91、同行人と出発
急いでダスティンさんの工房に戻ると、工房の玄関前には立派なリューカ車が停まっていた。明らかに個人の持ち物に見えるリューカ車を呆然と見上げていると、ダスティンさんが工房から両手に荷物を抱えて顔を出す。
「レーナ、戻って来たのか。その荷物を持ってるってことは行けるんだな」
「……は、はい。仕事の休みをもらって、家族にも伝えて来ました。あの……これって定期便じゃないですよね? レンタルのリューカ車とかですか?」
一般的なデザインとは異なるその外観から違うんだろうなと思いつつ聞いてみると、ダスティンさんは案の定首を横に振った。
「そうじゃない。これは私の持ち物だ。普段はリューカの世話も込みで手入れは専門家に任せているんだが、さっき連絡して準備を頼んだ」
やっぱりそうなんだ……自前のリューカ車を持ってるのなんて、商会単位でしかあり得ないと思っていた。それもかなり稼いでる商会だけだ。
「魔道具師の方々って、リューカ車を持ってるのが普通なんですか……?」
「どうだろうな、あまり聞いたことはない。知り合いに借りたりレンタル業者で手配するという話は聞くが」
「……ダスティンさんは何で持ってるんですか?」
「私はちょっとした伝手でな。数年前にもらったんだ」
そのちょっとした伝手がめちゃくちゃ気になるんだけど、今まで過去の話は基本的にはぐらかされて来たから聞きづらい。
「凄いですね」
「そうだな……ただ管理維持費がかなり掛かるから、毎回レンタルするのよりも高くつくぞ。まあ慣れた車だと移動の負担が減るところは良いが」
車部分に荷物を乗せながらそう言ったダスティンさんは、中を覗き込む形になっていた上半身を外に引き戻し、身軽になったところで私と視線を合わせた。
「一つだけ憂鬱な報告があるんだが、同行者が一人増えた」
「え、そうなんですか?」
ダスティンさんが誰かと親しくしているところをあまり見たことがなかったので意外に思っていると、ダスティンさんは眉間に皺を刻んで重そうに口を開く。
「ああ、最悪のタイミングであいつが訪ねて来てな……」
そんなに嫌そうにする相手って誰なんだろう。そう思ってどんな人なのかと聞こうとしたその瞬間、前に一度だけ会ったことがある顔がリューカ車の向こう側から現れた。
「そのように邪険にしないでください」
「はぁ……クレール、本当に一緒に来るのか?」
あの時に会った人だ。ダスティンさんに内覧の付き添いを頼みに工房に寄った時、私のことを探るような瞳で見てきた人。
「もちろんです。街から出る時には必ず連絡してくださいと、いつも言っているではないですか」
「私はもう子供じゃないんだ。一人でも問題ない」
「そのような問題ではありません」
クレールさんは嫌そうな顔をするダスティンさんに有無を言わせぬ態度だ。
「レーナ、こいつはな……前に一度だけ会ったと思うが、昔からの知り合いだ。どうしても一緒に行くと聞かないものだから連れて行くことにした。鬱陶しいかもしれないが耐えてくれ」
「レーナさん、よろしくお願いいたします」
「あっ、よ、よろしくお願いいたします。クレールさん」
にっこりと笑みを浮かべて挨拶をしてくれたクレールさんからは、敵意のようなものは感じない。とりあえず仲良くする気はある……のかな。それなら良いんだけど。
「ダスティンさ……ん、こちらはどこへ置けばよろしいでしょうか?」
「それは一番奥で良い。お前、付いてくるからには働いてもらうからな」
「もちろんでございます。ではご命令を」
「とりあえず工房のテーブルに積んである荷物は全て車に運んでおけ。金の管理は俺がやるから触らなくて良い。それから御者は頼んだ。道中の食事も任せるぞ」
え、そんなに頼んじゃって良いの!? さすがに嫌がらせの域なんじゃ……そう思ってそっとクレールさんの様子を伺うと、クレールさんは今までで一番嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「かしこまりました。お任せくださいませ」
こんなパシリみたいに使われて、嬉しそうにしちゃうんだ……昔からの知り合いって言ってたし、クレールさんはストーカーになりかけるほどにダスティンさんが大好きで、ダスティンさんはそんなクレールさんが鬱陶しい、みたいな関係性?
さらにダスティンさんはクレールさんに命令することに慣れてそうだし、クレールさんは命令されるのが嬉しそうだし……やっぱりダスティンさんは名のある商会の子息とかで、実家で色々あって今はここで一人暮らしてるのかな。
それでクレールさんは、実家の商会でダスティンさんに付けられていた従者的な存在の人とか。
「レーナ、荷物はそれだけか?」
「……は、はい!」
二人の関係性に思考を巡らせて自分の世界に入りかけた私を、ダスティンさんの声が引き戻してくれた。
「重いだろう? 車に乗せた方が良い」
「ありがとうございます。私も何か準備を手伝えることがあるでしょうか?」
「いや、それは全部クレールに任せておけば良い。私たちはもう車に乗ろう」
私はダスティンさんのその言葉に素直に頷いて、車に乗り込んだ。私が進行方向を向くことができる席で、ダスティンさんが私の向かいだ。他の席は全て荷物で埋まっている。
「クレールさんは御者ですか?」
「ああ、中には乗れないからな。本当は私が御者をする予定だったんだが、中が窮屈になってすまない」
「いえ、一緒に乗っていた方が話ができて楽しそうです」
「それなら良かった」
それから席の座り心地を確かめたり、乗せられているたくさんの荷物を何気なく眺めたりしていると、御者席と続く小窓が開いてクレールさんの声が聞こえてきた。
「では出発します」
「あまり急がなくても良いから安全にな」
「かしこまりました」
リューカ車はゆっくりと動き出し、大通りに出て外門へ向かった。これから街の外に、それも街から離れた場所に行くんだよね……凄く楽しみだ。




