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11.フリータイムの大掃除

 ピーナが完全に臍を曲げてしまったので、しばらく街には行かないことにした。オッシュには魔法でその旨を伝えたそうだが、頑なに内容を詳しく言わないから、あまりよろしくないことを訴えたとみえる。


 空いた時間で、溜まっていた素材の処理をした。

 長持ちするように乾燥させてあった魔草を小分けにして手を加える。魔草は乾燥させたり、熱処理をしたり、魔力を浴びせると効力が変わる。場合によっては毒にもなるから、手を加えたものを決して混ぜてはならない。

 熱処理は魔法ではなく手作業だ。緑の魔女から受け継いだ機材に少しずつセットして、せっせと加工を加えていく。

 最後に瓶に密封して、ひとつひとつ確認しながら慎重にラベルを貼った。


【――、――……】


 乾燥させただけのものを細かく砕いていると、妖精が小さな瓶を抱えて持ってきた。お願いお願いと可愛い角度でアピールする技は、一体どこで覚えてきたのだろう。年々おねだりが上手くなっていくような気がする。蓋が閉まるギリギリまで乾燥葉を詰めてやれば、小躍りしながら去って行った。


 魔草の処理が終わったら、次は鉱石だ。

 トートドードのもとで調達した鉱石類はまだまだ残っている。詰め放題だと調子に乗って大量のドルツ鉱石をいただいたが、その全てがすぐに必要となるわけではない。

 ドルツ鉱石は人間にとって希少。希少ということは高価ということだから、仕入れようとする人間は少ないのだ。そしてドワーフにとってはさして珍しい素材ではないので、フリィにとって再入荷は容易である。

 ならばそのまま積んでおくより、加工をして捌いてしまった方がいい。


 作業室の片隅に積んだ鉱石を、えっちらおっちら隣室へと運ぶ。ドルツ鉱石を多めに、他の余っている鉱石も混ぜた。

 今こそ第二回ピーナの出番なのに、どうして彼が出かけてしまったときにこの作業を始めてしまったのだろう。何度も往復をして運び終わったときには息が切れていて、体力強化の必要性を改めて感じた。いや、でも、運動はできるだけしたくない。運動をすると息が切れる。息が切れるのは苦しいから嫌いなのだ。息切れを防ぐために息を切らすのは本末転倒ではないか。

 緑の魔女の住まいにふさわしく、家は基本的に木造である。しかしこの魔法加工部屋だけは別だ。分厚い石の壁には魔力を通さない鉱石の粉を混ぜた塗料が幾重にも塗られており、程々の魔法であれば部屋が壊れることはない。


 鼻と口を手拭いで覆い、頭の後ろで結ぶ。薄い水晶板をはめ込んだゴーグルを装着して、部屋の中央に積んだ鉱石の山に手を翳した。葉擦れの音と舌打ちを混ぜ、風を生む。部屋の中を吹き荒れる暴風は、硬い鉱石の山を次々と削り取って嵩を減らした。削り取った粉を含んで、風はどんどん濁っていく。

 これくらいの出力であればある程度の制御が利く。なくなった山の代わりに、対象を風に舞い散る粉へと移した。

 魔物に放った竜巻の収束と似た要領だ。圧縮し、圧縮し、圧縮する。握り拳ほどの大きさとなったところで魔法を解除した。宝石のように艶めく出来に、フリィは会心の笑みを浮かべた。

 鉱石粉を魔力を混ぜながらぎゅうぎゅうに押し固めた合成鉱石を、魔鉱石と呼ぶ。材料となった鉱石の種類と混ぜる魔力の量、圧縮率でランクが変わる。

 ピーナの針の穴に糸を通すような魔力制御を見ているおかげだろうか。いつもは粉のサイズがまばらだったり圧縮率が悪かったりで反省が多いのだが、今日の魔鉱石は最高の出来だった。恐らく人が作った魔鉱石の中で、最も優れているはずだ。

 調子に乗ってもうひとつ、と作業部屋に戻り――鉱石の山を見て我に返った。もう一度あれを運ぶのは嫌だ。ピーナが帰ってきてから考えよう。


 さて、次は何をするか。ぐるりと部屋を見渡す。

 以前よりも綺麗になった部屋を見て、そういえば、と長年考えないようにしていたことを思い出した。

 家から出て、納屋へと向かう。そこには畑仕事に使う道具などが乱雑に収納してあった。

 リラリーレインとフリィが一番似ているところは、片付けの苦手さであると思う。苦手ではなく嫌いと言ってもいい。二人で暮らしている間、家の中も納屋の中も、元々は物凄く雑多なもので溢れていた。

