93、野営とクレールさん
クレールさんの無駄のない動きをぼーっと見ていると、すぐに夕食は完成したのか私たちが休んでいる場所まで器を持ってきてくれた。
中に入っているのは具沢山のスープみたいだ。
「美味しそうです」
「ありがとうございます。もう一品作りますので、先にスープで体を温めていてください」
「分かった」
ダスティンさんはそれが当たり前というように器とスプーンを受け取り、さっそく口に運んでいる。私も渡されて思わず受け取っちゃったけど、クレールさんが働いてるのに良いのだろうか。
でもせっかく作ってくれたスープを食べずに冷ますのも勿体ないし……早く食べて手伝おうかな。
そう結論づけた私は、スプーンでたくさんの具材を同時に掬って大きく口を開けた。頬が膨らむほどの量に少し入れ過ぎたと後悔しつつ咀嚼していると、そのスープの美味しさに驚いて、思わずクレールさんを見つめる。
「……凄く美味しいです」
飲み込んでからそう呟くと、ダスティンさんは上品にスープを口に運びながら頷いた。
「クレールは料理が上手いんだ。味付けのセンスがある」
「はい。味が濃すぎないけど薄くもない、本当にちょうど良い塩梅です。それに野菜の下処理とか凄く丁寧ですね」
最近はお兄ちゃんがよく家で練習してるから、ここまで綺麗に処理をするのがどれほど難しいかは分かる。さっきの短時間で作ったとは思えないスープだ。
「あいつに言ったら喜ぶぞ」
「……そうでしょうか。ダスティンさんに褒められた方が喜ぶと思いますが」
「いや、あいつは意外とレーナのことを気に入っている。そうでなければレーナの膝掛けはないし、夕食も自分で作れと言われるはずだからな」
そうなんだ……確かにダスティンさんのついでとしても優しいなと思ってたけど、気に入られてたのか。
すっっっごく分かりづらい!
「クレールさんって、ツンデレですか?」
「はははっ、あいつのことをそんなふうに評価したのはレーナが初めてだな」
ダスティンさんが楽しそうに笑うと、クレールさんが悔しそうに? こっちを睨んでくる。
「ダスティンさん、凄く睨まれてる気がするんですけど。やっぱり嫌われてるんじゃ……」
「大丈夫だ。あの表情は睨んでるというよりも羨ましがっている」
「……分かりづらいです。ダスティンさん、よく分かりますね」
「あいつとの付き合いは長いからな。家族よりも一緒にいた時間は長い」
そうなんだ。確かにお付きの人とかってずっと一緒にいるイメージはある。クレールさんがそういう存在っていうのは私の予想だけど。
「おっ、二品目も完成したらしいな」
「え!? 早いですね。食べてから手伝いに行こうと思ってたのに」
私のその言葉が聞こえたのか、クレールさんがギッと鋭い視線を向けてきた。
「ダスティンさ……んの世話を私から取ろうとするならば、全力で阻止します」
「いやいや、そんなつもりはないです。全く、これっぽっちも」
全力で手を横に振って頭も横に振ると、クレールさんは鋭い視線を少しだけ緩めてくれた。
ダスティンさん、やっぱり気に入られてない気がするんですけど……それどころか敵視されている気がします。
「こちら、ラスートの薄焼きに肉や野菜を細かく刻んで煮込んだペーストを載せてあります。包んでお召し上がりください」
クレールさんはダスティンさんにこれ以上ないほどの笑みを浮かべてお皿を差し出すと、次に私にも同じ料理を渡してくれた。
まだ子供の私でも食べやすいように、大きな一つじゃなくて小さめの薄焼きを二つ作ってくれてるみたいだ。
……やっぱり優しい?
「ありがとうございます……」
「なぜ不思議そうなのですか。私の料理が気に入らないとでも?」
「い、いえ! そうではなくて。あの……なんで私に対してもこんなに優しいのかなと思いまして。ほぼ初対面みたいなものですし」
思わずそんな疑問を口にすると、クレールさんは当たり前のことを言わせるなと言わんばかりの表情で口を開いた。
「ダスティンさんを笑顔にする方は評価いたします」
おお……おぉ? ということは、どういうことだろう。
今までのやり取りを思い返すと……大好きなダスティンさんを笑顔にする人は評価できるけど、ダスティンさんを自分以外の人が笑顔にしてるのはちょっと気に食わないとか、そういうこと?
――いや、面倒くさっっ!
まあでも、ダスティンさんに近づく人は全員敵だ! みたいな感じじゃないだけマシなのかな。
とにかくこれだけは確実なのは、クレールさんの第一は何においてもダスティンさんってことだよね。自分の気持ちよりもダスティンさん優先だから、私のことも評価してくれてるのだろう。気に入ってるかどうかは別として。
「とりあえず……ありがとうございます?」
微妙な評価のされ方で曖昧な返答になると、クレールさんは自分の料理が気に食わないわけじゃないということで満足したのか、また調理場に戻っていってしまった。
ダスティンさんはそんなクレールさんは日常茶飯事なのか、全く気にせずラスート包みを食べている。
「なんだかお二人って凄いですね」
私もラスート包みにかぶりついてから呟くと、ダスティンさんは不思議そうに首を傾げた。
「そうか? 凄いのはクレールだけだと思うが。あいつの執念にはたまに驚く」
いや、あの勢いのクレールさんにたまに驚くぐらいのダスティンさんも凄いと思います。その言葉が喉まで出かかっていたけど、クレールさんが自分の食事を持ってこちらにやってくるのが見えたので止めておいた。
クレールさんがいる場所でダスティンさんへのマイナス評価は絶対にダメだ。そう心に刻み込んだ。




