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23.不穏

 関係性が形を変えても、二人の日常にさして大きな変化はない。

 そもそも、元々ボーダーが曖昧ではあったのだ。兄妹が軽くとはいえ口と口で接触をするかという話。今はそれが深まるときもあるというくらいなもので……まあ、照れたり、先に進みそうで少し逃げたりはしているが、おおむねはそのままである。


「マジか、ついに口説き落としたのか。よかったなあお前ら。幸せになれよな!」


 早速効率のよい牽制とばかりに、ピーナは恋人となったことを真っ先にオッシュに報告した。

 オッシュは思った以上に喜びはしゃいだ。ギルド中に広がるのは勿論、まるで娘の結婚を自慢するように、取引先にまで話して回ったらしい。言いふらされて困るものではないからそれ自体は構わないが、計算通りと黒く笑うピーナには呆れてしまった。

 気が早い友人二人はお祝いにと色々くれながら、真っ先に報告しなかったことを怒られた。ギルド職員や冒険者、街の人は、たまに祝福の言葉をくれた。

 ……誰かと誰かが恋人になったというのは、知らない人がおめでというと言うほど大きなことだろうか?

 首を傾げていたフリィの頭を撫でながらオッシュは言った。


お前(まじょ)のことが怖くても、お前(フリィ)に世話になってることはわかってるってヤツは結構いたんだ。そういうヤツらが口実を得て話しかけてきてんだよ」


 フリィの行いの積み重ねを認めてくれているということだとしたら、とても嬉しい。

 ピーナに目を向けると、以前のように寂しそうな顔を見せることもなく、よかったなと快活に笑ってくれた。順位をつけるべきではないのだろうけれど、フリィはこれが何より嬉しく思えた。自分の存在が彼に安寧を与えるなら、女を見せた甲斐がある。

 魔女に悪意や怯えを見せる者はまだまだいたが、数を減らした視線を今更気にするはずがない。

 生まれてきてから、今が一番平和な時間だった。害意の針の筵を歩かず、愛する者の傍で笑える。左腕の重たい飾りが、ただの邪魔な金具に思えてきた。ほんの少しだけ残る過去への執着も、いずれは灰になるだろう。そうしたら、トートドードに会いに行こう。なんの憂いもなく、目の前でこの頸木を砕いてやるのだ。ピーナにそう言うと大賛成された。あのドワーフは転げ回って喜ぶに違いないと。


 ――平和の終わりは唐突に訪れた。リラリーレインの終幕と違い、前兆を連れてくることなく。


「モンシー」


 その呼び声に振り返るまで数秒かかった。認識できなかったのだ。忌々しいその名前を、自分の名前だと。


「その小さな姿、本当に育っておらんのだな。まったく気味が悪い。こんなものと血の繋がりがあるなどゾッとする」


 ギルドの扉を潜り、眉を顰めながら偉そうに顎を上向かせるのは、身なりのいい男だった。暗い青の髪色は、男の印象が悪過ぎるせいで、濁り切った水のように見える。

 目の色は髪より鮮やかな青色。フリィと同じ色だった。

 直前までハルタと談笑していた自分の顔から表情が消えたのがわかる。ずっと火の灯っていた胸に、ひんやりとした風が吹き荒れた。瞳が温かみを失う。色と同じく、目の前の男と温度を合わせるように。


「父様……」

「父と呼ぶな、汚らわしい魔女よ」


 化け物娘(モンシー)。フリィがフリィになる前の、二度と聞きたくなかった本名である。

 左腕がずっしりと重みを増したように思えた。ぎゅうと握り込んで――ふと指先に触れた艶めくブレスレットに、狭窄しかけた自分を取り戻す。

 顔を険しくしたピーナが前に立つのを、感謝しながら押し退けた。オッシュや、顔見知りになった冒険者、職員たちが身構えるのを心強く思う。

 揺らいでいた視線を真っ直ぐに向けて、フリィは己の認識を改めた。

 この偉そうな男はこんなに弱そうだったか。伸び切らない背筋が男を小さく見せている。老年の域に達しているのだ。昔はこの男に怒鳴られるたび震えていたのに、なんだ、自在に魔法を操る最強の魔女たるフリィが恐れるところなど、何もないじゃないか。


「何か御用ですか。侯爵家の方が、わざわざこのような国の端にまでお越しになって」


 とはいえ心にできた傷がすぐさま癒えるわけではない。

 予想よりはしっかりした声が出たものの、言葉尻は少し震えてしまった。強がっているのが丸わかりで、男は案の定フリィの虚勢を鼻で笑う。


「来たくて来たわけではないが、国王より命令を受けては致し方ない。読め」


 無造作に円筒状のものを投げられた。

 フリィがキャッチする前に、ピーナが掴み取って罠を確認する。矯めつ眇めつしてからようやく蓋を開け、中から紙を取り出した。父親が何か文句を言っているが、当然ながらピーナが耳を貸すはずもない。