 今でもゴチャゴチャしているが、一人で暇を潰すため、フリィなりにこれでも徐々に片付けてきたのだ。片付け上手なピーナが家に来てからは、整理が大変捗った。

 けれど嫌いなものは嫌いだ。よって、度を越してものに溢れた場所は……蓋をして、見ないことにした。


「……うぇ……」


 リラリーレインが亡くなって十二年。床下収納という忌々しき空間をちらりと見て、フリィは二桁年ぶり二回目の汚い呻き声を上げた。

 床板を支えるのが目的であるように、みっしりとものが詰まっている。試しに小さな箱を取り出せば、その下にもやはり箱があった。箱を退かせば、次は得体の知れない――なんだこれ。触っても大丈夫なものなのだろうか。指先で突いても異常はないようだったので、それも引き上げる。本当になんなんだこれ。微妙にしっとりしている。

 時間ができたのでずっと放置していた暗黒空間を片付けようかと思い立ったものの、早速心が折れそうだった。


「……出しておけば……ピーナが片付けてくれる……かも……」


 人任せの思考で心を奮い立たせると、フリィは一度母屋に戻って浴室の小さなパネルに魔力を流した。

 魔法でできることを考えるのが好きだったリラリーレインは、魔法仕掛けの様々な機構を家のあちこちに仕込んでいる。これはその内のひとつで、流した魔力を使って自動的に川の水を風呂に引き、湯を沸かしてくれるのだ。あいにくフリィは回路を理解できていないので、同じものを新しくつくることはできない。

 魔力を流すだけなら誰でもできる。もしこれを一般家庭でも使えるようにしたら、緑の魔女の名が上がったりするだろうか。解析できないものかを一度ピーナに聞いてみてもいいかもしれない。


 鉱石を砕くときに使ったゴーグルと手拭いをつけて納屋に戻り、軍手を装着して、頭を突っ込むようにして荷物を引き上げる。これが終わったら贅沢にも日中から風呂に入るぞと意気込めば、引き上げるだけなら全て……いや半分くらいは頑張れる、気がする。思ったよりも深さがあって、すでに少々腰が痛い。

 換気のために扉や窓を開け、大きな物音を立てながら作業をしていると、音に惹かれて魔物がちょくちょく顔を出した。一度何をしているんだとばかりに背を突かれて収納庫の中に落とされたので、先に足元を空けて、内側から持ち上げる形に変えた。こら、止めなさい。せっかく上げた荷物を鼻先で押して落とそうとするな。


「ここにいたのか」


 どれだけ時間が経ったのだろう。物音を聞いてまた魔物が来たのかと思ったが、今度の訪問者は言葉を解した。

 頭から爪先まで埃だらけになったフリィが顔を上げると、頭から爪先までびしょ濡れになったピーナがこちらを見下ろしている。


「雨降ってるの?」

「うん。こっちは埃が降ってるみたいだな。凄い恰好だ」


 呆れた顔をしながら魔法で自分の水気を払い、ついでにフリィの埃を払う。埃で見えにくくなっていたゴーグルが綺麗になって視界が晴れた。


「これ、俺に片付けさせるつもりだろ」

「ちゃ、ちゃんと手伝うわよ」

「俺が手伝う方だろ」

「あなたもここに住んでるんだから、私と同等に片付けの義務があるでしょ!」

「でもおまえは手伝う方なのか……」


 持ち上げようとした大きな箱は重過ぎてピクリとも動かなかった。

 諦めずうんうんと唸っていると、ピーナがちょいと指を振る。ふわりと浮き上がる様子に、もしかして全部ピーナに任せればよかったのではないかと愕然とした。

 のんびりと箱を開けて中を覗く姿をしばし見る。……いや、ここまで無心で頑張ったのだ。残る荷物はあと僅か。彼の力に頼らずともやってやろうではないかと奮起した。


「がんばれー」


 真心を感じない応援の声を上げるピーナは、別に遊んでいるわけではない。むしろフリィの苦手なところを早速こなしてくれていた。

 起こした風で埃を払って外に出し、染み出した得体の知れない汁気を取り、中身を確認して分別をしている。でも、ひいこらと肉体労働をこなしていると、段々理不尽さを感じてくる。

 八つ当たりはいけない。代わりにワーッと声を出した。


「これ終わったらお風呂入るんだからー!」

「おっ、風呂沸いてるのか。俺も後で入ろ」


 無心。大事なのは無心だ。あとどれだけと考えるからつらくなる。

 私は掃除の使い魔。掃除のためにつくられた自我なき存在。とりとめのないことを考えながら働いていると、やがて長く苦しい作業の終わりが訪れた。


「終わった! お風呂!」

「……」

「お風呂入ってくるわね!」

「…………うん」


 返事がなかったので二度言ったが、返ってきたのはやはり気のない返事だった。

 珍しいなと見れば、箱の中に詰まっていたらしい本のひとつを捲っている。片付けの最中に他所事をしてしまうのは「あるある」というやつだ。納屋の片付けを急ぐ必要はないし、少しのサボりくらいは大目に見ようと風呂へ向かった。

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