59、友達との楽しい時間
それからもエミリーとサーテを味わいながら話に花を咲かせていると、私たちのところにハイノがやってきた。
「レーナ、俺たちにも分けてくれてありがとな」
「ハイノ! ……なんかまた背が伸びた?」
「最近かなり伸びてるんだ」
「良いなぁ」
私にも早く成長期が来て欲しい。十歳の子供の身長は、思っていたよりも低くて不便なのだ。基本的に世界は大人目線で回ってるから、この身長だと見えないもの届かないものが多い。
商会では台をいくつか置いてくれてるから問題はないんだけど、いちいち台を動かしてそれに乗って……の動作が無駄な時間を浪費してる気がしちゃうんだよね。
「ほらよっ、どうだ?」
「うわぁぁ! ちょ、ちょっと、重くない!?」
ハイノに突然抱き上げられて、一気に目線が上がった。すると今までは俯瞰して見られなかったスラム街が、少しだけ広く見渡せる。
「レーナは軽いから大丈夫だ」
「それなら良かったけど……やっぱりこのぐらい大きくなりたいな」
「それはまだまだ先だな」
地面にストンっと下ろされると、体に入っていた余分な力が抜けた。やっぱり地面に足がついてるって安心するね。私はほっと息を吐いたところで、ハイノを見上げた。
「ハイノ、突然抱き上げるの禁止! 私はもう子供じゃないんだからね!」
「分かった分かった、ごめんな」
頭をポンポンと叩かれて、また子供扱いだ。私の頭ってちょうど手を置きやすい位置なのかな……ジャックさんもダスティンさんも、何かと頭に手を伸ばす気がする。
……犬猫を可愛がるのと同じように感じるのは気のせいだろうか。
「レ、レーナ、美味かった。……ありがとな」
ハイノに降ろしてもらってエミリーと三人で話をしていたら、後ろからフィルが声を掛けてきた。
「フィル、喜んでもらえたなら良かった」
そう言ってニコッと笑みを浮かべると……フィルは顔を真っ赤にする。自分で言うのも何だけど、私の容姿はかなり可愛いからね……そうなっちゃうのも理解できる。
フィルって私のことを、恋愛感情として好きなのだろうか。瀬名風花の記憶を思い出すまではただの意地悪な近所の子だったけど、今思えば全て好きだからこその態度だったような気もする。
好きな子だからいじめたくなるっていうあれ、メリットは一つもないってことがここに証明されたよね……だってレーナはフィルのことが嫌いだった。今では色々と分かるから、まあ可愛い子供だなって感じだけど。
「これ、働いてるところの人がくれたんだろ?」
「そうだよ。商会の人がくれたの」
「……いい人なんだな」
「ギャスパー様は凄く良い人だよ。人を身分で判断しないし、やり手だけど優しいし」
「……身分? ……やり手?」
私の言葉が分からなかったのか、フィルは不思議そうな表情で首を傾げた。
「身分はその人が属している場所とか立場のことかな。例えば私たちの身分はスラム街の子ども。ギャスパー様は商会の商会長。やり手っていうのは凄い人って意味」
「……なんか、レーナは凄いな。遠くに行っちゃう気がするな」
ポツリと呟いたフィルのその言葉に、近くにいたエミリーとハイノもこちらを見て頷いた。
やっぱり皆も何か感じるものがあるのかな。街中に行くことは引っ越しの日まで明かさないって決めたけど……どこにも行かないって嘘も言いたくない。
「――もしかしたらそんな日が来るかもしれないけど、私はずっと皆とは友達だと思ってるよ。友達ならいつでも会おうと思えば会えるんじゃない?」
「……でも、俺らは街の中には行けない」
「私はいつでもスラムに来られるし、街の中だってそんなに行くのが大変なわけじゃないよ。だって私が毎日行ってるんだから」
私のその言葉を聞いて、ハイノが迷子のような瞳をしているフィルの頭を強めに撫でた。ハイノはお兄ちゃんとも仲が良いし、色々と察してるのかな……
