当主様らへの挨拶に向かった。
煌びやかな衣装を纏ったジェイデン様は、あっという間に招待客のご令嬢に囲まれ、ものすごい人気ぶりだった。ローズ様は宰相様がしっかりとガードしているので、ゼス・ポーター様や近衛騎士の方々としか言葉を交わしていない。
「ジェイデン様、今宵はどうかよろしくお願いいたします」
アレンは訳知り顔でそう言うと、ジェイデン様はかすかに右の眉を上げて笑った。
「貴殿がそのように夫人しか見ていないから、私は美しい花に囲まれて光栄だよ」
えーと、これは遠回しな皮肉でしょうかね?
二人の雰囲気は和やかなものだけれど、ジェイデン様の本心は「アレンがご令嬢方に見向きもしないので、自分が大変な目に遭いそうだ」ということだろう。
現状、王太子であるジェイデン様は、同盟国の姫君を婚約者に据えてはいるものの、第二妃以降は未定である。
国王陛下は先王の好色を反面教師にしているので妃はたった一人だけれど、ジェイデン様がどうなさるかは誰にもわからない。
もしかすると、国内外の情勢によってはもう一人妃を娶るか愛妾を作るかは誰にもわからないのだ。
ここでの出会いが縁に繋がるかも……と期待するご令嬢は多いはず。
アレンは私の腰に手を回し、めずらしく笑顔で答えた。
「披露目の席で、よもや妻以外の花を愛でようなどそんな男がいるわけないでしょう?」
ジェイデン様は呆れた目を向けるだけで、何も言わなかった。
そしてすぐそばにいたご令嬢の手を取り、ダンスに誘ってホールの中央へ進んでいく。
気づけばローズ様も緊張の面持ちで、ゼス様と手を取り合ってダンスを始めている。練習の成果なのか、本来のセンスなのか、私とアレンより立派に踊れているような……。
アレンも同じことを思ったらしく、気まずそうに囁いた。
「覚悟を決めて、一曲だけ踊ろうか」
切羽詰まったその声に、私は思わずふっと噴き出す。
私とアレンにはほとんど共通点なんてないのに、どうして踊れないところだけが似た者夫婦になってしまったのか。
隣を見上げると、愛おしげな目でこちらを見つめるアレンがいた。
「ソアリス嬢、どうかお付き合い願えますか?」
そっと差し出される大きな手。
私は微笑みながら、自分の手をそれに重ねる。
「こちらこそ、どうか不慣れをお許しください」
私たちが歩き出すと、周囲の人々がそっと場所を譲ってくれた。
緩やかなバイオリンの音色と、キラキラと光が降り注ぐようなシャンデリアの光。つい半年前には想像もできなかった、夢のような時間がここにはあった。
最初こそ緊張していたものの、次第に足運びも笑顔も自然なものに変わる。
前回のダンスとは違い、もう失敗してもそれはそれで仕方ないと割り切れるようになっていた。
アレンは私の変化に気づいたようで、ふいに声をかける。
「どうした?随分と楽しそうだが」
「ふふっ、うれしいのです」
「うれしい?」
繋いだ手にきゅっと力を込めると、アレンが不思議そうな顔をした。
「あなたがこうしてそばにいてくださって、うれしいのです。大丈夫だと言いましたが、本当はちょっと淋しかったみたいです。仕方のない妻ですね、私ったら」
将軍の妻として、しっかりしなくては。
そう思っていたけれど、やはりまだまだ私はひよっこだった。英雄を支える立派な妻になれるのは、おそらく何年もかかるだろう。
つい先日、アレンは私に汚いところを見せたくないと言っていたけれど、今はそれがよくわかる。
私だって、頼りないところとか情けないところとか、自分に自信がなくて折れてしまいそうなところは見せたくないと思ってしまう。
見栄を張っても仕方ないとわかっているのに、アレンには私のいいところだけを見て欲しいと思ってしまうのだ。
目を伏せて黙っていると、しばらく何も言わなかったアレンがため息交じりに言葉を発した。
「ソアリス」
「はい」
何を言われるのか、と身構える。
足元がおろそかになりそうで、私は視線を落としたままでいた。
「俺は君の気持ちが聞けてうれしい。一緒にいたいのは自分だけかと思っていた。俺がいなくても、ユンリエッタやニーナたちがいればそれで事足りるのではと」
「え?」
驚いて見上げると、アレンは幸せそうに目を細めていた。
蒼い瞳がとてもきれいで、いつまででも見ていたくなる心穏やかな色だと思った。
「ソアリスには、もっと心の内を見せてもらいたい。君のことなら、どんなたわいもないことでも知りたいと思っている」
「アレン」
「2日に1回くらいは淋しいと言ってもらいたい」
「それは多くないですか!?」
危うくドレスの裾を踏みそうになり、私は慌てて体勢を整える。
緩やかな音色はまるで耳に届かなくなり、必死でアレンの動きに合わせて足を運んだ。
そんな私に向かって、アレンは次々と要望を繰り出す。
「できれば眠る直前までソアリスの声を聞いていたいし、毎朝起こして欲しいし、執務中だろうが何だろうが会いに来て欲しい。それから、君が何を見て何を考えていたのか知りたいから手紙のやりとりも復活させたい」
「えええ……」
「君が新しい衣装を着るときは最初に見たい、君が好きなものは一緒に好きになりたい、初めて出かける場所には必ず付き添いたい。それから」
「まだあるんですか!?」
思わず上擦った声で尋ねると、アレンは楽しそうに笑った。
そして、曲の終わりとほぼ同時に耳元で囁く。
「婚約者期間は、もう終わりにしたい」
「!?」
ドキンと高く心臓が跳ねる。
ゆっくりと身体を離すと、アレンは何食わぬ顔で一歩離れて礼をした。
ダンスが終わったことに気づいた私は、慌てて同じように身を引いて礼を取る。
平静を装っているけれど、私は自分の心音がはっきりと聞こえるほど動揺していて、真っ赤になった顔を上げることができずにいた。
下を向いたまま、喉元にせり上がってくる謎の緊張感と高揚感で今にも倒れそう。
婚約者期間はもう終わりにしたいって、それはそういうことでどういうこと!?
私に決断を委ねられても……って、そうよね、アレンはずっと意思表示はしてくれているわけで、いつまでも意気地がなくてぐずぐずしているのは私だけであって――。
混乱して硬直していると、私の頭にゆらりと影が差した。
ちらりと見上げると、そこには困った顔で笑うアレンがいた。
「大丈夫、わかっているから。無理強いはしない」
「え」
いえ、あの。嫌がっているわけではないのですが……。
本来ならすぐにでも否定したいところだけれど、さすがにこの場で言えるわけもなく。
「戻ろう」
右手を取られ、私は反射的に背筋を正してアレンと共に歩き始めた。
ホールの端にいたルードさんたちと合流すると、私の異変に気付いた彼はじとりとした目でアレンを見た。
「アレン様、ダンスをしながら奥様に不埒なことをしたんじゃないでしょうね?」
「そんな技術はない」
「あ、そうですね」
私は二人のやりとりを聞き流し、ひたすらドキドキと鳴り続ける自分の心音と格闘していた。