 さすがに書簡の中身を先に見ることはせず、呪いの類がかかっていないことだけ確かめて、フリィの手へと渡される。


「……」


 内容を読んで顔を歪めた。


「……なぜ私が」

「貴族の家に生まれた義務を果たせ。ただでさえ出来損ないなのだからな」

「私は捨てられた者ですから、とうの昔に平民です。これが貴族の義務というならあなた方でどうぞ」

「貴様には力があるだろう」

「力があるから捨てたのに、力があるからと義務を押しつける。頭がおかしいんじゃないかしら」


 手を伸ばすピーナに手紙を渡す。さりげなくオッシュが首を伸ばした。

 怒気を露わにしたのは同時だった。さもあらん。フリィの中では呆れが買ったが、そうでなければ怒髪が天を衝くだろう。

 それは国からの勅令だった。

 神殿の地下で弔われていた魔物の遺体が動き出し、逃走した。現在は王国の加護の境界を荒らして移動している。強大な魔物であるから人の手には負えない。竜の魔女はただちにこの魔物を討伐せよ。

 要約すればそんな感じだ。なぜ魔女(フリィ)がと言うしかない。

 ザイードの話の裏は取れている。リラリーレインは、魔女という存在が生み出された時代に生きた人だった。彼女は暴虐が始まった初期に捨てられた夫人だった。彼女の手記には、彼女の生が散りばめられていた。

 魔女を生み、魔法を衰退させた国は、三百年という時を経てもなお、過ちを正そうとしていない。その上で被害者を頼るなど、これまで一体何をしてきたのか。


「王族の尻拭いを被害者にさせるなんてどうかしてるわ。それを魔女に任せるのであれば、せめて地位の向上くらいは約束するべきじゃないの」

「何を偉そうに。平民が気安い言葉を喋るな!」

「敬語使えって? 敬われるようなことをしてから言ってよね」


 吐き捨てながら考える。

 国の命令だからと聞く必要はない。この男の憎たらしい顔を見て、はっきりと決心がついた。フリィはこの手枷を今すぐにでも魔力(ちから)任せに引き千切ることができる。唯一残された繋がりを断ち切れば、実家は関係なくなるし、フリィは完全に自由になる。

 しかし、逃走した魔物の力はどんなものだろう。加護の境界を荒らしているということは、トレッカの街も危ないということだ。

 国のために動くのは癪に障るが、フリィを受け入れてくれた人が住む街に危害が出るなら話は別である。

 どうせ国は魔女が強大な魔物を倒したなどとは公表しない……いや、公表はするかもしれないが、いいようには言わないだろう。精々強大な魔物を倒せるほど恐ろしい魔女だという話が生まれるだけだ。

 方針を決めて、フリィはさっさと踵を返した。依頼は受けない。己を軽視する王の命令を聞く義理はないからだ。とはいえ加護の境界を移動しているのであれば、いずれこの街の近くにも出没する可能性があるから、そうなったならばどうにかしよう。他の地域の人には悪いが、フリィはそこまで善人にはなれないのである。


「おい、待て! ――なんのために竜の魔女(きさま)が生かされたと思っている!」

「俺に会うためだ」


 背中にかかる怒声に、知ったことかと言い返そうとした。けれど一言目を口にするよりも、振り返るよりも早く、地を這う声が男を打擲する。


「生かされたんじゃない、フリィが必死に、俺に会うために生きてくれたんだ。間違ってもおまえたちのためではない」

「ふ、フリィ? なんだそれは。この化け物の名はモンシーと」

「フリィだよ。矮小な化け物だから、言葉がわからないかもしれないけどな」


 高い位置から見下ろされて、みっともないほど男はうろたえていた。空気に飲まれた護衛の兵士は手を出せずにオロオロとしていて、同じ貴族でもザイードとは大違いだと思う。

 行こうと背を押されてギルドを出る。オッシュたちがこっそりと手を振っていたから、こちらもローブの陰で振り返した。


「……ごめん、フリィ」

「何が?」


 しばらく歩いていると、ピーナが後ろめたそうな顔をして謝罪をこぼした。


「おまえの生きてきた理由、勝手に捏造した」


 真面目に謝るから何事かと思えば。いやに殊勝な様子がおかしくて、思わず声を上げて笑ってしまう。

 フリィにとって、生きてきたことに理由なんてない。目標なんて立てたことはないのだ。あえて言うなら、自分が死ぬことで喜ぶ誰かを思うと悔しいからと生きていた。あるいは死ななかったから生きていたという消極的な理由でも正解である。

 それに比べたら、勝手に捏造したというピーナの話はなんてロマンチックなんだろう。

 ピーナが拗ねるくらいまでひとしきり大笑いして、フリィは笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。


「捏造なんて酷いこと言うわね。私、あなたに会うために生まれて、生きてきたのよ」

「本気にするぞ。竜はロマンチストなんだ」

「そうなの?」

「俺しかいないんだから俺が種族代表でいいだろ」

「……随分開き直るのね」

「もう一人じゃないからな。そうだろ?」


 街中だというのに唇を合わせられて、さすがに怒って両手を振り上げた。拍子でフードが外れたが、あからさまな嫌悪の目を向ける者はほとんどいない。

 人々は恋人たちのじゃれ合いを呆れた顔で見守って、その平和さにほのぼのと笑っていた。

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