19.小さな勇気
皆の視線が集まった。集中する線の中央には気弱そうな女性職員が、少しでも小さくなろうと努力をしながら立っている。
フリィにぶつかったときも、男たちに絡まれていたときも、いつも怯えて震えていた人だ。ユメルよりよほど怖がりに見える彼女が、まさかこの空間で主張をするだなんて思わなかった。フリィ以上に同僚たちが驚いていて、オッシュが誰よりも驚愕している。
彼女はしばしのどを詰まらせていたが、やがて絞り出すように声を出した。
「私……私、フリィさんがその宝石を持っているところ、見たことがあります。家にいる妖精がくれたって、ゆ、ユメルさんと、道端でお話をされていました。一緒に見ていた人もいます、から、ひ、必要なら連れてきます!」
おお、と誰かが感嘆を漏らした。フリィでさえも感謝と共に拍手をしてやりたくなったから、共に働く者なら感動もひとしおだろう。
しかしそんな彼女の勇気は、乱暴な同僚に叩かれてしまった。
「お前、竜の魔女を庇うのか!」
「りゅ、竜の魔女だからって、冤罪は冤罪です」
「仮に冤罪だとしても、罪を疑われる竜の魔女という存在自体が悪いんだ!」
あまりの暴論に、フリィはちょっと冷めてしまった。ここまでくると腹も立たない。
周囲もマルコの言は理解しかねるようで、結果的にはフリィにとっていい雰囲気となっている。ここらで手を打って鎮静化させるのがいいんじゃないだろうか。
「ねえ、もう――」
「マルコ、ちっとは考えて喋れよ!」
「また止めるのかよ腰抜けギルド長。あんたはいっつもこいつを庇うな。竜の手先なんじゃないのか? 親父に言いつけてやろうか!」
「あの――」
「あーもういい加減我慢も限界だわ! 口がきけなくなるくらいにぶん殴ってやる、告げ口できるモンならしてみろクソガキ!」
「ギルド長落ち着いて!」
ヒートアップし過ぎてしまって、フリィには手に負えない。ではピーナはと見ると、今にも参戦しそうに口を開きかけている。腰に抱き着いて気を引いて、ついでにまた暴走の気配を高めていた妖精も確保した。
「竜の魔女は害悪だ!」
「フリィさんはいい人だわ!」
庇ってくれるのはありがたいが、騒ぎの種になっては後に引く。
早急に、誰か、頼むから助けて欲しい。
「その通りだ」
心からの願いを受け取ったのはザイードだった。さすが意外にも常識人枠のザイードだ。
バーンと扉を開けて演出過多な登場を見せた彼は、長いマントを無駄にバサバサさせて騒ぎの中央まで歩み出る。最後に一際大きくマントを靡かせて格好をつけ――フリィは訝しんだ。本当にこの男は鎮静化させる気があるのかと。
「な、なんの用だよお前」
「フン、愚問だな」
マルコが腰の引けた様子で噛みついた。彼は親の権力を笠に着て威張る男だから、王国騎士団長の父という強いカードを持つザイードにはすこぶる弱いのだろう。
「友達がいないかと空き時間に足を運んだら、何やらキナ臭い話が聞こえたからな。扉の外で聞き耳を立てて、突入するタイミングを見計らっていた。今だと思ったらそこの職員が声を上げたから少し遅れたのだが」
「えっ、ご、ごめんなさい……?」
「何を謝る。いいガッツだ! オレの友達のよさがわかっていて、見る目もある!」
うんうんとピーナが頷いている。落ち着いたようだから、もう押さえていなくてもいいだろう。
妖精はと手の中を見れば、こちらはまだガチガチと歯を鳴らしていた。いつも歯なんかあったっけこの子。解き放つには危険なので、そっと胸に抱き寄せる。
「さて、竜の魔女が宝石を盗んだとかいう話だったようだが、これについてはオレも証言ができる。友人になってすぐ、ユメルから話を聞いて見せて貰ったのが二か月前だ」
「あ、あなたも竜の魔女と結託しているのでは」
「父や王太子殿下にもこの話はしている。直に話をしたいのか?」
「お、王太子殿下?」
一体いつから聞き耳を立てていたのかは突っ込むまいが、事態は把握しているようで安心した。
ザイードが王国騎士隊長の息子だと知らない商人が目を剥いておののく。マルコはそれでも引かずに噛みついた。
「権力を使うなんて卑怯だぞ!」
「権力を使って我儘三昧する輩相手だから、オレも同じようにしているだけだ」
表面だけ高慢なザイードだが、今だけはその態度がバッチリとハマっている。
やれやれとわざとらしく肩を竦めて、彼はオッシュへと向き合った。
「トレッカギルド長へ伝令を預かっている。この場で告げてもいいか」
「……はい、お願いします」
ザイードは元々姿勢のいい男だが、ぴしりと背筋を伸ばして神妙な顔をすると、まさしく騎士といった風体となった。
改まった様子にオッシュをはじめ、ギルド職員全員が息を呑む。冒険者たちは好奇心を前面に出して耳を澄ました。
「王都ギルドより内情を報告されている。また、オレの目でも問題を確認した。圧力をかけていた馬鹿な貴族の元へは、本日罰則が通告されるはずだ。王都のギルドには手出しできないよう対策がされていたし、各地のギルドにも同様にしていたつもりだったが、網の目を抜けられたようだ。ギルド関係者各位にはこちらの手抜かりで迷惑をかけた。誠に申し訳なく思っている」
原稿を読むでもなく、滔々と言い切ったザイードが深く腰を折った。慌てて頭を上げさせたオッシュに、続けて彼は言う。
「ギルドには国の至らない部分を支えていただいている。ギルド、あるいはギルドに貢献する皆がいなければ、とうの昔に更に国土を狭めていたはすだ。よって、こたびの無礼は大きな問題として取り上げられた。罰則はそれなりに重いものとなったため、二度と同じことは起こらないだろう」
顔を青くしたマルコに、ザイードはちらりと冷たい目を流す。
「問題を起こした者を解雇しても、どこからも横槍は入らない。好きに処分してくれ」
「う、嘘だ」
「嘘と思うなら連絡をしてみればいい。きっとオマエに現実を見せてくれる。……そうだ、そこの商人も」
ひ、と呼気を詰まらせた商人が床に尻を落とした。
「ギルドを謀ろうとした罪は重い。覚悟をしておくんだな」
床に頭を擦りつけて謝罪をしても、ザイードは我関せずといった顔でオッシュの返答を待つだけだった。
友人となって交流を深めた後の今だからこそ感心するだけで済むが、これが初対面ならフリィは気後れしていたに違いない。仕事中の彼はそれほどまでに印象が違った。
ピーナの通訳を受けたリリリッタがようやく歯を鳴らすのを止める。そっと顔を覗くと、やはりあんな肉食獣のような牙は生えていないようだ。妖精ってなんでもアリだなと知見を深めた。
「……処分については考えさせていただきます。このたびは手をお貸しいただき、ありがとうございました。今後もご期待に沿えるよう精進いたします」
オッシュが返して、フリィの窃盗疑惑と共に、長らくギルドを悩ませた問題は終結した。
正確には国が手を貸したというより、国がギルドに貸しをつくったというのが正しい。ただオッシュとしては、この貸しで無茶をする気はないという意思表示なのだろう。
返事を聞いて、ザイードは顔を綻ばせた。




