89、改良案
私は自分の中で考えをまとめたところで、ダスティンさんと視線を合わせた。
「ダスティンさん、まずはその方が使っていたというこの形を全て忘れるべきだと思います。そして物理的に飛びやすい形を追求しましょう。例えばですが……ちょっと紙をもらいますね」
私は適当な端紙を手に取って記憶を頼りに折っていき、ヨットを作った。そして二枚目の紙で紙飛行機を作る。
「少し形は違いますが、こちらが飛行魔法の使い手の方が使っていたという円盤だと思ってください。そしてこちらは私が空を飛ぶのに適していると思う形です。どちらも飛ばしてみますね」
工房の端に向かって順番に同じフォームで飛ばすと、ヨットの方は目の前に落下して、紙飛行機は部屋の中ほどまで飛んでいった。
「一目瞭然だと思いますが、これほど飛距離が変わります。なので飛行の魔道具を開発する際には、そちらに飛んでいった形を元にした方が良いのではないかと思うのですが」
私がそこまで説明すると、ダスティンさんはふらっと立ち上がって私の下に怖いぐらい真剣な表情で歩いてきて、ガシッと私の肩を掴んだ。
「レーナ……お前はやはり天才だ!!」
お、おお、凄い勢いだ。とりあえず喜んでもらえたなら良かったけど。
「まず、これはどうやって作ったのだ? 紙をよく分からない向きに折っていると思ったら、すぐに出来上がっていた。それにあの飛んでいった形、あんなのどうやって思いついたんだ! 私は今まで見たことがないぞ!」
「えっと……紙を折るのは暇つぶしにやっていて、あの形はたまたま思いついたと言いますか。あの……鳥っているじゃないですか。鳥が羽を広げた形に似せた方が、空を飛べるんじゃないかなーと」
私がなんとか理由を捻り出すと、ダスティンさんは興奮していて私の不自然な態度には全く気づかなかったのか、素直に賞賛してくれた。
「本当に凄いぞ! レーナはなぜそのように素晴らしい発想を次から次へと生み出せるのだ。やはりスラム育ちというのが大きいのか? 私もスラムに引っ越しを考えるべきなのか……」
「いやいや、それは違うと思います!」
ダスティンさんの斜め上の考えを慌てて止めたけど、まだ悩んでいるのか顎に手を添えて眉間に皺を寄せている。
「あの、スラムにはこの工房のものなんて何一つ持っていけないので、魔道具開発ができなくなります。鍵がしっかりと閉まる防犯性の高い場所は皆無なのでお金もたくさん持っていけば盗まれますし、食べるものに困って豊かな発想を育むどころじゃなくなります。私は……スラム街で培ったというよりも、生まれ持った性質もあると思うので」
私のせいでダスティンさんが馬鹿な行動を起こさないようにとスラムに行くデメリットを並べると、やっと納得してくれたのかダスティンさんは深く頷いた。
「確かにそうだな。ただそうなると、そんな環境でここまでの発想力を持つレーナが本当に凄い」
「ありがとうございます……私は自分で言うのも微妙ですが、ちょっと普通じゃないので」
「……自分で分かっているのか?」
ダスティンさんは瞳を見開き私を凝視する。その言葉が返ってくるってことは、ダスティンさんも私のことを普通じゃないと思ってるってことだよね……まあその通りだから反論もないけど。
「さすがに少しは分かります。周りと全然違いますから」
「そうだな。……まあレーナの場合は、良い方向に突き抜けているのだから気にする必要はない」
ダスティンさんは私が気にしていると思ったのか、いつもより優しい声音で気遣わしげにそう言ってくれた。私はそんなダスティンさんの心遣いが嬉しくて、自然と頬が緩む。
「分かりました。今まで通り気にせずいきます」
「それが良い。ではレーナ、さっそく先ほどの紙を折ったものを参考にして設計図を書くぞ」
「はい!」
それからのダスティンさんはものすごい集中力だった。私が折った紙飛行機を見ながら設計図を描き、紙飛行機の折り方を少しずつ変えてどんな形が一番飛ぶのかを検証し、それを設計図に反映していく。
そうして数時間が経過し……やっとペンを置いたダスティンさんは、眼鏡をくいっと上げると眉間に皺を寄せた。
「レーナ、全く素材が足りない。これは買い付けに行かなければダメだな」
「素材って魔物素材ですよね? この街で売ってるところがあるんですか?」
「たまに流れてきた魔物素材が売られていることもあるが、基本的にはないな。魔物素材は出現したゲートの近くで、討伐された端から売りに出されるんだ」
ダスティンさんはそこまでを口にするとニヤッと笑みを浮かべて、机の上に置かれていた一通の手紙を手に取った。
「実はな、ちょうど昨日の夜にゲートが開かれる前兆の光が空に上ったと連絡が来た。この光が目撃された約二日後にゲートは開くんだ。要するに明日だな。場所はこの街からリューカ車で一日ほど。今から行けば十分間に合う」
めちゃくちゃタイミング良いね……というか、ゲートが開く前って前兆があるのか。本当に不思議だ。魔物が出現するゲートが定期的に、それも決まった場所じゃなくてそこかしこに開くとか。どういう原理なのか凄く気になる。
「そんな連絡が来るんですね」
「魔道具師にはな。今回は見送ろうかと思っていたんだが、やはり買い付けに行こうと思う」
「――その買い付けって、危なかったりしますか?」
「危険は……ないとは言わないが、魔物に相対するわけじゃないからそれほどでもない」
なんでそんなことを聞くんだと不思議そうなダスティンさんの言葉を聞き、私は顔を輝かせて口を開いた。
「その買い付け、私も一緒に行って良いですか!」
ゲートの存在はずっと聞いてるけど実際には見たことがないから気になるし、魔物素材の臨時市場なんて凄く楽しそうだ。それに私はこの街以外の場所を知らないから、街から離れたところに行ってみたい。
「別に構わないが、レーナには仕事があるだろう? リューカ車で一日とは言っても向こうに数日は滞在するし、一週間ほどはこの街に戻って来られないぞ」
一週間か……長いけど行きたい。問題は仕事の休みがもらえるかどうかだよね。急だし長期間だから難しいとは思うけど、筆算の研究発表の褒美をまだもらってないから、その褒美の代わりに休みをもらえないだろうか。
ギャスパー様に交渉する余地はあるかな。
「これからロペス商会に行って、休みがもらえたら同行しても良いでしょうか」
「それならば構わんが、休みがもらえる可能性があるのか?」
「はい。保留にしている褒美があるので、もしかしたら」
「分かった。では休みがもらえたら出発準備を済ませてここに戻ってきてくれ。早ければ一刻後にはここを出るが、それまでに戻ってこなかったら置いていくからな」
ダスティンさんのその言葉に大きく頷いた私は、さっそくロペス商会に向かうために工房を後にした。




