26.自由と宣言
「さて、そろそろ止めるか」
激化する闘争に向けて、ピーナが腕を差し出した。
指の先から糸が伸び、未だ健在の兵士たちを片っ端から縛って転がしていく。穏便に捕らえられた大部分の兵士はホッとした顔をしていたから、またもピーナは救世主となったようである。どうせ転がされるなら、誰だって拳や剣を受けたくはないだろう。
そう時間を置かず、広場が大きな芋虫に埋め尽くされた。隊長の男は最後までうるさかったので、顔まで糸で巻かれて繭のようになっている。ちゃんと呼吸はできていると信じたいが、万が一のことを考えて、顔と思わしき部分に小さな穴を開けておいた。優しいなと声をかけられるのが解せない。
芋虫たちを縁に寄せ、怪我人の手当てをする。力を合わせた後だからか団結力が増しているようで、いつもより皆陽気だった。誰かが酒を持ってきて回していく。声を合わせて英雄王を称える歌を歌う酔っ払いたちは、器用にも暴虐非道の竜を善き竜に改竄していた。当然歌詞が揃わないのでバラバラだが、楽しそうなのでいいのだろう。
「フリィさん、ピーナさん、お疲れさまでした。お二人とも格好良かったです!」
「ユメル。ありがとうね」
「何がですか?」
「色々よ」
本当になんのことかわかっていない顔が愛おしい。
色々だ。真っ先に介入してくれたのも、こうしていつも通りに話しかけてくれたのも。
彼女を皮切りに、他の人たちも声をかけてきた。悪かったな、ありがとなと飛んでくる声たちの温度は様々だった。神妙だったり、空気のように軽かったり、不承不承という雰囲気だったり。いずれにしても許容の声だ。
例え嫌々であってもわざわざ感謝を伝えてくれることが嬉しい。少なくとも、出て行け、消えろとは誰にも言われなかった。今はそれで十分だ。
ピーナと二人、ひとつひとつに感謝を返して、差し入れられる飲食物を受け取る。同じ鍋の飯を食った仲、という言葉があるが、一緒にものを食べるだけでも有効らしい。増々人が集まって揉みくちゃにされた。たくさんの人に埋もれてあっぷあっぷしていると、腕いっぱいの荷物を異空間に収納したピーナに持ち上げられる。
「お前らできてんのか!」
「ヨッ、最強カップル!」
「そうそう。俺の魔女だから、おまえたちは手を出すなよ」
ワッと歓声が上がった。酔っ払いを中心に囃し立てられて顔が赤らむ。
人の中で、まるで普通の人みたいに過ごせている。夢のようでふわふわとしてきた。頭を冷やそうと冷たい飲み物を含んでも、一度上がってしまった熱は中々冷めてくれない。
「そういえば、ザイードはいないのか」
「あの竜みたいな魔物を警戒してた街はここだけじゃないんですよ。私たちは別の街にいて、こっちに現れたと聞いて急いで来たんですけど……ザイードは身軽な私と違って騎士なので、処理に追われてるんだと思います。今は収束の報告も届いているはずですし忙しいんでしょうね。いやあ、残念ですねえ、お二人の雄姿を見られなくて!」
「後でうるさそうだ」
「いっぱい自慢しちゃお。竜の姿見せるの、ちょっと焦らしてやってくださいね」
フリィが怖くない、竜も怖くない、ザイードには積極的に喧嘩を売るって、ユメルは本当に怖がりなのだろうか。
さておき、どんちゃん騒ぎは夕方まで続いた。
宴もたけなわ。兵士は酔っ払いたちに片っ端から酒を飲まされて解放され、皆で肩を組んでいる。なぜ騒いでいたかも忘れているに違いない。
ちなみに隊長の男は下戸だったらしく、一杯飲まされて潰れてしまった。一人転がされた姿があまりに惨めだったので、ローブをそっとかぶせておいた。フードで顔まで覆ったから、なんだか遺体のようにも見える。ごめんなさい、悪気はなかった。
「なんだこの騒ぎは。皆静まれ、控えよ!」
騒ぎに幕を引いたのは、よく響く低い男の声だった。力に満ちた声は、どこかで聞き覚えがあるように思う。
目を向ければ、いやに格調高い男が騎士に囲まれて立っていた。見目のいい鎧に鍛え上げられた身を包む姿は、それだけで威厳というものを伝えてくる。姿勢がよく、自信に満ちている。だというのにその表情はどこか浮かない。
正気度の高い者から徐々に口を閉ざし、地面に腰を下ろした。とはいえ跪いたのではなく、これから始まる観劇を待つような体勢だ。赤ら顔の酔っ払いたちも、酒瓶を抱えて座り込む。
騎士に囲まれている、一際位の高そうな男。ああ、そうか。声だけでなく顔にもどこか既視感があると思えばザイードだ。彼がザイードの父親である王国騎士団長なのだろう。となると、整列する騎士たちは王国騎士なのか。
この早さでの到着は恐らく転移陣を使ったに違いないが、では王国騎士団が討伐後に出向く意味とは?
