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09.排斥

 魔物が増えている。聞いたばかりのその影響は、どうやら街にも及んだようだった。

 トートドードからいただいてきた大量のドルツ鉱石と、ドワーフ特製の加工物。それから鉱石片を砕いて魔力で固めた魔鉱石を詰めに詰めて、大きな荷物を手に足を運んだトレッカの街。随分賑やかだなと思ったのだが、よくよく聞けば悲鳴だった。

 あまりやりたくはなかったのだが、魔法でこじ開けた空間に荷物を放り込む。フリィの魔力で創り出した空間は広過ぎて、たまに入れたものが紛失するのだ。よって、貴重品は残しておいた。

 バサバサと広がるローブを煩わしく思いながら騒ぎの中心へと駆けつける。フードは脱げてしまったけれど、緊急事態なので仕方がない。


「広場だな。前に吟遊詩人が歌ってたところだ」


 ひいひいと息を荒げるフリィとは反対に、ピーナは余裕の表情で魔力を辿った。

 足の長さばかりでなく肺活量まで違うなんてズルい。そういうところまで人になってこそ、完璧な変化と言えるのではないのか。フリィの体力がないだけだなんてそんな馬鹿な。

 現場に近づくにつれて破壊の跡が目立ってくる。壁が崩れ、中には倒壊した家もあった。

 街には魔物との戦いに慣れた冒険者がいるからと気楽に構えていたのだが、これはもしかして相当危険な事態なのかもしれないと速度を上げる。


「―、―、―、―!」


 ピーナの口から舌打ちの音が連続する。合間にいくつか入った言語を、フリィは正確に発することができない。

 骨ばった指先から雷撃が迸ると、細い道に潜んでいた魔物が倒れた。攻撃から逃れた魔物が近くにいた婦人を襲う。抱えられた子供の悲鳴を聞いて詠唱もそこそこに腕を振り下ろすと、炎は上手いこと魔物だけを焼いてくれたようだった。

 ピーナの活躍を見て歓声が上がる。フリィの魔法を見て悲鳴が連鎖する。

 いつものことだと気にせず通りを駆け抜けて辿り着いた先では、そうそうお目にかかれない大物が咆哮を上げていた。


「中型の有翼種だなんて厄介だわ……!」


 翼を持つ魔物は大抵の場合小型であることが多い。その大半は戦闘能力を持たず、木の実を啄むか、あるいは死肉をいただく者たちだ。

 それが人間ほどのサイズとなると話が変わる。ほとんどが肉食で狡猾。徒党を組んで人を襲い、時には子供を攫って保存食にすることもあるという。空を飛んでいるから剣や槍では分が悪く、種類によっては肌が硬いため矢も通さない。なんとも厄介な相手だった。

 そう、普通の人間にとっては。


「ピーナ、地上の敵をお願い!」

「了解!」


 邪魔なローブを脱ぎ捨てる。

 小さな手の中に集めるのは風の魔力だ。口笛、舌打ち、葉擦れ。それらを織り交ぜた精霊語の示す通りに魔力が組み上がる。

 渦巻く風は竜巻となり、完璧に制御された魔法は人々を傷つけず、建物を掠めることもなく翼持つ者たちを取り込み、天高くまで吹き上げた。

 その先で何が起こっているのかを肉眼で見ることはできない。握り締めた拳に従い、竜巻は上空で玉となった。内部のものを切り裂き押し潰す。圧縮された数々の魔物の肉は、フリィの体ほどとなり、フリィの拳より小さくなり、やがて石ころのようになって風に溶けた――のだと思う。組んだ魔法の通りであるならば。

 大きく息を吐いて魔力を霧散させる。ピーナはどうなったかと確認すれば、そちらも問題なく終わったようだった。地上の魔物はフリィにとって厄介だ。細かいところに入り込むから、破壊力の高い魔法は使いづらい。

 さて、脅威が去ったところで後片付けだ。今日も余分に持ってきた薬があるから少しは役に立つだろう。

 魔力空間に手を突っ込んで……見つからなくて黒い内部を覗き込む。荷物はどこへ行ったのだろう。これだから収納はやはり物理がいいのだ。


「これじゃないか?」


 我が物顔で人の空間に腕を突っ込んだピーナが、ひょいと荷物を取り出した。魔力の制御が上手いと、人の領域にまで干渉できるのだろうか。

 眉間に皺を寄せながら、荷物をピーナに持たせたままで薬を探す。整理が下手くそなので多少難航したが、目的のものは早めに見つけられた。フリィが薬を入れた場所を覚えていたらしいピーナが。欲を言えばもっと早く教えて欲しかった。


