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06.変わり者ドワーフ

 トレッカは王都から一番離れたところにある大きめの街だが、それより遠くに位置する場所にも小さな集落は存在する。

 知人のドワーフ、トートドードという男が住むのは、その内ひとつの村近くの山奥だ。土と火の魔力が豊富で凶暴な魔物が多い。

 山の近くに転移すると「魔力バランスが崩れる」とトートドードが烈火の如く怒るので、山の麓までを転移して、そこからは。


「いつものところまでお願い。今日はでかいのもいるから、報酬は増やしとくわね」


 熊に似た魔物の夫婦の鼻先に、用意してきた魔石を寄せる。諸手を上げて二頭の魔物は魔石に食らいついた。サイズはフリィの拳ほど、強度は硬い岩ほどあるのに、丈夫な牙と顎はものともせずに噛み砕く。

 リラリーレインの代から世話になっている二頭である。襲いかかってきたところを返り討ちにしたら、強者には敬意を払うとばかりに言うことを聞くようになったのだ。無償でこき使う気にはなれず対価は常に渡していたから、今では運送屋といいお客さんという関係を確立している。

 ちなみに毛皮に隠れて見えないが、彼らの背には取っ手のような瘤があるから、見た目より安全性は高い。


「随分でかいな……フリィ、股関節外れないか。相乗りして俺の膝に乗った方がよくないか?」

「慣れてるから平気よ!」


 いかにもその短い足で、と言わんばかりに下半身に目を向けられて憤慨した。フリィの身長より高い背によじ登る背をそっと支える優しい手が憎らしい。普段はもう一頭の魔物が鼻先で押し上げてくれるのだ。

 屈辱に打ち震えながら出発する。ピーナの様子を見ると、鼻に皺を寄せたこちらとは違い、魔物の背に乗るという珍しい体験に鼻歌を歌いそうなほどの上機嫌ぶりだった。魔物が巨体を嫌がることもなければ、長い足が地面につくこともないようだ。

 ドワーフの住まいである洞窟までは四半刻くらいかかる。その半分を過ごしたところで、あまりに平和で欠伸をこぼした。


「いつもは何度か魔物に襲撃を受けるんだけど、今日は何も来ないのね」


 熊型のこの魔物は、辺りの魔物の中でもかなり強い方である。しかしそれでも、好戦的な者は隙をついて喧嘩を売ってくるものだ。今日はそれが一切ない。こんなに平和な道中は初めてだった。

 並走する魔物の上で、ピーナが器用に腕を組んで胸を張る。


「俺を誰だと思ってる」

「家の平和主義な魔物に追突される竜」

「……いや、やっぱりあいつおかしいだろ」


 頻繁に命のやりとりをするからこそ、危機には一際敏感なのだろう。気配に敏感なハンターたちは警戒して近寄らない。人の姿をして笑っていても、竜は圧倒的な存在ということだ。


「へー、便利ね」

「一家に一台必要だろ? 一生を共にしてくれていいんだぞ」

「プライドをしっかり持ちなさいよ」

「でもこの売り方が一番効くだろ」

「……」


 ノーコメントを貫いたのは図星を突かれたからではない。ピーナのプライドを守ってのことである。

 そうして無駄話に花を咲かせている間に、目的地に到着した。見送った魔物たちは、また帰りの時間になると戻ってきてくれるはずだ。

 自然にできた洞窟に、やたらと細工の凝った扉がつけられている。ノックもせずに扉を開くと、しばらくは細い通路が伸びていて、そこかしこに石や金属でつくった細工物が放置されていた。むき出しの岩肌と、無造作に転がる高価な品々。酷いアンバランスさだが、これがドワーフの美意識だった。

 突き当りにはもうひとつ扉がある。


「ヨう来た!」


 ドワーフはずんぐりむっくりとした体格の、人に似た形の種族だ。身長は大体100センタ前後。対して体重は重く、同じ身長の人間の三倍はあるだろう。皆一様に毛むくじゃらで、一見しても性別はわからない。

 生涯土の傍で過ごし、金属や石の加工を生活の基盤とし、そして土を食べて生きることから、人は彼らを土の精霊の一種だとしている。

 しかしドワーフ本人曰くは「そういう種族だ」とのことだった。自分たちはずば抜けて我が強い。だから我が薄くて生物だか自然現象だかわからない精霊と一緒にされたくはない。毛の隙間から見えるつぶらな目を吊り上げて主張された過去を思い出す。