「……皆、そのままあるように」
困ったような顔をするところを見るに、民衆の態度に思うところはあったらしいが、咎めはなかった。
一歩下がり、騎士の輪に加わる。騎士が並ぶ中心に、一本の道ができていた。
嫌な予感に眉を寄せ、新しく手にした飲み物を一口飲んだ。先程まで口にしていたものより刺激が強くて気合が入る。
時間をかけて現れたのは、忌々しくも血の繋がりのある侯爵と……誰だろう、冴えない男だった。
常に困ったように眉が下がっていて頼りがいがない。豪勢な服を見るに偉い人なのだろうが、態度だけなら侯爵の方が偉そうだし、騎士団長の方が圧倒的に威厳がある。
首を傾げていると、侯爵の口から正解がもたらされた。
「王の前だぞ、頭を下げよ!」
王様。日和見な男と称されていた、あの。
酔っ払いがやんやと囃し立てるのを、騎士たちがやりにくそうに諫めていた。侯爵は怒鳴っているが、王はオロオロとしている。なるほど。
「竜の魔女モンシーよ、前に出ろ」
侯爵が偉そうな口調で偉そうに言うから、凄く従いたくなかった。しかし騎士団長の視線を受けて渋々前に出る。友人の父親を困らせるのはよくないと思うのだ。
のろのろと歩み出るフリィに、ピーナも一緒についてきてくれた。なんだかふらつく。魔力を使い過ぎたのだろうか。まだ残量はたっぷりとあるはずなのに。
ピーナに支えられながら王の前に立ったときには、手にした飲み物はこぼれて半分以下にまで減っていた。
「お、おぬしが竜の魔女か。うむ、大義であった」
「はあ、どうも」
ざわりと騎士たちが揺れた。
無礼だと言いたいようだが、だって、この魔女を怖がる普通のおじさんに、一体どう敬意を払えというのだ。平伏してありがたがるのはいささか難しい。
案の定、彼自身は叱責すらしなかった。フリィがとてもとても怖いのだろう。猛獣を前にしたかのように視線を逸らし、いかにも今すぐ帰りたいというように浮足立っている。
「ほ、褒美の用意がある!」
「褒美?」
魔女と呼ばれた女性の復権だろうかと期待した。
言ってみるものだと続きを待って――。
「国に貢献した特例として、守護者の地位を授けよう。人外の魔力、そして長い時を国のために捧げるがよいぞ!」
「馬鹿じゃないの」
無駄な期待をしてしまった。手にしたコップの残りを呷り、ピーナに容器を押しつける。
「あ、これ酒か」
支えから身を離し、ふらりと王に近づく。騎士たちが気色ばみ、剣の柄へと手をかける。
視界の端に、息を荒げたザイードと、身形のいい男が映った。ザイードがあちゃーと言うように額を押さえ、慌てた様子の身形のいい男を止める。
「守護者になってください、でしょうが」
「え……え?」
「なんで上から目線なの? 散々魔女を馬鹿にしておいて、手のひら返したらありがたがるって本気で思ってるの?」
「いや、しかし、こ、侯爵が」
「そっちの馬鹿が何よ」
「王が称えれば魔女も喜ぶと」
「喜ぶわけないでしょ。元凶の子孫に偉そうに命令されて」
「いや、ワシは実際偉い……」
フリィの笑っていない目を見て、王はぶるりと大きく震えた。
侯爵の背に走り、盾にするように押し出す。ぎょっとした顔をした侯爵は、フリィと目が合うと、勝ち誇ったように懐から魔石をひとつ取り出した。
「いいのかモンシー、そんな生意気な口をきいて! 一生外れぬ貴様の手枷には、貴様を痛めつける魔法が込められている。私がこれに魔力を込めれば」
「見ててね」
フリィはにっこりと笑って左腕を見せた。
溢れる魔力がバチバチと音を立てる。閃光が走り、魔力は見る間に膨れ上がった。黒い巻き毛はピーナと出会ったあの日と違い、小物屋の女主人から貰った髪紐で結われている。
体が創り変えられていく。騎士たちが王を抱えて場所を空ける。自主的に下がる人が見えた。やんやと手を叩く酔っ払いは、ピーナが魔法で浮かせて退かせた。
変化をするとき、身に着けたものは人の体と共にどこかへ収納されている。しかし今回、フリィはひとつだけ収納物から除外した。
細い腕は太くなり、手枷と言われた飾りは肉の膨張に耐え切れずに弾け飛んだ。あっさりと千切れた最終兵器に、侯爵があんぐりと口を開く。快感だった。あの男を愕然とさせられたのは。
「私は自由よ! 二度とモンシーなんて呼ばないでよね!」
竜となったフリィは天に吠えた。勝利の雄叫びとばかりに全力でgigbeeと声を出せば、魔力が吐き出されてブレスに変わる。
真っ直ぐに上がる闇の柱に、侯爵も王も悲鳴を上げて逃げ出した。騎士団長が重い溜息を吐き、深々と頭を下げた。
ザイードが手を振っている。手を振り返した先で、ザイードが連れた男が引き攣った笑みを見せていた。
明日で本編完結です。




