96、臨時市場とお揃い
そこまで広い街ではないということで徒歩で移動することになり、宿を出てダスティンさんとクレールさんと並んで市場に向かった。
「市場はどこにあるのですか? リューカ車からはそれらしき場所が見つからなかったのですが」
「場所は外門の近くにある広場のようです。この街には外門が二つあり、私たちが入ってきた門とは別の方ですね。ここからだと徒歩で十分程度で着くと思います」
「結構近いのですね」
別の外門から入って街中をリューカ車で進んだ時間はそこまで長くなかったことを考えると、この街は予想以上にこぢんまりとしているのかもしれない。
「そこの畑がある場所を右に曲がります」
「分かりました」
クレールさんの案内に従って歩みを進めながら、王都とは違う街並みを眺める。畑があって住宅があって、たまに建物が密集している場所もあって。こういう長閑な街の風景を見てると、日本の地元を思い出すよね……。
日本の郊外……よりはもう少し田舎の街って、大体こんな感じのイメージだ。なんだか凄く懐かしい。こういう畑と住宅が点在している通学路を、自転車で毎日通っていた。
「どうしたんだ? 何か気になるものがあったか?」
ぼーっと景色を眺めていたからか、ダスティンさんが少しだけ眉間に皺を寄せ、心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「いえ、素敵な街並みだなと思っていたんです。このぐらいの方が落ち着きますね」
「確かにな……私もこの街の風景は嫌いではない」
ダスティンさんは屈んでいた姿勢を正して、街並みをぐるりと見回した。その口元には僅かな笑みが浮かんでいるように見える。
「あっ、もしかしてあれが市場ですか!」
目の前に人がたくさん集まる広場が見えたので思わず声を上げると、クレールさんが肯定してくれた。私が予想していた以上に賑わっているみたいだ。
「あんなに人が集まるんですね。素材を売っているのは騎士でしょうか」
「いや、市場を設営したり店番をするのは、基本的に今回限りで雇われた街の者だな。数人だけ下っ端の騎士がいるぐらいだろう」
「そうなのですね」
市場に近づくとガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきた。売る側の人間もたくさんいるけど、街の人たちも見学に集まっているみたいだ。
「少しは魔物素材があるということは、ゲートは開いているようだが……まだ早かったな」
「本当はもっとたくさんの素材が並ぶのですか?」
「ああ、テーブルに乗り切らず地面に布を敷いて並べられたり、木箱に詰められたままの素材がたくさんあるのが一般的だ。今の時間でこの感じだと、買い付けは明日だな」
そんなに素材ってたくさん集まるんだ。今だって見て回るのが楽しそうなほどには置かれてるのに。
「明日は早く起きた方が良さそうですね」
クレールさんのその言葉にダスティンさんが頷き、開かれているお店をざっと確認してから広場を出た。
「今日は観光にするか。レーナは行きたいところがあるか?」
「私の希望で良いのですか?」
「ああ、私はこだわりがないからな」
「ではお土産を見に行きたいです。観光客向けの市場などはあるのでしょうか?」
私のその疑問に答えてくれたのはクレールさんだ。ここから徒歩で二十分ぐらいのところに、染色工房が密集している場所があるらしい。その近くに布を売るお店もあるそうだ。
「クレールさん、情報量が凄いですね。いつの間に調べたんですか?」
「宿で時間がありましたので。このぐらいは当然のことです」
クレールさんは表情を変えずにそう言うと、私たちを案内するために一歩前に出てくれた。そんなクレールさんにダスティンさんは当然のように付いていく。
「ダスティンさんも布を買うんですよね?」
「そうだな。良いものがあれば買おうと思う」
「自分の服を仕立てるのですか?」
「いや、服というよりも魔道具作りに使うつもりだ。素材として布が必要な場合もあるからな」
魔道具作りに……ダスティンさんって、本当に魔道具が中心で生活が回ってるよね。ここまで一つのことを好きになれるって凄いと思う。私はいろんなものに興味がいくタイプだから、一つだけに熱中できないのだ。
「レーナは自分の服を仕立てたら良いんじゃないか?」
「はい。何着か仕立てたいなと思ってます。家族とお揃いも良いかなと」
「……それは良いな」
「……ダスティンさんもお揃いにしますか?」
遠くを見ながら瞳を細めたダスティンさんがなんだか悲しそうに見えて、思わずそう提案してしまった。するとダスティンさんはかなり驚いたのか、足をピタッと止める。
「……良いのか?」
「もちろんです。上着とかをお揃いにしたら可愛いと思います。あっ、作業着も良いですね」
その提案に少しだけ口元が緩んだのを見て、私は絶対にお揃いで仕立てようと決めた。
「クレールさんもお揃いにしますか?」
「します」
「……即答ですね」
この流れでクレールさんだけ仲間はずれは可哀想だろうと思って提案すると、予想以上の速度で頷かれた。
「お前もするのか?」
「もちろんです。ダスティンさんとお揃いにするチャンスですから」
……そういうことか。クレールさんって、本当にダスティンさんのこと大好きだよね。
「……凄く嫌だな」
ダスティンさんが呟いたその言葉は聞かなかったことにしたのか、クレールさんは機嫌良く足を進めた。




