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03.魔女

 フリィの住む森から一番近い街はトレッカという。それなりに広いが、広さの割に閑散としている辺境の街だ。

 長い歴史を誇るドルイクル王国。王の城には強力な魔力媒体があり、王国の領地全てに加護を与えているという。ここはその加護がギリギリ届く範疇なので、出力が少々不安定な際には凶暴な魔物が侵入してきたりもする。そのため人が少なく、人々にも余裕がない。

 心に余裕がないから、人々はより魔女を疎む。露骨なまでに距離を取られることには慣れたし、陰口に痛む心もすでにない。


 しかし、今日はいつにも増して向けられる人の目が多いような――。

 視線を巡らせた先の厚い胸板に思い出す。今はフードに遮られて見えないが、この竜は相当な美丈夫だった。


「あなたの容姿、凄く目立つんだけど。もっと平凡な見た目になれないの?」


 小声で聞けば、深く腰を曲げて声を拾った男は肩を竦めた。

 曰く、変化の魔法は自由自在に姿を変えられる魔法ではないらしい。魔力の質や、生命力、魂などの総合で姿が決まるため、変化した先の種族の見た目は固定されているそうである。そう何度も使用する魔法ではないから知らなかった。


「つまり俺の人間の姿は、否応なしにイケメンってことだ。竜の俺はよくわからんが」


 見せつけるように無理な姿勢でフリィのフードの中を覗き込み、どことなく自慢げな顔をする。その精悍な顔を手で押し退けて、ツンと唇を尖らせた。


「竜の美醜なんか知らないわよ」

「おまえの竜の姿は、それはそれは麗しかったぞ!」

「……竜の美醜なんか知らないわよ」


 よく回る舌だ。打ち返される軽口に、周囲の視線も忘れて笑った。

 気持ちが軽くなったところでギルドが見えた。憎きあの男の顔を見てうっかり魔法をぶち込まないよう気を引き締めながらドアを開くと、喧騒が波を引くように消えていく。

 フリィはこの沈黙が苦手だった。近くに寄るなとはっきり明示された気分になる。


「あっ!」


 目的の人は探すまでもなかった。

 太い眉を下げて駆けてくるのは、ギルド長のオッシュだ。平民に多い茶髪と、同色の目。昔はあちこちを渡り歩いていた冒険者だったという、ピーナには負けるものの体格がいい壮年の男である。


 平民に茶髪が多い理由は、様々な血の混ざりからだと言われている。

 髪の色は魔力と深い関わりがあった。魔力量が多ければ多いほど髪の色は鮮やかになり、少なければくすんだ色になる。光が多ければ明るい色になり、闇が多ければ暗い色になる。光や闇の属性を含まなければ一定以上極端な明度にはならない。光と闇を除く、地、火、水の属性色が混ざり合うとおよそ茶色になり、そして、属性は親から子へ引き継がれることが多い。

 ゆえに血を選ばず婚姻が結ばれる平民には茶髪が多い。ちなみに高位貴族は光属性を好むためか明るい髪色が多く、己の属性を至高と考えるために家門により色が分かれがちだ。


 なお、フリィの髪が真っ黒なのは、光属性だけがやや負けて、彩度も明度も振り切った結果である。観測した限り、生物は皆、髪だったり体表だったりと違いはあるもののこの法則が適用されているようなのだが、しかしピーナの明るい灰色の髪は……ちょっとよくわからない。灰色というのはどういう色なのだろう。

 まあいい、今はオッシュの話だ。滑り込むように目前に到着した彼は、顔の前で両手を合わせて頭を下げた。


「嬢ちゃん、ほんっとに悪かった!」


 どこからか話は通っているらしい。初手で謝られては責める気も起きず、ひとまずギルドの奥へと通して貰う。

 小さな応接室の机には不足分の金が置かれていた。迷惑料としていくらか追加されているとのことである。


「納品してくれたものに不具合はねえよ。完全にアイツの言いがかりだ」

「……そ、よかったわ。一応色を揃えたものも持参したけど、交換はいらないのね」

「交換はいらんが、追加納品してくれるなら助かるな」


 生育にたっぷりの魔力と多種の魔物の糞を必要とするケスパの根は、何度も言うが希少な品だ。気性穏やかであれど街中で魔物を飼うことはそうそうないし、何より植物にやるほど魔力が余っている人はそういない。

 ついでに秘薬も納品して追加の金を受け取った。魔女とはいえ人であるから、食料や衣類、小物に家具など、それなりに快適に過ごすには金がかかる。肉や野菜だけ自力で調達していてもやっていけないのだ。疎まれていようと金を払えば品を売ってくれる人がいるのは幸いだった。


「じゃあ今回は不問にするとして……あの男、他の人にはやらかしてないの?」

「……」


 沈黙は肯定である。オッシュはこの街で唯一フリィに好意的な人間だから、辟易とした顔には素直に同情した。


「アイツは貴族の落とし胤でな……圧力ヤバくて強く言えねえんだ……」


 精度の高い鑑定魔法を使えるから実力的には十分だが、問題は客を選り好みするところで、一応ギルド職員に向けて致命的な我儘を言うことはないらしい。クビにしようにも親であるお貴族様から横やりが入る。あまり糾弾するとギルド長であれ飛ばされる可能性があり、後釜にまで手を入れられてはトレッカギルド存続の危機。今のところなあなあで誤魔化すしかないようだ。


