61、買い物とお祝いの品
またこの世界の標準である九日連勤をこなし、二度目の休日になった。今私がいるのは街中の市場だ。
今日はダスティンさんの工房に向かう予定だけど、その前にジャックさんへのお祝いの品を買いに来た。私がロペス商会に雇ってもらえたお祝いに整髪料と櫛をもらったので、そのお返しをしたいと思っているのだ。
それからダスティンさんのところに持っていく手土産も買いたい。この前子供って言われたからね……実際に子供だってことは否定しないけど、少しは大人な部分も見せたい。
……こうしてムキになってるところが子供だって言われたら反論できないけど。
まあ大人な部分を見せるとか関係なく、色々と良くしてもらってるんだから手土産ぐらい持っていくべきだよね。
「いらっしゃいませ〜。可愛いお花が揃ってますよ」
市場を見て回っていたら、お花を売っているお店の女性に声をかけられた。でもお花は……さすがに違うよね。ダスティンさんへの手土産は甘いもので決まりだし、ジャックさんへのプレゼントはもう少し実用性があるものが良いだろう。
例えばちょっとオシャレなペンとか。あっ、髪飾りが売ってる。でも……髪飾りはたくさん持ってるか。さすがにあれ以上あっても仕方ない気がする。
……そうだ! 髪飾りを仕舞っておく箱はどうだろう。ロッカーの中が髪飾りでいっぱいだって、この前ジャックさんが言ってたのだ。
「あの、すみません。髪飾りを綺麗に仕舞っておける箱って売ってますか? 贈り物なんですけど」
髪飾りを売っているお店の店員さんに聞いてみると、店員の女性は笑顔で頷いてくれた。店頭には出ていない商品のようで、いくつか後ろから取り出してくれる。
「こちらの三つですね。右から二つは引き出しタイプで、左のものは開戸タイプです。触っても良いですよ」
「ありがとうございます」
三つの箱はどれもとてもシンプルだった。装飾などはなくて機能性重視という感じだ。やっぱりそこは市場のお店なのだろう。多分お洒落なものは、大通り沿いの雑貨店とかに売ってるのだ。
でも私にとってはちょうど良い。ジャックさんは装飾されたお洒落な箱よりシンプルなものの方が喜びそうだし。
どっちが良いかな……引き出しタイプの方が収納できる髪飾り数が多いって利点があるけど、開戸タイプには開いてすぐに全部の髪飾りを見られるっていう利点がある。
ジャックさんは利便性重視かな……そもそも、そんなに髪飾りの数を増やさないだろうし。
「これはいくらですか?」
「銀貨一枚です」
「……じゃあ、これでお願いします」
ちょっと高いけどジャックさんが申し訳なく思うほどの値段じゃないし、感謝の気持ちとお祝いの気持ちの両方が伝わってちょうど良いだろう。
「分かりました。お買い上げありがとうございます」
お金を支払って、持っていたトートバッグ型の鞄に箱を入れてもらったら、ジャックさんへの買い物は終了だ。
次はダスティンさんへの手土産だね。
それから私は楽しく市場を見て回って、ダスティンさんへの手土産も無事に買うことができた。さらには安いものだけど、いつもお世話になっているロペス商会の皆にも手土産を買った。
皆にはいつもお昼ご飯を分けてもらったり、お菓子をもらったり、可愛い髪飾りをもらったり、思い出せばキリがないほどにいろんなものをもらってる。子供は気にしなくても良いって言われそうだけど、たまには恩返ししないとだよね。
たくさんの荷物を持ってロペス商会に向かうと、ちょうどジャックさんとポールさん、それからニナさんが休憩室にいた。昨日帰る前に今日の休憩表を見ておいたけど、ちゃんと時間通りだったみたいだ。
「あれ、レーナちゃんどうしたの? 何か忘れ物?」
「いえ、皆さんに少し用事があって寄りました。まずはジャックさん、かなり遅れちゃったけど本店に異動おめでとう! あと私をギャスパー様に紹介してくれて、本当にありがとう。ちゃんとお礼もお祝いもできてなかったから、遅くなったけどこれ使ってくれたら嬉しいな」
改めてお祝いや感謝を述べるのは何だか恥ずかしくて、ちょっとだけ早口になりながら鞄から箱を取り出すと、ジャックさんは驚きの表情のまま受け取ってくれた。
「それ、髪飾りを収納しておけるものなんだって。ジャックさんは一つ持ってたら便利なんじゃないかと思って」
「……レーナ、ありがとな。すげぇ嬉しい」
ジャックさんは噛み締めるようにそう言って、ニカっと眩しい笑みを浮かべた。喜んでもらえて良かった……やっぱりこういうプレゼントって緊張する。
「レーナちゃん! 本当に良い子ね……!」
「うわっ」
私たちの様子を見ていたニナさんが、感極まった様子で私をぎゅっと抱きしめた。ちょっとニナさん、力強い……
「ジャック、絶対大事にしなさいよ! 一生大事にしなさいよ!」
「お、おうっ、もちろんだ」
「いや、別にそこまでしなくても……」
「いいえ、レーナちゃんからの贈り物なのよ? そのぐらいは当然よ」
腰に手を当てて胸を張ってそう宣言するニナさんは、何故か自慢げで可愛らしい。ニナさんにも何か買ってくれば良かったかなぁ。ニナさんって意外と可愛いものが好きだから、可愛いぬいぐるみのキーホルダーとか喜んでくれる気がする。
「あの、これは皆さんになんですけど、クッキーの詰め合わせを買ってきました。いつも色々と頂いてるので。休憩の時にでも食べてください」
とりあえず皆への手土産を渡そうと思って鞄から取り出すと、それに真っ先に反応したのは予想通りポールさんだった。
「クッキー! 買ってきてくれたの!?」
「はい。日頃の感謝とお礼に」
「やったー! レーナちゃん、ありがとね」
ポールさんが感動の面持ちでクッキーを受け取り、さっそく開けようとしたところで……ジャックさんとニナさんが同じタイミングでポールさんの頭を軽く叩いた。
「ポールは一番最後だ」
「そうよ。ポールが食べたら一瞬で無くなるじゃない。まずはギャスパー様に持っていって、次に皆で分けて残ったのをあげるわ」
「え、今食べちゃダメなの!?」
「……じゃあ、一つだけよ」
ニナさんの渋々といった様子のその言葉に、ポールさんは満面の笑みでクッキーに手を伸ばした。ポールさんって本当に美味しそうに食べるよねぇ〜見てるだけで幸せになれる食べっぷりだ。
ジャックさんはイケメンすぎる絶対の推しだけど、最近はポールさんも可愛い癒され枠で私の推しになりつつある。
というかポールさんって、仕事できて計算能力かなり高くて料理もできて癒しオーラ出てて、意外とモテるんじゃないだろうか。
「じゃあ私は行きますね。お仕事頑張ってください」
「ええ、レーナちゃん、本当にありがとう」
「レーナ、ありがとな。これ大切に使う」
「レーナちゃん、クッキー美味しいよ」
私はニナさんとジャックさんの言葉に笑顔で頷いて、ポールさんの言葉で少しだけ苦笑混じりの笑みになり、最後に皆に手を振って裏口からお店を後にした。
これで今日の予定一つ目は終了だ。次はダスティンさんの工房に行こう。




