98、買い付け
次の日の朝。ついに今日は魔物素材の買い付けをする日だ。朝早くに起きた私たちは宿で朝食を食べ、さっそく臨時市場にやってきた。
「うわぁ……凄いですね」
昨日とは比べ物にならない魔物素材の山だ。並べられているというよりも、盛られているという表現の方が適切かもしれない。
それに人の数もかなり多い。逸れないように気をつけないと。
「これは選び甲斐があるな」
ダスティンさんは目の前の光景にニヤリと口端を上げると、狙いの素材を見つけたのか市場の奥に迷いなく足を進めた。私はそんなダスティンさんを小走りで追いかける。
「何かあったのですか?」
「あそこに魔物の飛膜がある。あれは使えるぞ」
飛膜……ってあれか。あのコウモリとかの羽の部分。確かに私たちが求めてる素材だね。
「ちょっと良いか?」
「はい! 何でしょう?」
「この飛膜は何の魔物だ?」
「えっとですね……それはビッグバットです。皮膜をお探しです?」
「そうだ」
「それならめっちゃいいのがありますよ! さっき運ばれてきたんですけど……これです!」
店主をしている男性は興奮気味に声を大きくすると、後ろから丸められてるのに両手で抱えるのが大変な大きさの何かを持ってきた。これも飛膜ってことだよね……こんな大きさの飛膜を持つって、魔物はどれほど大きいのだろうか。
「もしかして、ワイバーンか?」
「そうです! 魔道具師の方ですか? さすが知識をお持ちですね」
「それを言うなら君の方が凄いと思うが。この街の住人じゃないのか?」
「私は魔道具師の見習いでして、今回は売る方を手伝ってるんです」
「そういうことか。それなら納得だな」
ダスティンさんは相手が知識を持つ人だと分かったからか、僅かに口元を緩めて一歩前に出た。それから二人は価格についてや今回のゲートから出現している魔物の傾向など、難しい話を始める。
「あの、クレールさん。ちょっとだけ質問しても良いですか?」
あまりにも話の内容が分からなかったので、隣で静かにダスティンさんのことを見守っていたクレールさんの袖を引くと、クレールさんは少しだけ悩みながらも頷いてくれた。
「私に答えられることならば」
「ありがとうございます。魔物に関しての質問なんですけど、ビッグバットとワイバーンってどういう魔物なんでしょうか。さっきの話からしてワイバーンは珍しい魔物かなと思ったのですが、どちらも聞いたことがなくて……」
魔物の種類に関しては工房でたまに教えてもらっていたけど、もっと覚えないといけない優先順位が高いことが山のようにあって、学ぶのを後回しにしていたのだ。
「どちらも飛膜があることから分かるように、飛行型の魔物です。ビッグバットは体長が成人男性の片手の長さぐらいと言われています。飛行速度は遅いですし、あまり強い魔物ではないですね。ワイバーンは人が四、五人縦に並んだぐらいの大きさでしょうか。あの飛膜からも分かるように大きな翼を持ち、風の刃による攻撃はかなり厄介で強い魔物です。何体も現れたら被害を出さずに討伐するのは困難でしょう」
クレールさんは魔物に関してもかなり詳しいようで、私が知りたい情報を的確に教えてくれた。クレールさんってちょっと変な人だけど、凄く優秀な人でもあるよね。
「ワイバーンがゲートから出てくることは少ないのですか?」
「そうですね。あまり出現頻度が高い魔物ではないです。ゲートには種類が完全にバラバラな時と、一定の似たような種類の魔物がたくさん排出される時があります。今回はざっと素材を見るに前者のようですので、こうした珍しい魔物が紛れることもあるのでしょう。後者の場合は基本的に珍しくない、そこまでの強さがない魔物が群れで現れることがほとんどですので」
「そうなんですね」
ゲートにも一応の規則性みたいなのはあるんだね。本当に不思議な現象だ。確か魔界と繋がる門とかって言われてるんだよね……本当に魔界なんてあるのかな。
「さっきワイバーンが風の刃を放つって仰ってましたが、それって精霊魔法とは違うのですか?」
「はい。精霊は空気中に漂う魔力を使いますが、魔物は体内に魔力を有していると言われております。それを個々で現象に変換させられるらしいです」
「それって強いですね……」
話を聞けば聞くほど魔物ってこの世界の脅威だ。もし一体でも多数の犠牲者が出るような魔物が、大量に溢れてくるゲートとかが発生したらどうなるんだろう……うん、考えるの止めよう。
私は怖い想像で寒さを感じ、無意識に腕を擦った。
「クレール、この二つを買ったから荷車に乗せてくれ」
クレールさんに色々と教えてもらっているとダスティンさんの話も終わったようで、結局ビッグバットとワイバーンの飛膜を一つずつ買ったらしい。
「かしこまりました」
この市場では大きな素材を扱うことから荷車が貸し出されていて、その一つにクレールさんが購入した飛膜を詰め込んだ。そして上から分厚い布のカバーを被せて、盗まれないように注意をする。
「他に狙い目の魔物を教えてもらったから次に行くぞ」
「分かりました。確かスネーク系やフロッグ系の皮が欲しいって言ってましたよね?」
リューカ車で聞いた話を思い返しながら聞くと、ダスティンさんは楽しそうに頷いた。
「その通りだ。今回はスネーク系の魔物が比較的多いらしい。良いものがたくさん買えるぞ。次は……あそこだな」
それから私たちはスネーク系の魔物の皮を十数枚、フロッグ系の魔物の皮を数枚、さらにベア系やボア系の魔物の毛皮や爪。他にも多種多様な魔物の素材を購入し、荷車がいっぱいになったところで、やっと臨時市場の全てを回り終えた。
「良い買い物ができたな」
ダスティンさんは今まで見たことがないほどに口角を上げ、機嫌が良さそうだ。
「私も楽しかったです。とても勉強になりました。クレールさん、色々と教えてくださってありがとうございます」
最初に質問してからは、聞かなくても魔物についてその都度教えてくれたのだ。本当にありがたいし為になった。
「お役に立てたのでしたら良かったです。ダスティンさんの側にいるのならば、魔物に関する知識は必要です」
「そうですよね。頑張って覚えます」
私が拳を握りしめて決意を固めると、クレールさんは僅かに微笑んでくれた……気がする。最初よりは仲良くなれたかな。
「ダスティンさん、明日からはどうするのですか?」
「まだ予定の滞在日は何日かあるが、欲しいものは全て買えたし早めに研究をしたいな。明日の朝早くに帰るのはどうだ? それならば明日の夕方には王都に着くだろう」
「賛成です。早く帰ることができれば、それだけ早く仕事に出られるのでありがたいです」
「私も問題ありません」
私とクレールさんがダスティンさんの提案に頷いたところで、帰還日は明日に決まった。
「では今夜は早めに休もう」
それからは足早に宿へと戻り、購入した荷物をリューカ車に全て詰め込んでから、宿の夕食を堪能して眠りについた。