「あの、怪我をした人はこれを……」


 勢い込んで街人たちを振り返ったフリィは――あの憎き素材鑑定因縁男の睨みつけに迎えられて、露骨に嫌な顔をした。


「お前が魔物を街中に解き放ったんだろう、竜の魔女め!」


 今日も第一声は言いがかりだった。ここまで安定しているといっそ感心を覚える。

 そうだそうだ! と追従する声。フリィとしては、その声が案外少ないことが意外だった。

 声を上げたのはよく見る顔だったから、どうやらギルド職員が多いようだ。貴族の落とし胤だという因縁男に忖度しているのか、あるいはフリィと顔を合わせることが多いため鬱憤が溜まっているのか。度々ギルド長であるオッシュに叱られているから、その八つ当たりもあるのかもしれない。

 厳しい顔をして大きな背に庇ってくれたピーナには悪いが、フリィは平気だ。虚しさはあるが、怒りはない。今更ショックも受けない。魔女とはそういうもので、罵倒はこれが初めてではなかったから。

 ただ、手にした薬を託す人がいなくて困ってしまった。


「言いがかりもいい加減にしろ、マルコ!」

「はぁ? 平民ごときがオレにンな口きいていいと思ってんのかよ!」

「平民とか貴族とかじゃなく、人としての礼儀の話だ!」


 貴族の落とし胤だろうが、平民は平民だと思うのだが。

 因縁男の名がマルコだという、すこぶるどうでもいい情報をどうにか忘れることはできないかを考えながら、マルコと言い合うオッシュの名を呼んだ。こちらを向いたのを見て、薬瓶をゆるい弧で投げる。


「それ、怪我した人に分けてあげて。負ったばかりの外傷なら、大体なんでも効くと思うわ」

「すまん、嬢ちゃん……! すまん……ありがとう」


 泣きそうな顔をしないで欲しい。オッシュは何も悪くないではないか。

 せっかく大きな荷物を運んできたが、今日は取引どころではないだろう。脱ぎ捨てたローブを拾い、ぱたぱたと砂を払う。なんだか落ちない砂があると思ったら、フードの中に魔物の血が付着していた。これでは髪を隠せないが……まあ、構わないか。大立ち回りをして注目を集めた後なのだから、今更である。適当に羽織って、黒い髪を晒したまま踵を返した。

 フリィはただ歩いているだけなのだが、人々は青い顔をして道を空ける。魔物を前にしたときと同じように縮こまって、視線を逸らせば殺されるとでもいうようにこちらを凝視し続けた。敵から目を逸らさないのはいいことだ。目を瞑って息を潜めているよりは咄嗟の際に動きやすい。敵のつもりはないのだけれど。


「……なあ、フリィ」


 とりとめのない思考を断ち切るように、ピーナが低い声を発した。


「国を出ないか」

「出ない」


 答えは決まっているから、迷いもせずに即答する。


「あなただってこの国にいたい理由があるでしょ」

「俺のは些細な理由だからいいんだ。おまえを苦しめるなら、そんなことはどうでもいい」


 人を理由にした逃げは許されないらしい。きっぱりと言い切られて肩を竦めた。


「私の家はあそこしかないもの。……それに、これもあるしね」


 ちゃらりと左手首のブレスレットが鳴った。

 まるでフリィを諫めるようなタイミングだと苦笑する。魔力の込められた品であるから、ひょっとしたらそういう機能もついているのかもしれない。そんな高性能なものをフリィに与えるとは思えないので、恐らくはないだろうが。


「そんなもの」


 つられるようにそちらを見たピーナは、野生じみた顔で忌々しそうに顔を歪めた。

 その目が攻撃力を持っていたなら、日の光を鈍く弾く金属飾りはすでに粉々になっていただろう。


「おまえならすぐに壊せるじゃないか」

「……そう、なのかしら。…………そうかもしれないわね」


 言いながら指先を引っかけても、期待に沿えず、少しも壊せる気がしなくて自嘲する。

 この小さな体と同じで、心も未だ成長できていないみたいだ。魔力ばかりが大きくなって情けない。

 背を丸くするフリィの髪を、ピーナは大きな手でぐちゃぐちゃに混ぜた。不甲斐ないフリィに対する仕置きのつもりなら、随分優しい行いだ。この大ボリュームの巻き毛は、どうせ元々そこそこ乱れて見えるのである。

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