92、道中と地理
街を出て街道を進み始めたところで、窓の外に流れる景色を眺めていたダスティンさんが私に視線を向けた。
「レーナ、これから行く場所について話をしておこうと思うんだが良いか」
「もちろんです! リューカ車で一日という話でしたけど、まだこの国の中なんですよね?」
私が身を乗り出して聞いたその質問に、ダスティンさんは面食らったような表情で数秒固まった。
「……そうか、国の大きさも知ることがなければ分からないんだな」
「はい。ロペス商会ではこの街のことはかなり教えていただいて、別の街からの輸入品を扱うときにはその街の特性なども教えてもらったのですが、街同士の距離や位置関係がいまいちよく分かっていないんです」
詳細な世界地図を渡してもらえたら頑張って覚えるんだけど、そういうのはないみたいなんだよね。少なくともロペス商会で手に入るものではないらしいというのが私の結論だ。
「私は大まかな位置関係ならば把握しているので教えよう」
「本当ですか! ありがとうございます。やっぱり魔道具師の方々はいろんな場所に行くので把握しているのでしょうか」
「――そうだな。自ら大まかな地図を作る者もいる」
「凄いですね」
自分で地図を作るってことは、地図がない状態で遠征してるってことだ。いくら街道が整備されてるとはいえ、それって勇気がいるよね。
「とりあえずこれから向かう場所だが、まだアレンドール王国内だ。それも王都アレルとその周辺に広がる、王領の中だな。王領から出ると貴族が持つ領地があり、この国の端まではリューカ車で一週間はかかる」
リューカ車で一週間……この国ってそんなに広かったんだ。
「今回のゲートが開いたのは広大な草原の中らしく、近くにある街まではリューカ車で半刻ほど。魔物素材の市場はその街に開かれる予定なので、我々が向かうのはそこだ」
「ゲートがある場所には行かないんですか?」
「もちろんだ。危ないからゲート周辺は立ち入り禁止の決まりとなっている」
まあそうか。魔物が絶え間なく出現するゲートなんて、一般人を近づけたら危なすぎるもんね。戦いの邪魔になっちゃうだろうし。
「ゲートからの魔物放出は短ければ数時間、長ければ数日に及ぶ。市場が活発になるのは魔物の放出が終わりゲートが閉じた後だから、まだ時間的には余裕があるな」
長ければ数日! そんなに魔物が出てきて大丈夫なのかな……対処に当たる騎士とか兵士? の人達は強いだろうから大丈夫なんだと思うけど、未知のものはやっぱり怖い。
私に戦う力があれば良かったのに。無い物ねだりをしても仕方がないけど、こういう世界では特に強さを求めてしまう。私は一人で獣に襲われただけで命が危ないからね。
「これから向かう街は大きな街なんですか?」
「王都ほどではないが、街と呼ばれるほどには発展している。気候的に染料がよく育つため、染め物が有名だ」
「へぇ〜そうなのですね。おしゃれな布や服があるのでしょうか」
「私も行くのは今回が初めてだが、そう聞いている」
「それは楽しみです」
魔物素材が市場に並ぶまでに時間がありそうだし、少しは観光できるかな。お金も持ってきてるし、皆へのお土産を買いたい。ロペス商会にも買いたいから……手軽な日持ちする食べ物とかあったら良いな。
「そういえば飛行の魔道具だが、どんな素材を狙うのかは事前に決めておきたい。レーナは風を受ける部分はどんな素材が良いと思う?」
ダスティンさんは紙飛行機を取り出して、その翼部分を指差した。
「そうですね……やはり軽くて頑丈な素材が良いと思います。そしていくつかの素材をくっつけてしまうとそこから壊れやすいと思うので、できれば一つの大きな素材が良いかと」
「そうだな。狙い目は……大きな魔物の皮、空を飛ぶ魔物の翼部分、それからフロッグ系魔物の皮も良いかもしれんな。スネーク系の皮もありか?」
おおっ、なんだか異世界って感じだ。こうして候補を聞くだけでちょっとテンション上がるかも。
でも実際に目の当たりにすると割とグロいんだよね……グロ耐性はスラム街で鍛えられたから、大丈夫だと信じたい。
「空を飛ぶ魔物もいるんですね」
「もちろんいる。これが一番厄介で、包囲網から逃げられやすいんだ」
「確かにそうですよね……逃げられたらどうするんでしょうか」
「飛行魔法で空を飛べる騎士が追いかけて地面に落とす。落としたら下で他の騎士も応戦して倒すって感じだな。空を飛べる者がいない場合は、なんとか下から追いかけて魔法で倒すと聞いたことがある」
騎士の仕事って命懸けで大変なんだね……その働きによって私たちの平和な生活が保たれてるんだから感謝しないと。
それからもダスティンさんと楽しく話をしながらリューカ車に揺られ、辺りが暗くなってきたところでクレールさんは車を止めた。
「ちょうど野営場所がありますので、本日はここで泊まることにしましょう」
リューカ車から外を見てみると、街道の脇に整備された平らな土地があるみたいだ。石で作られた調理場のようなものも端に設置されている。
「こんな場所があるんですね」
「ああ、街道には定期的に設置されている。他にも宿泊者がいることは多いんだが、今回は私たちだけのようだな」
ダスティンさんに続いてリューカ車から降りると、クレールさんがすぐ地面に分厚い布を敷いてくれて、光花で光源を確保してくれた。夜は肌寒い季節なので、膝掛けも手渡してくれる。
「こちらで休まれていてください。私は夕食の準備をして参ります」
「ああ、頼んだ。お前も無理せず休めよ」
「お心遣いありがとうございます。しかしこの程度では疲れておりませんので問題ございません」
クレールさんは嬉々としてリューカ車に戻ると、たくさんの荷物を抱えて降りてきた。本当にダスティンさんの世話を焼くのが楽しそうだよね……逆に手伝ったら嫌がられそうだ。




