48、焼きポーツの可能性
お店に戻るとちょうどお昼休みの時間だったので、私は荷物を片付けて休憩室で昼食を食べることにした。今日の休憩時間が被っていたのはジャックさんとポールさんだったようで、二人はすでにご飯を食べ始めている。
「レーナ、お疲れ。もう仕事には慣れたか?」
「うん。ジャックさんはどう?」
「俺もかなり慣れたな。ただ覚えることが多くてかなり疲れる」
「それは分かる。私も夜はぐっすりだよ」
最近は布団のチクチクも虫も全く気にならないほどに眠りが深くて、街中で働いている思わぬ利点だ。肉体的にはスラム街での仕事のほうが疲れるものなのかもしれないけど、やっぱりここでの仕事のほうが圧倒的に頭を使うので慣れてなくて疲れる。
瀬名風花は事務作業なんて毎日やって慣れていたけど、レーナの体では初めてだからね。
「なんか良い匂いがする」
更衣室に焼きポーツを取りにいこうとしたけど、その前に良い匂いが気になってそう呟くと、ポールさんが瞳を輝かせて私にお皿を差し出した。
「レーナちゃん、これ見て!」
お皿の上に載っているのは、タレで焼かれた薄切りの肉だ。そしてその肉は何かに巻いてあるようで……もしかして、これってこの前話したやつ?
「焼きポーツの肉巻ですか?」
「そうなんだ。ちょっと食べてみて、衝撃的な美味しさだよ!」
ポールさんはかなりテンションが上がっているようで、フォークを焼きポーツの肉巻きに刺して渡してくれた。
私は勢いに押されてフォークを受け取り口に運ぶと……その美味しさに心から驚いた。
「これ、売れますよ。めちゃくちゃ美味しいです」
甘辛いタレに絡んだ肉は柔らかくて味が良くて、その中にある少しもちっとした食感の焼きポーツに最高に合っている。
意外と日本にはこういうものってなかったな……強いて言えば肉巻きおにぎりだ。その中身が焼きポーツに変わってる感じ。これは私の好みだけど、米より焼きポーツの方が美味しい気がする。
「そんなになのか? ポール、俺にも一つくれ」
「ああ、食べてみて欲しい!」
それからジャックさんも一口食べて、ポールさんもまた一つ口にして……私たち三人は焼きポーツの肉巻をじっと見つめた。
「これは美味いな。中身の焼きポーツにもう少し味を付けて、タレの味を薄くした方がもっと美味しくなる気がするな」
ジャックさんのその提案に、ポールさんは即座にメモを取っている。確かにその改良はありかもしれない。中身の焼きポーツに……チーズみたいなものを混ぜたら美味しい気がする。
「ジャックさん、この前に飲んだミルクってあったけど、あれって飲むだけなの? 他に何か使い道とかあったりする?」
「他の使い道は……ああ、一つあるぞ。ミルクはミーコが膜の中に作り出して、膜を破らなければしばらくは保存できるって話しただろう? あの膜を破らずに二十日ぐらい放置すると中身が固まるんだ。それを食べることもある」
「それ! どういう味なの?」
もしかしたらチーズがあるのかもと思って前のめりで問いかけると、ジャックさんは困ったように首の後ろをかいた。
「うーん、説明が難しいなぁ。ポール、あれってどんな味だ?」
「そうだねぇ……甘くてつるっとした食感で、でもちょっと酸味もある感じ?」
……ん? なんかチーズとは違うのかもしれない。まず甘いのならチーズじゃないよね。それにツルッとした食感っていうのもよく分からない。さらに酸味もあるって……
私が想像できずに首を傾げていると、ポールさんが味見としてもらえるかもと言って休憩室を出ていった。
そして少し待っていると、戻ってきたポールさんの手には、小さなお皿に載った白くて小さい何かがあった。
「少しだけど味見としてもらってきたよ。レーナ、これがミルクが固まったやつなんだ。一口食べてみて。うちでも売ってるものだから」
「分かりました」
近くで見てみると、見た目は豆腐みたいな感じだった。そっとフォークを刺すと凄く柔らかい質感だと分かる。それから匂いも嗅いでゆっくりと口に入れると……食べても結局は首を傾げることになった。
これは、日本にはなかったものだ。固形のヨーグルトというか、杏仁豆腐というか……その辺を足して二で割ったような何か。
「これはなんていう名前なんですか?」
「クルネだよ」
「俺はあんまり得意じゃねぇんだよな。美味いか?」
「うーん、美味しい、気がしなくもない」
「ははっ、正直だな」
私の感想に二人は苦笑いだ。これは好き嫌いが分かれるよね……大人の味ってやつなのかな。
「このまま食べる人もいるけど、基本的にはジャムをかけるんだ」
「ああ、確かに! それは美味しくなりそうです」
これはジャムが合う味だ。このままだと日本で醤油をかけないで豆腐を食べている時のような、微妙な感じがあるんだと思う。何か物足りない感じっていうのかな。
「今度ジャムがけのクルネも食べさせてあげるよ。……で、なんでこの話になったんだっけ?」
「えっと……レーナが突然ミルクの使い道を聞いてきたんじゃなかったか?」
そういえばそうだった……何にも考えずに聞いちゃったけど、焼きポーツの肉巻の話をしてるところに突然すぎたよね。
「あの、そう、この前ジャックさんと食堂で食べたご飯がミルクのソースだったでしょ? だから焼きポーツの肉巻きにも合うんじゃないかなって、思って」
なんとか理由を捻り出して、誤魔化せただろうかと緊張しつつ二人の顔を伺うと、二人は感心したように頷いてくれていた。
「面白い発想だな」
「確かにありかもしれないね。ラスートを少し増やしてミルクを入れて焼きポーツを作ったら、コクが出るかも」
……変に思われなくて良かった。それにしてもミルクからチーズができないとなると、この世界にはチーズに似たものはないのかな。とろとろのチーズがかかったドリアとか好きだったんだけど。
まあ仕方ないか。他にも美味しいものはたくさんあるから、それを楽しもう。まだ私は知らないことがたくさんあるんだし、これから見つかる可能性もあるよね。
「今度ミルク入りも作ってくるから、また味見をしてくれる?」
「もちろんです。楽しみにしてますね」
そうしてポールさんとジャックさんとの話を終えた私は、自分で持ってきたお母さん特製の焼きポーツもしっかりと食べて、お昼の休憩を終えた。




