第四百三十五話(カイル歴515年:22歳)五か国同盟
俺たちはジークハルトによって案内された宿、いや、もはやここは後宮の一角では?と思われる場所に投宿することになった。
宿舎に充てられた離宮の前には庭園があり、そこには警備兵と今は使用されていない天幕が立ち並んでいた。
「いささかご不便をお掛けして申し訳ありませんが、この場所なら皇帝直属の近衛兵宿舎に隣接し、目の前で天幕も張れますし随行された兵もすぐに駆け付けられる場所なので……」
確かにそうだけどさ。
第一に幾ら帝都といえど、随行した五千騎と一緒に投宿できるような規模の宿はない。
そうなれば分散するか、それとも兵たちは離れた場所に投宿することになる。
そうなると護衛は意味を為さなくなり、生殺与奪を握られることになる。
「護衛兵については、数百人分の天幕を中庭に準備しており、それ以外の宿舎として近衛兵宿舎を開けております。こちらは三か国でご利用いただいても事足りるかと……」
「ちなみに近衛兵はどうしているんだい?」
「彼らの宿舎は今回のご訪問に合わせて引き払っております。それに彼らは先代皇帝の直属兵ですので……」
なるほど、そういう訳か?
近衛兵は皇帝直属の部隊、すなわち今の近衛兵は第三皇子直属の兵ではなく先代皇帝の兵となる。
第三皇子陣営としても、近衛兵を信頼していないということか?
「近衛兵の大多数は新領土駐留軍に編入され、見込みのある者たちは新たな近衛兵として引き抜き、現在は帝都外縁を警備するために出ております」
もともと近衛兵は有事に皇帝の傍らに駆け付けて守る立場、故に皇帝が住まう居館近くに駐屯している。
なので今回の場合、彼らの宿舎は最も都合の良い位置にある訳だ。
「それでグラート殿は大丈夫なのかい? 丸裸になってしまうけど」
考えてみればおかしな話だよな。
俺たちがその気になれば一万五千もの兵に取り囲まれることになるんだから。
「はい、そのような意見が出たことも事実です。ですが陛下は……。
『得体の知れぬ身内の近衛兵より、命の恩人であり戦場でも信の置ける公王の兵に囲まれている方がよほど安心できるわ!』
と豪語されていましたし……」
「……」
ははは、色んなところで規格破りの皇帝だよな。
もっとも、彼が信頼できる兵の多くは南の新領土に駐留しているからな。それも無理のない話しか。
「では私は各所の配置や警備体制を確認して参ります。
夕食までのお時間はゆっくりお寛ぎいただき、夕食後に明日のお打ち合わせを兼ねて公王陛下のお時間をいただきたく」
「ははは、苦労を掛けるけど申し訳ない。ところでジークハルト殿はずっと警備に?」
「はい、ご逗留中の間は個人的にお伺いしたいお話も多々ありますし、そのために敢えて公王陛下が投宿される離宮の警備責任者を志願しました。
私も公王陛下からお話を伺うことをずっと楽しみにしておりましたので」
そう言ってジークハルトは満面の笑みで去っていった。
なるほどね、彼は彼で知的好奇心を満たしたいがために志願したということか?
まぁそれだけではないだろうけど、一体何を聞かれることやら……。
そんな思いの中、俺たちは旅装を解いて旅の埃を落として休息したのち、完璧に手配された夕食に舌鼓を打った。
そして……。
夕食後に予想された、いや、予想以上の出来事が起こった。
※
「タクヒールさま、ケンプファー侯爵が面会を願ってお見えですが……、いかがいたしますか?」
夕食後に離宮のテラスにてミザリーとヨルティア、そして団長と更にもう二人を交えて歓談していると、シグルが慌てた様子で報告して来た。
さっそく初日からか?
俺は苦笑しそうになった顔を押し殺し、シグルに告げた。
「ではこちらにお招きしてもらえるかな?」
「あの……、皆さま全員をでしょうか? 取り急ぎ階下でお座りいただける部屋にご案内し、お待ちいただいておりますが……」
え? どういうこと? 皆さまってまさか……。
俺は慌てて階下へと駆け出した。
「……」
不安は見事に的中し、そこには錚々たるメンバーが並んでいた。
ってかさ、これまでも散々一緒だったのに早速訪ねてくるなんて、どれだけ寂しがりなんだよ!
