50、初めての休日
九日間の連続勤務を終えた私は、昨日の帰りに初めての給料を手渡しでもらい、今日は初めての休日だ。しかし私はスラム街ではなく、今日も街中に来ている。
その理由は……ダスティンさんの工房に行くためだ。
街中に入ったらいつもと同じ大通りを歩き、途中で脇道に入ってお店とは別方向に向かう。こうして地図なしで街中を歩いてると、ちょっとはここにも馴染んだかなって気がするよね。
「ダスティンさん、レーナです」
「ちょっと待っていろ」
ドアをノックして声をかけると、今日はすぐ近くからダスティンさんの声が聞こえた。まだリビングにいるのかな。もしかしたら早く来すぎたかも……休日に街の中に行くことも、魔道具作りに参加させてもらえることも、どちらも楽しみすぎて早く家を出てしまったのだ。
「早いな……って、そういう格好をしてると、確かにスラムにいそうな子供だな」
そういえば、いつもは制服で来てたからこの服で来たのは初めてだったのか。
「制服の方が良いでしょうか?」
「いや、別に構わん。魔道具作りは服が汚れたり破損したりするからな」
確かにね……この前の惨状を思い出すと、制服を着てこようとは思えない。このボロい服がちょうど良いぐらいだ。
「ロペス商会で働いているなら、私服を買えるだろう? 制服ほどとは言わなくても、綺麗な服を買わないのか?」
「買いたいと思ってるんですが、それを着てスラムに戻ると危険なんです。それにスラムだとすぐに汚れますし」
街中の安い服だってスラムでは羨ましがられる対象で、好奇の目で見られて奪おうと狙われる未来しか見えないんだよね。
それに綺麗な服を着てたら、汚れるのが気になって椅子にも座れないしベッドにも入れない。スラムに戻ってからボロい服に着替えたとしても、綺麗な服を保管する場所がない。
――うん。やっぱり街中に引っ越すまではこのボロいワンピースかな。一応スラムの中ではかなり上等な部類だから、街中でもかなり貧しい子なのね……ぐらいで済んでると信じたい。
「確かに場にそぐわない服装は避けるべきだな」
ダスティンさんは私の話を聞いて同情するわけでも手を差し伸べようとするわけでもなく、なんてことはないようにそう言った。
私は人によっては優しくないと感じるかもしれないその言葉が心地よくて、自然と頬が緩んでしまう。
「そうなんです。なので休みの日はしばらくこの格好で来ますね。街中に引っ越したらもう少し綺麗に変身します」
「分かった。まあ服装などなんでも良い」
そう言ったダスティンさんは朝食を食べた後だったのか、食器などを手早く片付けて工房に続くドアを開けた。
「さっそくこっちに来てくれるか? この前レーナが話したアイデアを元に、色々と試してみてるんだ」
「もちろんです!」
私は魔道具作りだ! とテンションが上がって、小走りで工房の方に向かい……その中の様子に絶句した。
「これ、どうしたん、ですか?」
工房の中は雑然としているけど荒れてはいなかった。ただペンキのバケツをそこかしこでぶちまけたかのような跡があって……工房の中は、目がチカチカするほどにカラフルだったのだ。
「ああ、研究過程でちょっとな。あとで落とすから問題ない」
「落ちるんです……?」
「特殊な液体を使えばな」
「はぁ」
私はかなり衝撃を受けたけれど、ダスティンさんが全く気にしていないようなので、とりあえず突っ込むのはやめることにした。色を落とせるのなら良いのだろう。
「そんなことよりも、これを見てくれ」
「この前のよりもコンパクトな箱ですね」
台の上に乗っていたのは、私でもなんとか抱えられるかな……ぐらいの縦長の箱だ。この前ボロボロになっていたやつよりも、かなりコンパクトに変化している。
「レーナに服の洗浄に特化した魔道具にすれば良いと言われただろう? そこでまずはサイズを小さくしてみた。服ならそこまでの大きさは必要ないからな。さらに以前のような汚れを吹き飛ばす機能ではなく、汚れを浮かせて水で流す方向を目指して魔法を組み込んだんだ」
ダスティンさんは楽しそうな輝く瞳でそこまで説明すると、近くの机の上に置いてあった一枚の紙を手にして私に見せてくれた。
「ここに書いてあるんだが、まず使った魔石は全種類だ。魔道具は魔石の種類を増やすほどに失敗する確率が跳ね上がるので普通は多くて二種類だが、服を綺麗にするというのは存外工程が多い。よって四種類を使わないと無理だと判断し、全種類を使った魔道具に挑戦することにした」
魔道具ってそんな制約があったんだ。ダスティンさんの楽しそうな、けれど挑戦的な瞳の煌めきを見る限り、全種類は相当に難易度が高そうな気がする。
「私はまず石鹸の原料となる植物を作り出す魔法を茶色の魔石に組み込み、さらにその植物は適度に熱されると効果を発するので、赤色の魔石に植物を熱する温暖魔法を組み込んだ。そして青色の魔石には服を水に浸すための水魔法を、さらには白色の魔石に水を排出後に服を乾かすための風魔法を組み込んだ」
おおっ、なんかよく分からないけど凄い、のかな?
多分ダスティンさん、私が魔法具の作り方なんてほとんど知らないって事実を忘れてるよね。
「それで、成功したのでしょうか?」
今度は箱や中身の素材に関する話に移行しそうになったので、私は少し口を挟んで結論を聞いてみた。こんな自信満々に話してるんだから成功してるよね。そう思って聞いたんだけど……ダスティンさんは首を横に振った。
「いや、その魔法を組み込んで完成したのがこれだ」
ダスティンさんはそう言って箱の中に一枚の白いTシャツを投げ込むと、箱の側面にあるボタンを押して……しばらく箱からジャブジャブガタガタといろんな音が聞こえてきた。そしてそれが止まって、ダスティンさんがTシャツを取り出すと――
――Tシャツは、カラフルな色に染まっていた。
「どういうこと!?」
私は思わず素で突っ込んでしまう。いやいや、綺麗に洗浄する魔道具を開発してたのに、なんで染色の魔道具になってるの?
「洗浄の魔道具を作ろうとしたら、なぜか染色の魔道具になったんだ。ちなみに茶色の魔石に組み込む魔法を変更することで、染色の色が変更できる」
いやいや、なんで染色の魔道具を研究してるの!?
というか……魔道具開発ってこんなに突飛なことが起こって上手くいかないものなんだ。なんでこんなことが起こるんだろう。