「フィル、街の中なんてすぐそこだ。そんなに遠くじゃない」
「そうだよ。――世の中には不可能なことってあると思う。でも私を含めて皆が街中に行くのは、不可能じゃないと思うよ。もちろん凄く難しいけど、運も実力も必要だけど、絶対に無理って決めちゃうほどに壁は高くないよ」
「……そうなのか?」
「私はそう思うってだけだけどね」
この話をどこまでを理解したのかは分からないけど、フィルはさっきまでの揺れ動く瞳をしっかりとしたものに変化させた。
「確かにそうだな。レーナにできたんだから、俺にできないなんてことはないよな」
「じゃあ、私にもできるかな!」
エミリーが顔をぱぁっと明るくして私に抱きつく。
「もちろん」
というかエミリーは、街中に入るってことだけなら絶対に達成できる。なぜなら私がエミリーを街中に呼ぶからだ。ハイノとフィルも同じかな。
そうして入ることができた街の中で、仕事を見つけるとか何かしらの成果をあげられるかどうかは、皆次第だと思う。人によっては街中の暮らしより、スラムの方が性に合ってるってこともあるだろうし。
「じゃあレーナ、また街の中のお話を聞かせて」
エミリーが私に抱きついたまま、私の顔を覗き込んでそう言った。エミリーには街中での話をよくせがまれて話しているのだ。
私が大金をもらってるとか街中に引っ越すとか、そういうのが分からない程度に脚色はしてるけど、基本的には全部本当のことを話している。
「良いよ。何について聞きたい?」
「うーん、ジャックさんの話! あっ、あとダスティンさんも」
「……エミリーはいつもその話ばっかりだね」
「だってイケメンなんでしょ?」
瞳を輝かせてそう言ったエミリーに、私は苦笑しつつ口を開いた。
「じゃあこの前の、めちゃくちゃカッコ良かったジャックさんの話ね。実はね……ジャックさん、髪飾りをつけてたの! 髪を縛ってる紐の上から付けるやつなんだけど、これがもうとにかく似合ってて似合ってて……」
「何それ! 髪を縛る紐の飾りなんてあるの?」
「街中にはたくさんあるんだよ。最初に付けてたのは綺麗に染められた模様付きの布だったんだけど、ギャスパー様に似合うだろうから接客の時に付けてみなさいって言われたんだって」
ジャックさんの話は私も話していて凄く楽しいので、どんどんテンションが上がっていく。この話を楽しく聞いてくれるのはエミリーぐらいなので、凄く貴重で大切な存在だ。
「ギャスパー様、さすがね!」
「男が髪に飾りをつけるんだ」
「というか、何で髪を伸ばしてるんだ? そんなに貧乏なのか?」
ハイノとフィルは意味が分からないというように困惑顔だ。この国は男性が長髪ってことも多いんだけど、街中とスラム街ではその意味が全く異なる。
スラムではただ髪を切るものが手に入らないから伸びちゃっただけで、街中ではファッションだ。
「街中では長髪もかっこいい髪型の一つなんだよ」
「そうなんだ。不思議だなぁ」
「それでそれで、評判はどうだったの?」
「それがね……大好評らしいの! 一部のお客さんから髪飾りをプレゼントされたりもしてるみたいで、今は毎日違う髪飾りをつけるように言われてるんだって」
最近の楽しみの一つは、ジャックさんのその日の髪飾りを見ることだ。私はカラフルな布を巻いてるのがかなり似合ってると思う。
「私も見てみたい……!」
「私もエミリーに見て欲しい!」
私たちはお互いにそう叫ぶと、笑い合って手を取り合った。こういう女子トークは本当に楽しいよね。エミリーとはずっと友達だけど、街中でもこういう友達ができたら良いなぁ。
それからも私たちは楽しくおしゃべりをして、夕食の時間は過ぎていった。とても幸せなひと時だった。




