夫は妻をからかいたい
朝食後、アレンと一緒に庭を散歩をする予定だったけれど、昨夜の疲労が足腰に残っている私は予定を変更してマッサージを受けることに。
そして、1時間ほど経ってサロンへ下りて行くと、そこには近衛の隊服を着たルードさんがいた。
「奥様、おはようございます。本日もお美しい」
「おはようございます。到着早々、お褒めいただきありがとうございます」
どこの貴公子だと思うような麗しい笑顔は、王都から馬を駆ってきた人には見えない。
「ルードさん、到着は昼過ぎかと思っていました。こんなに朝早くに到着するなんて、一体どうなさったのです?」
席に着くアレンの目の前、テーブルの上には王家の紋章入りの書簡が何通もあった。
どう見ても、これを届けるために最短ルートの最速ペースでやってきたのだと予想がつく。
ルードさんは私の視線が書簡にあることに気づき、苦笑いで言った。
「近衛の隊服なら関所もすぐに抜けられるし馬を襲ってくるものはいないんで、単に早く着くために途中で着替えました。お察しの通り、今回は伝令の仕事が追加されましたので」
「早馬ってことですか?」
誰かから至急の連絡がある際には、騎士や使用人を馬で先方に遣わせることはよくある。
けれど、その役目をルードさんが担ったということは、よほどの機密事項があるに違いない。絶対に秘密に、安全にアレンに知らせたいという意向を感じた。
「簡単に説明すると、陛下が体調を崩されまして。それでお二人のお披露目には、ジェイデン王太子殿下とローズ様が急遽お祝いに駆け付けることになりました」
「はぃ!?」
思わず声を上げてしまう。
はしたない、と思って右手で口元覆うけれどもう遅かった。
「陛下のお加減は、それほど悪いのでしょうか?」
ドキドキしながらそう問えば、ルードさんは「いいえ」と言って明るく笑った。
「もともと若い頃から肝臓がお悪く、季節の変わり目や疲労が重なるとしばらく寝付くことはあったそうです。持病のようで、今回も大事を取って移動を避けただけです。もちろん、命に別状はございません」
「そうですか」
終戦後のあれこれで、疲労が溜まっていたのだろう。
どうかゆっくり休んでもらいたい。
名代としてジェイデン王太子殿下とローズ様が来られるのは、王家と将軍の仲がいいということを印象付けるだけでなく、二人に経験を積ませるためだとルードさんは補足した。
「午後には馬車が到着する予定ですので、急いでおもてなしの準備をお願いしました。すでに各所への手配は行っていて、使用人の皆さんにはご負担をかけますが、王家から慰労金もいただきましたのでそちらをアレン様のお父上に預けました」
「午後!?そんなに急にですか!?」
どうしよう!ゆっくり身体を休めている場合じゃなかった!
