第36話:魔素結晶化装置
それから数日をかけてアレクシ様は設計図を幾度も描き、そこに必要と考えられる素材の名前や分量を記入していきます。
特に構造の中核を成すのであろう部分については試すべき素材がいくつも列挙されました。
「なるほど……」
わたくしはそれを見て呟きます。
「どうしました?」
「いえ、どうしてアレクシ様が冷遇されていても個人ではなく研究所で開発しようとしていたのか分かりましたわ」
アレクシ様はペンを動かしつつ笑われます。
「高いものでしょう」
「ええ。でも考えてみれば当然のことではあるのですよね」
列挙されていたのはダンジョン深くの土壌や魔物、それも高位の魔物の体組織など。
つまり、魔石ができる環境のものです。
それは入手が困難であるほど世の中に出回る量が少なく、とても高価なものです。例えば竜の頭であればその剥製はペリクネン公爵家のエントランス・ホールに飾ってあるようなものですし、有翼獅子の風切り羽根であれば貴族夫人の持つ扇に使われるようなものですから。
「本当はこれらのものから魔石の精製の過程を研究し、より安価な手段を発見しなければならない。だけど急いで結晶化装置を作成しろというのであればこれらの素材を直接使用すれば簡単に構築できるだろう。……理論上は」
アレクシ様は研究に関しては饒舌で自信があるように見えます。
「それはなによりですわ」
アレクシ様はお仕事を終えた後に熱心にご自身の研究を行なわれます。
わたくしはアレクシ様が研究所へ行っている間に買い物を頼むための用人を雇いました。
と言ってもセンニの弟さんなのですが。日常の食材やアレクシ様の必要とする素材の中でも安価なものの買い物を頼みます。
そして高価なものや伝手の必要なものに関してはわたくしが自ら求めに赴きます。
ただ、ヒルッカやヤーコブなどわたくしが公爵令嬢だった頃の使用人たちが手伝いに来てくれた時に限られますが。いつか彼らにもその厚意に返すべき対価が用意できると良いのですけど。
そして一月ほどの時間が経ち……。
「……できた」
ある夜、アレクシ様がそう仰いました。
底が平たく口の狭いガラス瓶、三角フラスコというそうですが、その中にさくらんぼのように先端が丸い球状の物体が金属の紐に吊るされているような構造です。
口の部分はゴムのような素材で塞がれ、その紐の逆端が出ていました。
「簡易ですが、この構造物が高濃度魔力結晶化装置です」
わたくしはぱちぱちと手を叩きました。センニも部屋の隅で手を叩きます。
アレクシ様は照れ臭そうに笑われました。
拍手を終えると、彼は外に出ている紐を掴んで説明して下さいます。
「本当はこの端子に大気中魔素集積装置を接続することで高濃度の魔力をこちらに送り込む。そういった構想なのですが、そちらはまだです」
「承知しています」
アレクシ様は困惑した表情を浮かべます。
「良いのですか? 結晶化装置だけあっても魔素の集積ができないのであれば、それは機能しない。つまりこれがちゃんと完成しているのかも分からないのですよ」
わたくしは魔力結晶化装置の正面に立ち、アレクシ様の手を取ります。そうしてにこりと微笑みながら彼の手の中から紐の端を抜き取りました。
「こうするのです」
「あっ!」
センニが声を上げました。
「はっ!?」
アレクシ様が驚愕の声を上げます。
結晶化装置のフラスコの中に浮いている球が鈍く光り輝いています。
「どうやって! どうやって起動させているのです!」
アレクシ様は驚きのあまりわたくしに掴みかかろうとして、思いとどまったのか固まりました。手を中途半端に挙げた状態でわたくしに問いかけます。
「簡単なことですわ。わたくしが魔力を流してますの」
鈍く輝く球の光が斑らになりました。球の表面に薄く霜が降りるように結晶ができつつあります。
「え、いや。ヴィルヘルミーナ、あなたは魔術師なのか……?」
「いいえ」
わたくしは首を横に振ります。
「わたくしは一切魔術は使えませんし、魔術の勉強をしたこともありませんわ」
「だが、そこらの冒険者や魔術塔の下級魔術師程度ではこれを結晶化するのに必要な魔素の量は賄えない筈です!」
「かつてわたくしはアレクシ様にお伝えしました。『貴族は美しき者同士を掛け合わせてより美しき次代を産み育てている側面がある』と。それは何も美についてのみだけではないのです」
「魔力も……」
「わたくし、魔力量だけなら王国でも十指に入る程度にはありますのよ」
カラン、と乾いた音がしました。
フラスコの底に小さな、わたくしの小指の先よりも小さな魔石。淡い水色に光を放つ水晶の欠片にも似た石が転がり落ちました。
わたくしは笑いながら紐から手を離し、アレクシ様がわたくしに掴みかかろうとしたように中途半端に挙げられたままの手を掴みます。
「ふふ。アレクシ様、研究成功おめでとうございます」