「ふふふ、お約束通り勝手に抜け出して来てませんよ」
ドヤ顔で笑うクラリス殿下の後ろでは、困り果てた様子のゴウラス騎士団長が立っていた。
勝手に抜け出してはいないが、無理やり出てきたことは見ただけでも分かるからね。
「私も我が友との約定に従い、二人だけで抜け出してはいないぞ」
確かにそうだけどさ、フレイム侯爵も諦め顔……、いや、勝手に抜け出さなかったことで少し安堵の表情を浮かべているようにも見えた。
「実は我々も、ご来賓の方々からの要望に従い一席を設ける準備を整えております。
この離宮にはそういった設備もございますので」
ってかさ、予め全部想定内ってことか?
まぁ、俺としても目の届く範囲でこの二人を確保できるほうが安心といえば安心なんだけどさ。
俺たちはジークハルトの案内に従い、離宮の裏庭にある東屋を抜けて、隣接した建物へと歩いていった。
そこで更に……。
「ははは、待ちかねたぞ! 此度は招待に応じ遠路グリフィンまでお越しいただいたことに感謝し、ささやかながら歓迎の場を設けさせていただいた。
先ずは盟友たちと杯を交わそうぞ!」
待ち受けていたのは、明後日の即位式で正式に皇帝となる第三皇子だった。
ははは……、もう驚いても仕方ないか。
俺も開き直って挨拶した。
「グラート陛下もお元気そうでなによりですね。『公式』なご挨拶は明日と思っていましたよ」
「もちろんこれは公式なものでもないし、宮中のしきたりは堅苦しくて性に合わないからな。
公王とはビックブリッジやクサナギの時と同じように、気軽に語らいたく思い場を設けさせてもらった」
まぁそれも分かるけどね。
お互いに国の体面とか色んなしがらみに邪魔されて、公式の場では本音で話すこともできないし。
早速第三皇子と顔見知りだったクリューゲル陛下やクラリス殿下は簡単な挨拶を済ませ、既に歓談を始めているし。
なんとなく皆の思惑に嵌められた気もするけど、俺もこの機会を利用させてもらうことにした。
俺と団長は全員と顔見知りだが、その後ろに付いてきていたミザリーとヨルティアは参加者全員に面通しができていた訳ではない。
それに加え全員と初対面であろう二人も……。
俺は三人が話している場に、四人の人物を引き連れて向かっていった。
「この機会に皆さんに紹介させていただきたいと思います。
先ずは此方に控えているのが妻のミザリー、主に内政を見てくれていたため戦場に出ることはありませんでしたが、我が国の内政と経済を支えてくれている要となります」
確か……、ミザリーはクラリス殿下以外は面と向かって話すのは初めてのはずだ。
殿下に関してもご挨拶した程度で、その時は公妃の立場でもなく一介の男爵だったはず。
「は、初めて両陛下には御意を得ます。公王の妻の一人であるミザリーと申します。
どうか今後ともよろしくお願い申し上げます」
極度に緊張していたミザリーは、何とかそれだけを言って全身ガチガチのまま固まっていた。
「ははは、今や我が友も一国の主であり私と同格である。その妻であればクラリス殿と同じ立場ゆえ、どうか我らには遠慮なく接してほしい。
それに今ここに居るのは一介の近衛師団長だしな。遠慮なくクリューゲルと呼んでいただきたい」
「たしかに、な。俺も公王には命と帝国の命運を救ってもらった立場だ。恩人の奥方は、どうか我らに遠慮なく接してもらえるとありがたいな。俺のこともグラートと呼んでもらえるか?」
「あ……、そのような……、いえ、かしこまりました」
取り敢えず返事はしたものの、ミザリーはどう立ち回って良いか困惑しているようだった。
無理もないよなぁ……。
「だからお二人は自覚がなさすぎるのです。そうは言っても皇帝陛下に公王陛下でいらっしゃるのだから。
でもミザリーさん、私は貴方と公式にも公妃として同じ立場だから、遠慮なくクラリスと呼んでいただけると助かるわ。同じ仲間としてこれからもよろしくお願いします」
