20.一歩を踏み出す
「いや、慣れない使節だったが、無事に果たせてよかった。フリィ、オマエも災難だったな!」
「ええ、ありがとう。おかげで助かったわ。……妖精が危うく大量虐殺に走るところだったから」
「そうか。ギルド長、災難だったな!」
「今頃震えがきたわ。聞きたくなかった」
喚くマルコと消沈する商人を、オッシュの指示を受けたギルド職員が裏へと運んでいく。
肩を落として狼狽する職員たちはマルコを支持していた者だろう。冷たい同僚の視線を受けて視線を逸らす様子からは、今後も仕事を続けられそうには見えない。
フリィが目をやっているのに気づいたオッシュが頭を掻いた。重い溜息を吐きながら、彼らの今後を口にする。
「まあ、まず間違いなく解雇だな。嬢ちゃんのことだけじゃなく、あいつらは仕事に私情を絡め過ぎた。他の罰については、他の職員たちと話し合って決めるよ」
背中を丸めるオッシュは出会ったときよりずっと老けた。それは実際の加齢だけではなく、心労が祟っているのだろう。
高い位置にある目元のくすみをちょいと撫でて、フリィはお疲れ様と笑った。
「今日はよく寝られるかしら」
「だといいなあ。……ギルドの運営を優先して、嬢ちゃんを庇い切れなくて悪かった。ずっと我慢をしてくれて、ありがとうな」
「あなたはよくしてくれたでしょ」
「もっとよくしてやりたかったよ。俺は……友達っつったら年齢的におこがましいだろうが、あんたのことは仲間だと思ってんだ」
「友達でもいいんじゃないのか。友情に垣根はないだろう」
そうかなと悩みだしたオッシュに皆が笑った。
確かに見た目は犯罪めいているが、まあこの髪を見れば誰もがフリィの実年齢は察するだろう。十四歳で止まった外見は魔力の高さゆえ。黒髪の魔女、竜の魔女はこの世にたった一人である。随分な騒ぎになったようだから、およその人はすぐに気づく。
自分の思考に、ふと笑みを深めた。どうしたと尋ねるピーナに、なんでもないと首を振る。
不思議なこともあるものだ。忌々しいとしか思わなかった黒髪を、まるでただのシンボルのように考えるなんて。
「あ、あの、フリィ、さん」
後ろから声をかけられて笑顔のままで振り返る。気弱なギルド職員の女性が、未だ怯えながら立っていた。
そういえば彼女にもお礼を言い忘れていた。庇ってくれてありがとうと告げようとした矢先。
「ぶつかってしまってごめんなさい! ふ、フリィさんは何もしてないのに、勝手に怯えて、本当にごめんなさい!」
女性はギルド中に響き渡る大声で叫び、深々と頭を下げた。
意表を突かれて目を丸くするフリィの前に立ち、ピーナが眉を吊り上げる。
「あのな、その言い方が」
「それから!」
ガバリと髪を振り乱して頭を上げて、半分ほどピーナの陰に隠れてしまったフリィを、彼女は真っ直ぐに見つめた。
「せ、先日は、助けてくれて、ありがとうございました!」
……子供の成長を見たようだ、と言ったら彼女は気分を害するだろうか。生来気が弱いのだろう、怯えるばかりだった年下の彼女が、フリィを庇い、この世で一番強い魔女の前に立っている。
初めて彼女と会ったのは半年ほど前のことだ。たった半年。それだけの期間で人はこんなに変わることができるのか。
感慨深くて呆けたフリィを、彼女は不服と受け取ったらしい。みるみるうちに泣きそうな顔を晒したから、急いで謝罪を受け入れた。
「どういたしまして。あなたも、庇ってくれてありがとう。嬉しかったわ」
「う、うぇ……っ」
微笑むフリィを凝視したまま女性の目に水気が溜まる。瞬く間に涙は溢れ出して、滝のように滂沱と零れ落ちた。
「結局泣くのかよ!」
「わ、私、こんな優しい小さな子に、酷いこと……!」
「……二十六歳なんだけど」
「エッ!?」
「もうすぐ二十七歳なんだけど」
「知らなかったのか。有名だろうに」
ギルド内の人々の顔をぐるりと見ると、何人かは目を剥いてフリィを見ていた。
……情報の伝達というのは思っていたよりずっといい加減らしい。皆が知っているだろうと思っていたことが早くも覆されてしまった。
彼らにしてみれば、そこに竜の魔女が存在しているという事実が最重要だったのだろう。魔女の話など深堀りしようとはしないから、フリィがいつからギルドを訪れているかの情報共有もしない。成長しないことが魔女の特徴であるなら、生まれたときからこの姿だと思っている人もいるのかもしれない。
フリィは人と距離を詰めることを諦めていた。あちらは魔女から距離を置いていた。理解度は深まることなく、溝を埋めるものもなく。
「わからないものは、怖いものね……」
「フリィ?」
シミだらけの薄汚れた天井を仰ぎ、フリィはそっと息を吸った。
一度キュッと唇を噛んで、室内に響くよう腹から大きく声を出す。
「私はフリィよ。知っての通り竜の魔女。年齢は二十六歳。成長は十四歳で止まったわ」
七歳で捨てられて、緑の魔女に拾われた。
魔力が大き過ぎて、小さな魔法は制御が難しいから使わないようにしている。
大きな魔法は制御しやすいので暴走することはないから心配はいらない。
魔法の知識は緑の魔女から受け継いでいる。素材の処理の方法も、魔草の育て方も、薬の作り方も彼女から教わった。
十二年前に緑の魔女が亡くなってからは、森の中で一人で暮らしていた。
森には無害な魔物がたくさんいる。見た目は微妙だけれど人懐こくて面白い。
一人になってからしばらくして、一緒に住むようになった妖精リリリッタはずっとフリィと一緒にいた友達だから、今回はフリィのために怒ってくれた。
「ピーナと会ってからは色々な友人ができたりもして、日々が楽しい。喧嘩をしている友人もいるけど、早く仲直りできるように頑張りたいと思ってる。それから」
長々と続けた言葉を切って、戸惑う人々の顔を見る。
「仲良くして欲しいとまでは言わないわ。でも、無暗に暴れたりしないし、理不尽に怒ったりもしない。聞かれたことにはきちんと答えるから、できれば私のことを知って……あまり、怖がらないで欲しい、です」
最後には少し視線を落としてしまったものの、どうにか言い切って頭を下げた。
わからないということは怖いものだ。
リラリーレインに拾われる前、この先どうなるかがわからなくて怖かった。オッシュやトートドードを紹介される前、受け入れて貰えるかどうか不安で仕方がなかった。リリリッタがなんと言っているかわからない間、彼女の好意を受け取ることができなかった。
全て、あちらが歩み寄ってくれたからフリィは救われた。
人間と関わり合うことを止めていたのは、あちらがフリィを弾くからと怖がっていたからだ。歩み寄る努力を、フリィは少しもしてこなかった。
人などいらないと思うならそれでもいいだろう。でも、本当はその輪の中に入れて欲しかった。それならまず自分から理解される努力をしてみるべきだろう。
反応は返ってこなかったけれど、フリィは言いたいことが言えて満足した。もう一度頭を下げて、ピーナの手を引き帰路につく。
扉を開いたところで、あの、と怖がりの職員が声を上げた。
「私、ハルタです。半年前にギルドに就職しました。見ての通り、怖がりで、自信がなくて、気が小さい泣き虫ですけど……な、仲良くして貰えたら、嬉しいです」
つっかえつっかえ紡がれた言葉に、フリィは満面に笑顔を乗せた。
「よろしくね、ハルタ!」




