56、アイデア料と帰宅
窓の外を見るともう日が傾き始めている。楽しいからもう少しここにいたいけど……さすがに帰らないとお父さんを待たせてしまう。お父さんとは暗くなる前には街を出るって約束したのだ。
私は誘惑に負けないよう椅子から立ち上がり、ダスティンさんに声を掛けた。
「ダスティンさん、そろそろ帰ります」
「ん? もうそんな時間か。……それならちょっとそこで待っていろ」
ダスティンさんは時計を見るとそう言って席を立ち、工房の端にある鍵付きの戸棚に向かった。
そしてその中から……お金を取り出したみたいだ。
「アイデア料だ。とりあえずはこれだけで良いか? 魔道具が売れたらまた還元する」
「――え、こ、こんなにもらえません!!」
私の手に載せられたのは、金貨が三枚だ。
「さっきは金貨一枚って。それにお洋服を買ってもらったので、それも差し引くはずじゃ……」
「いや、確かに昼の時点ではそうだった。だが先ほどのアイデアはより有用なものだ。これでも安すぎるぐらいだと思うぞ」
これでも安すぎるとか……私と金銭感覚が違いすぎる。有用なアイデアってこんなにお金がもらえるのが普通なのかな。普通が分からないから、素直に受け取っても良いのか判断できない……!
でも、ダスティンさんは何か悪いことを考えたりしないだろうし……というか、子供がぽろっとこぼしたアイデアにお金を払ってくれるんだから、悪い人どころか人が良すぎるよね。
「……本当にこんなに、良いのですか?」
「もちろんだ」
私はダスティンさんがすぐに頷いてくれたのを確認して、恐る恐る金貨三枚を握りしめた。
「ありがとうございます。本当に、本当に助かります」
これで家族皆で街中に引っ越す未来がかなり近づいた。皆は喜んでくれるかな。でも勉強を急ピッチで進めないといけなくなったね。
「無くさないように気をつけろよ」
「それはもちろんです……! この後すぐロペス商会に寄って、ロッカーにお金を入れてきます」
「それが良いな。じゃあ後は、これも持っていくと良い。これぐらいならスラムに持ち帰っても問題ないだろう?」
ダスティンさんがそう言って渡してくれたのは、一粒が大きくて立派なカミュだった。これ、ロペス商会で扱ってるめちゃくちゃ美味しそうなやつだ!
「もらっても良いんですか!?」
「……こっちは食いつきが良いな。もちろん構わない。家族で楽しむと良い」
「ありがとうございます!」
夜に勉強会をするときのお供にしよう。私は家族皆が喜んでくれる様子が目に浮かび、自然と笑顔になった。
「じゃあまた、休みの日にでも来ると良い。洗浄の魔道具と染色の魔道具の試作をしておこう」
「分かりました。じゃあまた来ますね!」
私は右のポッケに金貨三枚を入れて左のポッケにカミュを何粒も詰め込んで、ダスティンさんの工房を後にした。
そしてロペス商会に寄ってお金をロッカーにしっかりと仕舞った私は、暗くなる前にと大通りを全力で駆け抜けた。
その頑張りのおかげで、まだ明るさが残っている時間に外門を通って外に出た私は……腕を組んで厳しい表情で門を見つめるお父さんを発見した。
「レーナ! 遅いじゃないか!」
「ご、ごめんなさい……」
心配をかけたことが申し訳なくてしゅんと小さくなり俯くと、お父さんは私の前にしゃがみ込んだ。
「別に怒ってるわけじゃないが、心配だからもう少し早く帰ってきてくれ。もうすぐ暗くなるぞ?」
「……うん、分かった。次からはもう少し早く帰ってくる」
私が自分に言い聞かせるようにそう答えると、お父さんはニッと安心する笑みを浮かべてくれた。私はその顔を見てほっと体の力を抜いて、お父さんの手を握る。
「早く帰ろ?」
「そうだな。ルビナとラルスも心配してるぞ」
それからお父さんと一緒に家に帰った私は、もうほとんど作り終えていた夕食作りを最後だけ手伝って、皆でいつもの焼きポーツを食べた。
そして全員で家の中に入ると……家の端に大切に置いておいたカミュを二粒ずつ配る。カミュを受け取った皆は驚いた様子だ。
「これ、今日私が行った魔道具工房のダスティンさんが、家族にってくれたんだよ」
皆にはダスティンさんのことをちゃんと話しておいたからか、私のその言葉を聞いて納得したように頷いた。
「凄く良い人なのね……これってカミュよね? 森で採れるものとは大きさが全然違うけど」
「ダスティンさんはもうね、すっごく良い人」
役に立ってるのか微妙なアイデアを話した子供に、金貨三枚をポンっと渡してくれる人だからね……
「こんなに大きくて、美味いのか?」
「それは私が勤めてる商会でも扱ってるようなカミュだから、凄く美味しいと思う。でも私もまだ食べたことないんだよね。一緒に食べてみよう?」
「そうだな。じゃあ食べるぞ?」
お父さんのその言葉に従って全員でカミュを口にすると……その美味しさに感動で涙が浮かんできた。森のカミュは渋みが強いのに、これは渋みなんて全くなくて瑞々しい甘さが口の中に広がる。こんなに美味しいものを、このスラムのボロ小屋で食べられてるのが奇跡だ。
「なんだこれ……美味すぎる。レ、レーナ、街中のものはこんなに美味いのか!?」
「美味しいものはたくさん溢れてるよ。私もまだ一部しか食べたことないけど、どれもこのカミュと同じかそれ以上に美味しかった」
私のその言葉を聞いたお兄ちゃんは、一気に瞳を輝かせた。お兄ちゃんは成長期でいくらでも食べられるって感じだし、やっぱり食べ物には惹かれるよね。
「街中は凄いのねぇ」
「早く引っ越したいな。父さんは凄く楽しみだ」
「そうだ。引っ越しのことで皆に話があるんだけど……」
ダスティンさんがくれた金貨三枚のことを思い出してそう話を切り出すと、皆はごくりと唾を飲み込んで顔を強張らせた。
もしかして、悪い話だと思ってる? そう気づいた私が早く説明しようと口を開きかけた時、先にお兄ちゃんが肩を落としながら口を開いた。