 握り締めた槌を振り上げて歓迎する彼に、片手を上げて返す。

 トートドードはフリィの後ろから現れた大男を見て、驚いたように毛を逆立てた。


「オオ、珍シーな。今日はボッチじゃねーのか」

「誰がボッチよ」

「フリィに求婚中のピーナだ。よろしくな」

「ホホー! ついにオメー、ドワーフ卒業か!」

「だから、一人でいる人間を勝手にドワーフ扱いすんじゃないわよ!」

「トートドードだ、ヨロシクなァ」


 腕を振り上げて抗議しても、目の前のドワーフはイヒヒと笑うだけだった。

 ドワーフは基本的に群れをつくらない。一時的に家庭を持つことはあるが、子供がある程度育ったらそれぞれ独立するのが常だ。我の強さゆえに団体行動はすこぶる苦手らしい。

 実際なんの気なしに口にした言葉に対して、突然持論を振りかぶり烈火のごとく怒り出すことも何度かあったので、そういうものだと聞けば納得できる習性である。

 そうして一人になり、生涯孤独に身の回りの素材の加工を突き詰める者もいれば、あらゆる素材を加工しようと他種族との取引に目を向ける者もいる。

 トートドードは様々な素材に触れるべく、一番商才の高い人間種族の言葉を覚えた稀有なドワーフだった。

 とはいえ彼は人格の好き嫌いが激しいため、中々取引まで辿り着けない。数少ない取引先が緑の魔女で、フリィはその縁を継いだお陰で彼との関わりを継続できている。加工する素材そのもの、あるいは副素材を提供し、対価として希少な鉱石やドワーフが加工した質の高い品を受け取り、人間社会へと流していた。


「オメーら、人間同士上手くやれてンのか?」

「……まあまあ」

「見ての通り上手くはやれてる。ただ、悪いが人間じゃなくて竜だけどな」

「竜!」


 残像すら見える速度で、トートドードはは短くも逞しい両手を突き出した。


「鱗チョーダイ!」

「ドワーフって絶対第一声それだよな……」

「ナンでも作ってヤッから! お代もイラネーから!」


 寛容なピーナもさすがに引くほどの勢いだった。

 腰元に纏わりつかれて、根負けしたように溜息を吐く。腕を一振りすると、人の形が崩れて鋭い爪と硬い鱗を得た。すかさず稀なる素材に飛びつく毛玉を制しつつ鱗を剥がす。

 鱗は瞬く間に元の大きさを取り戻し、ピーナの頭ほどの大きさになった。暗い洞窟の中、炎を反射してぬらりと光る。

「これでフリィに似合うブレスレットを作ってくれ。出来栄え次第で……そうだな、そろそろ生え変わるから、抜けた牙やるよ」


「ddd--aiy! キョーエツシゴクニゴザイマッ!」

「なんて?」


 小躍りしながら鱗を受け取り、トートドードはフリィの手首を見た。


「ンだ。まだそのクソミテーな飾りつけてンのかオメー」

「……ほっといてよ」

「それ外したくなるくらいにいいやつ頼むな」

「アタボーヨ!」


 隠そうとした左腕をピーナに取られ、トートドードへと差し出される。

 手首のサイズを測られる間のフリィはまるで囚人か何かの気分だった。そんな気持ちを察したのか、トートドードは気楽に話しかけてくる。


「トモダチは相変ワらずイネーのか?」


 内容は全く好ましくなかったが。


「うっさいわよボッチが」


 種族的ひとりぼっちに友達云々を指摘されたくはない。当然いないだろうと決めつけて返したのだが、彼はあっさりと前提をひっくり返した。


「ワシはトモダチいるゾ」

「うっそでしょ」

「マー、十年くれー会ってネーけどな。rrhijjの加工温度で喧嘩ンなって」

「駄目じゃない」

「駄目じゃネーよ。次会うトキはお互い最高傑作ブツけ合うって決めテんだ。喧嘩シてでも自分を主張できる間柄でこそトモダチっつんダよ」


 まるでできた人のようなことを言う。

 納得いかない顔をするフリィと同様、フリィの背後ではピーナも複雑な顔をした。

 トレッカの街で見る限り、彼は人に対しての感情表現が薄い。フリィと二人のときにはもっと快活に笑うのに、街の人の前では妙に穏やかに笑う。フリィには気軽に言い返すのに、他人には鷹揚に笑って受け流す。