私は手で頬を挟むように添え、みっともなく狼狽えてしまう。
「えええ、どうしましょう!?ジェイデン王太子殿下はともかく、ローズ様は初めての遠出ですよね?馬車なんてそんなに乗ったこともないでしょうし、何か心身が休まるものをご用意しないと……。近衛に囲まれて馬車移動だなんて、気苦労で青くなっておられるかも」
あの儚げな姫様がつらい思いをしていないか、私はそれが気になった。
しかも、そんなに親しくもない王太子殿下と一緒でさぞ気を張っていることだろう。関係性は叔母と甥なんだけれど、王太子殿下の方が2歳上でそこがさらに負荷になるような。
外交慣れしている王太子殿下とは違い、初めての遠出はきっとお疲れになるはず。滋養にいいものを用意して、体力を回復してもらわなきゃ。
「甘いものがお好きみたいだし、料理長にお願いしてお菓子の種類を増やしてもらおうかしら。お花をたくさん用意して、癒されるお部屋に……!」
あれもこれもと頭を悩ませていると、ルードさんが不思議に呟いた。
「やはり奥様はそうですよね」
「え?」
ずっと見られていたらしく、パチッと視線がかち合った。
「いえ、王族が2人もいらっしゃることで、披露目の注目がそちらに移って自分が主役になりきれないと怒る気持ちがまったくないばかりか、ローズ様の疲労を心配するとは」
いや、注目は移ってもらって構いません。むしろその方がありがたいです。
「ソアリスは優しいからな。俺たちのように、人の心が欠落した愚者とは違う」
「アレン、お二人とも私にとっては優しいですよ?」
人の心が欠落した、なんて……。
ルードさんはあははと軽く笑い飛ばし、すぐに書簡を回収した。
「万事お任せください。奥様がおられるだけで、ローズ様はお心が穏やかになるはずですよ。では、私も各所への指示がありますのでこれで失礼いたします」
働き者の補佐官は、長距離移動の疲れも見せずに爽やかだ。
「俺も行く」
立ち上がったアレンを見て、ルードさんがきょとんとした顔になった。
「え?奥様とイチャイチャしていてよろしいんですよ?アレン様は休暇ですから」
ルードさんの言葉に、私は恥ずかしくなり沈黙した。
面と向かってイチャイチャしていいと言われても、どうにも答えにくい。
ただしアレンはその言葉をさらりと流し、扉の方へ向かう。
「今のところ休暇だと思える部分はあまりないな。親族の相手と宰相の相手、それにダンスレッスンまで詰め込まれて、休暇という言葉の意味を調べ直したくなっていたところだ」
「それは災難でしたね」
私も二人の後に続き、本館と東館を分ける扉の前までお見送りした。特務隊の方々が四人待機していて、これから警備の配置を見直すという。
アレンは振り返り、私の手を包み込むようにして握って言った。
「ソアリス、ダンスレッスンは中止になる。ジェイデン様たちの到着まで、部屋で休んでおいてくれ」
「わかりました」
これから王太子殿下らがやってくると言うのに、私にだけ休んでおけとは過保護が過ぎる。
「すまない、休暇なのにそばにいられなくて」
アレンが淋しそうに眉尻を下げるので、私はついふっと笑ってしまった。
「いつもよりは、長く一緒に過ごせていますよ」
「そうだろうか」
「はい」
ずっと皆が一緒にいるので、アレンと2人きりになれる時間はあまりないけれど、将軍という立場を思うとそこは諦めるしかない。
本音を言うともう少し時間が取れたらうれしいけれど、贅沢を言ってはいけないと思う。
「私なら大丈夫ですから」
「本当に?」
「ええ」
そう言って微笑むと、アレンも少しだけ笑ってくれた。
彼の背後には、上官を待つ騎士が控えていてあまり引き留めるわけにはいかない。私は彼と一歩距離を取り、東館へ送り出そうとした。
「ありがとう。では、また後で」
アレンの顔が近づき、キスをされる直前で私は慌てて手で遮る。
「「…………」」
皆さんがいる前ですからね!?
特務隊の人がアレンの豹変ぶりに驚愕しているので、これ以上衝撃を与えてはいけないと思う。
彼の口元を手で押さえ、私は気まずさに視線を逸らした。
「わかった、人前ではダメだったな」
「はい、どうかお聞き届けください」
スッと姿勢を戻し、諦めたように見えたアレン。
しかし私が気を抜いた瞬間、再び素早く顔を寄せられてチュッと軽いリップ音がする。
「っ!?」
驚いて茫然とする私を見て、アレンがクッと喉を鳴らして笑いを漏らした。
「簡単に人を信用してはいけない」
夫がそれを言いますか!?
あなたを信用しないで、誰を信用すると?
「約束したじゃないですか……!」
「妻を愛するのは信条だ。それに今は休暇中だと聞いている」
したり顔で私を見たアレンは、身を翻して颯爽と歩いて行った。
投稿ミスでアップできていませんでした…失礼いたしました!