王女の自覚がないじゃじゃ馬からそんな事を言われてもね……。
ミザリーも返答に困っているじゃん。
「は……、はい、クラリスさま、ありがとうございます」
次にヨルティアを紹介したが、彼女は常に従軍して俺の傍らにあり、フェアラート公国には特使夫人として同行しているし、クリューゲル陛下とは酒も酌み交わしている。
ビックブリッジでも第三皇子に紹介済だし多少は慣れ親しんでいるので、ある程度卒なく挨拶ができていた。
もっとも……、じゃじゃ馬の前では緊張していたけど、これは仕方のない話だと思う。
そして次に、俺は本来の目的である人物を三人に紹介した。
「この機会に皆様に紹介させてください。
今回の乱を経て我らの友となった人物、新しく生まれ変わったリュート・ヴィレ=カイン王国の新国王である、元リュート王国の第一王子であったクラージユ王と、王妃となる予定の元カイン王国の第三王女アリシア殿下です」
「「「!!!」」」
この紹介にはさすがに三人も驚き、一瞬だけ固まっていた。
だけど俺は、この二人を帝国側に認めさせて信任させることが一番早い戦後処理と考えていた。
そのために内々に三国を束ねた新王と王妃(となる予定)を伴って来ていたのだ。
その前段として二人は、俺たちが暗躍するまでもなく思惑通り三国を解放したあと『くっついて』くれた。
二人から話を聞くと、為政者として都合の良い政略的な面もあるが、大前提として互いの人柄にも好意を抱いた結果だそうだ。
ましてアリシア王女は王族としての品性を備えただけでなく頭も切れるし、その上かなりの美人だし。
優秀だが後継者として疎んじられていた第一王子、民を見捨てることができず王都に残り戦に参加した第三王女、二人とも王族であった頃から異端の存在だったし、なんとなく既にくっついていた『とあるカップル』にも共通するところがあって似ているんだよね。
「先ずは今回の帝国領侵攻について詫びるため、不躾ながら我ら両名は各々の国を代表しグラート陛下の前に参りました。今回の侵攻は我ら両名の責、我らはどのような処分も受ける所存ですが、どうか兵や国民たちには寛大な処分をいただけますよう」
そう言って二人は、第三王子に対し深々と頭を下げた。
「ふむ……、既に三国の王は侵攻した報いを受け処断されたと聞いている。帝国としてそこでカタが付いたと考えているため、これ以上の謝罪は不要である。
公王の紹介であったこともあるが、お二人が為政者として相応しいことが先ほどの言葉でもよく分かったことだしな」
そう言って第三皇子は俺に向かって笑いかけた。
別に俺は仕込んでないからね。もともと彼らは俺に対しても同様の言葉を言って罪を背負おうとしていたのだからさ。
「その点については私も保証しますよ。二人ともひとかどの人物、国を任せても安心できるし盟友として頼りになると思います」
「何より三国を解放されたのはここにおわす公王の成されたこと、帝国として口を挟む余地はない。
もとより俺は公王に感謝し、三国を切り取り放題として処遇は全てお任せするつもりであったからな」
「陛下、この件は即位式でも……」
傍らにいたジークハルトの言葉に一瞬だけ考え込んだ第三皇子は、その後で大きく頷いた。
そして悪戯っぽく笑った。
「俺からの願いだが、即位式には『正式に』旧三国を束ねる王として参加してもらえるとありがたい。
もちろん国賓としての礼遇を以てお迎えするが、可能なら先ほどの言葉、その場でもう一度言ってもらえるだろうか?」
「ちなみにですが和平の成ったスーラ公国、ターンコート王国も使者を遣わし、対面に先んじて正式な処分を伝える謁見を行う予定です。
勿論彼らは対面の場にも参加してもらう予定となっています」
なるほどな、そう言うことか!