 フリィよりもずっと人に馴染んでいると思ったが、もしかしたらそれは上辺だけの話なのかもしれないなと思った。だとしたら、見た目よりずっと彼は不器用だ。

 顔を見合わせる二人に、トートドードは大人の顔で笑う。


「ハハーン、さてはオメーら、似たモン同士だな?」


 似てはいないだろう。ほんの数秒前の自分なら、間髪入れずにそう返した。フリィは人と上手く付き合えない人間で、ピーナは竜なのにフリィよりずっと人間に溶け込める竜だと思っていたから。

 ンン、と調子の外れた音で咳払いをすると、らしからぬ改まった様子でトートドードは毛を膨らませた。


「イーか、ワシは人間が嫌いだ。自分と同じモンでダケ集まって、違うモンを排除スるトコが特にな」


 それはまさしく一番よく見る人間たちの姿だった。

「妖精も嫌いだ。性格が悪いカラな。ドワーフも嫌いだ。ワシの加工にケチつけヤガるからな。エルフ。存在が許せネーほど嫌いだ。竜はワカンネ。初めて見た」

 ドワーフは好き嫌いが激しいから、あれもこれもと全方位を嫌うのは普通のことだ。例外にされたピーナが反応に困って眉尻を下げる。


「でもオメーは嫌いじゃネー。トモダチもそうだ。嫁や子もそうだ」

「え、あなた既婚者だったの」

「オウとも、貫禄あるダローガ!」


 既婚者の貫禄というものは全くわからないが、どうやら思っていたより人生経験が豊富らしい。フリィが彼に出会ってからはずっと一人だったから知らなかった。

 やや逸れた話を引き戻し、トートドードはしゃがれた声で二人に説いた。毛の隙間から見える目は、いつもの短気の欠片もうかがえない。ドワーフの寿命はおよそ三百年。彼は何歳なのだろうと、このとき初めて気になった。


「生物ってのは色ンな個体がいンだよ。色ンなヤツと話シテみろ。一纏めにシテっから、前が駄目だったカラ今回もって萎縮シちまうんだ。次の個体は気が合うカモしれネーだろ。何回でも挑戦しろ。先はマダマダ長ゲーんだ。特にオメーらはナ」


 リラリーレインはフリィを拾った当時、三百歳くらいだと言った。彼女のことだから大仰にサバを読んでいるかもしれないが、それにしたって百歳は違わないだろう。

 彼女より魔力の高いフリィは、この先何年を生きるのか。千歳を過ぎたピーナには全く老いが見られないけれど、竜の寿命はどれほどなのか。

 思い思いに戸惑いながら頷いて、フリィとピーナは視線を合わせて、逸らした。少なくともフリィにはトートドードの言葉に心当たりがあり過ぎる。方向性は違うかもしれないが、彼も恐らくそうなのだろう。自分の姿を見ているようで居た堪れなかった。

 最近の取引は、街といいここといい、どうもスッキリした気持ちで臨めない。あれこれモヤモヤ考えながら、袋の中から持ってきた素材の数々を取り出した。代わりにドルツ鉱石が欲しいと言えば、山と積まれた鉱石を指さされる。


「余ってっカラ好きなダケ持ってけ。鱗貰ったシな!」


 好きなだけと言われても、入る量には限りがある。お馴染みの軽量化がかかっているから重量を気にしないで済むのが幸運だった。

 しかし袋に入れるまでは腕が震えるほど重くて、自力の荷詰めを即座に断念する。こんなときのためのピーナだ。魔法を使うと偏屈ドワーフに怒られるので、その太い腕を遠慮なく奮って欲しい。

 ああでもないこうでもないとできるだけ多くを詰めようとする二人に向けて、大人びた毛玉は豪快に笑って言った。


「トモダチできたらイーにこい。そしたらイーコト教えてやるよ」


 いいこと、の内容は欠片も想像がつかなかった。

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