第56話:撃退
「なんだと?」
おっと、つい反射的に断ってしまいましたわ。最近、平民的に口調が乱れてしまっているのもよろしくありませんわ。
「身に余る光栄ではございますが、謹んでお断りさせて頂きます」
「なぜだね? 僕に認められたとなれば、それは君を、あるいは君たちの会社を大いに利するはずだが?」
不思議そうな顔をしてそう仰います。ここに悪意はなく、アールグレーン卿の仰ることは正しい。平民の研究や商いを王侯貴族や学校、教会といった組織が保護する、お墨付きを与えるわけですからね。王家御用達のようなものです。
ただしもちろんそれは、この鑑定機の内実を、真の価値を知らないからという意味ですけども。
彼は善意で、あるいは両者の益となると思って手を差し伸べられても、わたくしたちには困るのです。
「敢えて歯に衣着せず言えば、我らは名誉など求めておらず、また端金を拾う気もないのですわ」
彼の口角が上がります。
「ほう、僕の援助を端金と言うか」
「わたくしたちが求めるのはその遥か上ですから」
「面白い女だ。僕の援助を端金と言うとは、国が買えるほどの金を稼ごうとしているということだろう。無料の魔力鑑定でな」
わたくしはただ、笑みを浮かべることで応えます。
「僕個人ではなく、学校が購入するという形にしても良いのだぞ?」
……これは善意よりも圧力ですね。組織の力をちらつかせてきました。
わたくしはここの責任者である使用人の彼女から鑑定結果のリストを受け取ります。
「魔術学校には既に王都中の鑑定結果のリストを売却する方針で商談を開始していますわ」
結果は売っても良い、ただし機械は渡せない。そういうことです。
さて、オリヴェル・アールグレーンという稀代の魔術士と敵対するのは大いに問題です。それは彼個人の実力もそうですが、貴族として、大魔術士としての権力もそう。学校という組織の力もそうです。
ですがレクシーの大切な研究を上から奪われたり横から攫われるのは決して許されません。
味方とするにはどうでしょうか?
理想は彼をこちらに引き込むこと、しかし魔術学校を離れはしないでしょう。こちらでそれだけのメリットを提示できませんから。
では無関係であれば?
しかしアールグレーン卿を手放すのはとても惜しい。
だって……だって5カラットもありますのよ!
「アールグレーン卿、あなたの目的は、この鑑定機をも騙す、属性を偽る術式の開発であるかと愚考いたします」
「まあ……そうだな」
「わたくしがこの技術を公開したり提供したりする。あるいは、この機械の構造をお教えしたとしたら、それはアールグレーン卿に土をつけたままということになりますが宜しいのでしょうか?」
ぶわりと正面から風が吹き付けたような圧、静電気がぱちぱちと床を、肌の表面を走りました。
「この僕を愚弄するかっ!」
彼の魔眼が金に光を放ちます。わたくしは自らの魔力を高めました。魔術は使えないわたくしですが、魔力を身に満たせばある程度威圧には対抗できます。
「いいえ、ただの忠告と確認ですわ。いかがでしょう」
「……駄目だ、技術の公開は許さない」
歯軋りの音が聞こえるようです。
「ご無礼の代わりという訳ではありませんが、わたくしから、アールグレーン卿にお手伝いできることが一つあります」
彼は頷き、先を促します。
「週に一度、この事務所の応接室にてわたくしがお越しをお待ちしています。アールグレーン卿は列に並ぶ必要もございませんし、何か質問があればお答えもいたしましょう。わたくしに答えられることであれば。いかがです?」
「いいだろう、その挑戦を受けようではないか! 首を洗って待っているがいい!」
そう言って彼は立ち上がり、事務所を後にしました。
………………ふう。
彼が部屋を出てから、誰もが息を殺し物音を立てず、紅茶を蒸らすほどの時間が過ぎて、ようやくため息が出ました。
壁際に控えていた侍女も護衛も崩れ落ちるように座り込んだり、胸を撫で下ろします。
息を吹き返しどよめく部屋の中、護衛の一人が言います。
「ヴィルヘルミーナ様、勘弁して下さい、死んだかと思いましたよ」
隣の侍女が肘で彼を小突きました。
「護衛のあなたが前に出ないでどうするって言うのよ」
「いや、そうなんだけどな。……申し訳ありません、奥様。脚が、身体が動きませんでした」
護衛たちが並び、わたくしに頭を下げます。
まあ、あれは単純な殺気という訳ではなく、魔力的威圧ですからね。
「今回は不問といたします。ですが次は動けるようになさい」
「はっ、ご温情に感謝いたします!」
本音では次がないことを祈りますと言いたいところですけど。
「まあ、何はともあれ」
わたくしはすっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干します。
緊張で渇いていた口中に潤いが戻りました。
「週に一度、5カラットの魔石が入手できることになったわよ」