「貴族に負けないのが同業者組合(ギルド)じゃないの」

「理想はそうだけどな。やっぱ国の力って強えよ。王都のギルドにかけ合ってはいるから、早めになんとか……できるといいよなあ。手間かけて悪いが、今後の納品は俺がいるときにして貰えるか?」

「いいわよ。魔法であなたの現在地を探っていいならね」

「よ、夜は止めといてくれよな。業務時間だけな」


 オッシュが時間外に何をしていようが興味がないので、そんな無駄なことをする気はない。

 個人の小さすぎる魔力を掴むのは難しいため、フリィの魔力を圧縮して固形化した玉を渡しておいた。知られたくないときには持ち歩かなければいいだろう。

 商談を終えて息を吐いたところで、オッシュは傍らの巨体に目を向けた。


「ところで驚いたぜ。ピーナと知り合いだったんだな」


 その言葉にはこちらこそ驚いた。ピーナはオッシュと面識があるのか。

 目線で問うと、ピーナはひとつ頷いた。


「フリィに会う前日くらいに街に来てたんだ。俺は冒険者だからな。そりゃあギルドには真っ先に顔を出す」

「冒険者……?」

「ピーナは他のギルドでも有名な腕利きの冒険者だぜ。魔法使い様じゃないのかって噂になるくらいだ」


 冒険者。冒険者ねえ。まあ、そういう風貌に見えなくもない。中々人間社会で色々とやっているようで、なるほど人に詳しいわけだ。

 胡乱なフリィの視線を無視して、ピーナはゆったりと笑いながら爆弾を落とした。


「先日フリィに出会って、一目で惚れてな。今は求愛してるところだ」

「ほー!」


 突然オッシュのテンションがぶち上がる。四十代とは思えないキラキラとした目をして小刻みに瞬きをした。端的に言って腹が立つ表情だ。


「嬢ちゃんは二十五か六だったか? ピーナが三十前後なら年齢もいいな! 見た目は……ちっとアレだが」

「喧嘩売ってんの」

「そんな怖いことするわけねえだろ」


 実際は年齢の方が物凄く離れているので、見た目以上によくはない。ちらりと隣を見ればあからさまに逸らされた。

 こちらも掘り下げたい話題ではないから、大きく咳払いをして席を立つ。


「鉱石類はちょっと時間かかるけど、マンドリガの根茎は明日持ってくるから」

「おう、頼んだぜ!」


 ドアを開きギルドの主要部に足を踏み入れた、その瞬間。

 横から衝撃を受けてフリィの体は少し浮いた。すぐに反対隣から太い腕が伸びて、掬うように支えられ事なきを得る。


「どうした?」


 巨体に隠れて見えないが、ピーナの後ろではオッシュが首を傾げているようだった。

 何が起こったのかと衝突面を見れば、フリィにぶつかったのであろう女性が床に倒れていた。服装からしてギルド職員らしいが、新人だろうか、初めて見る顔である。

 頭を押さえて蹲っているということは、どこかを強く打ったのかもしれない。


「ちょっと、だいじょ」

「ひっ……」


 慌てて差し伸べた手が引き攣れた悲鳴で止まる。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 殺さないで!」


 細い肩は震えていた。両手で頭を覆っているのは、打ちつけた痛みゆえではないことに気づいた。

 手を引き戻して俯くと、フリィは言葉に迷った挙句、小さな声で吐き出した。


「……今後は気をつけなさいよね」


 背後では怯える彼女を諫めるギルド長の声が聞こえたが、耳を傾けることなく早足に外に出た。

 外に出ても煩わしい視線は消えない。一斉に向けられる好奇や恐怖、嫌悪の目。フリィは盛大に顔を顰め、鼻に皺を寄せながら深くフードを下ろした。

 ピーナは何か言いたげな様子をしながらも黙ってついてくる。本当に空気の読める竜だと感心した。今は同情も慰めも欲しくない。


 無言で歩く道中。通りかかった広場には人が集まっていた。聞こえてくる歌に、吟遊詩人が来ているのだと知る。

 よく知る歌だ。この国で最も奏でられている昔話。悪しき竜を倒した英雄王の歌である。

 遥か昔、暴虐非道の竜が暴れていた。一人の英雄が竜に挑み、長い戦いの後、最後は空飛ぶ竜の背に飛び乗って聖なる剣を突き立てる。人々を苦しめた竜は討たれ、英雄は彼らの王となり、抉り出された竜の眼の魔力を用いて国を守る術をつくった。

 こんな街には不似合いなほどよく通る美しい声だった。計算し尽された旋律に、誰かの酒焼けた声がかぶさる。もっと楽しい歌を歌えと囃し立てども、音は野次に止まることはなかった。


 ――ピーナはよりにもよって、なぜ竜を悪党にするこの国に滞在しようと思ったのだろう。他国の竜の扱いなどは知らないが、どこかにもっとマシな扱いをしている国があったのではないだろうか。

 気を悪くしていないかと振り返る。彼はいっそ無邪気と言ってもいい顔をして歌を反芻してるようで、杞憂だったかと気が抜けた。


「……景気のよくない街で歌っても、実入りなんてあるのかしら」

「あれ、王家が権威アピールのために雇ってるらしいぞ」

「地道な努力。もっと他にやることがあるでしょうに」


 肩を竦めて笑う彼は、やはりフリィよりずっと人間の情勢に詳しいらしかった。

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