ある意味その二国に対して辛辣な対応だな。
ジークハルトが提案したこと、その進言が持つ二つの意味を改めて俺は思い知った。
一つ目は、スーラ公国やターンコート王国に対して大きな圧力となる。
二国は同じ敗戦国である旧三国が、帝国へ謝罪するために国王と王妃が即位式に参加したと聞けば、大いに焦ることだろう。
彼らも使者を送って来てはいるが、参加した者の『格』は雲泥の差だ。
今後は引け目を感じるだけでなく、慌てて帝国のご機嫌を取るように追加で対応するに違いない。
二つ目は、帝国内に対する新皇帝の見え方だ。
第一皇子に応じて乱を起こした三国が、結果的には責任者である国王たちを廃し新国王が詫びに来た。
これは新皇帝の権威を裏付けるものとなり、帝国内の反対派への一撃ともなる。
そして帝国の北部辺境は安泰となったこと、これを広く知らしめることにもなる。
「ありがたいお言葉に感謝します」
「皇帝陛下の恩情に対し、感謝の思いを胸に刻みご恩を返せるよう努めさせていただきます」
そう言って二人は、改めてもう一度深々と頭を下げた。
各々が瞳に光るものを浮かべながら……。
「なーに、礼なら俺ではなく公王に言ったほうが良いぞ。捕虜となった者たちを解放し、先日まで戦った国を救うため兵を出すなど、俺には到底真似のできんことだからな。しかも電撃戦で瞬く間に三国を開放したのだ、真の英傑が誰であるかは明らかだろう」
「はははっ、愉快な話じゃないか。我が友によって命や国の命運を救われた者が、この場には五人も集っているのだからな。この上は比類なき英雄に対し感謝の盃を交わし、電光石火で三国を解放した世界最高の智将から話を伺い、戦略談議に花を咲かせようではないか!」
「おお、それはいいな! 俺も新領土の戦いでは公王の比類なき強さを目の当たりにしたが、たった数日で三国を解放して統治を安定させた手腕は是非伺いたかったところだ」
「あ、陛下! ずるいですよ。それは僕が一番聞きたかった話なんですからね!」
「いつも公王陛下はずるいですわ。声を掛けていただければ私も喜んで馳せ参じましたのに……」
クラリス殿下の言葉にだけは、ゴウラス騎士団長が盛大に首を横に振っていた。
もしかしたら、援軍を派遣する時にもカイラールでひと悶着あったのだろうか?
……、十分にあり得るな。
だけどさ、『真の英傑』とか『比類なき英雄』とか『世界最高の智将』とか……。
俺はそんなイキモノではないぞ。
言われている方が恥ずかしくなるから、褒め殺しは止めて欲しいのだけどさ。
三国を解放したのは、それぞれの軍を率いた第一王子とゴルパ将軍の手腕だし、最も統治に難のあった旧カイン王国を完璧にまとめ上げたのは、第三王女だったアリシア殿下の手腕なのだから……。
ここで俺は話題を変えるようにした。
「ちなみに私のことは置いといて……、優秀であったにもかかわらず『政治』によって不遇の立場にあった点では、クリューゲル陛下とクラージユ王の境遇は似ていましたよ。また、民を思い王女でありながら最後まで前線に留まって兵たちと共に戦った点では、クラリス殿下とアリシア王女も似ていますね」
「おおっ!」
「まぁっ!」
俺によって名指しされた似た者同士のオリジナルである二人は、嬉しそうに声を上げて自身の仲間を見つめていた。
ただし、聞いただけの話だけどアリシア殿下は領民に肩入れする『変わり者』ではあっても、じゃじゃ馬と比べると理性的で、どちらかというと『武』より『治』に突出しているけどね。
まぁこの機会に各々二人が交流を深めてくれれば問題ない。
※
この日はもはや恒例となった『無礼講』の宴会が夜遅くまで続き、当初は緊張してガチガチだったミザリーや一歩引いていたヨルティアも女性陣と打ち解け、当初は控えめに遠慮していたクラージユ王も一国の主同士の会話に参加するようになっていた。
そしてこの日、五か国の間で新たな国境線の設定と、後に『五か国同盟』の基礎となる友邦関係が非公式に締結された。
これによって五か国の主は対等の立場である友人を得ることとなり、今後も変わらぬ友好と協力を誓うことになった。
互いに心から酒の酔いを楽しみ、肩を抱いて盃を掲げながら……。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
次回は12/27『四方山話の果てに……』を投稿予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




