45、昼食と授業開始
計算の仕事に集中してお昼休憩になった私は、休憩時間がポールさんと被ったので向かい合ってお昼を食べた。私のお昼ご飯は、今日から数日は少なくとも焼きポーツのみだ。お母さんが持たせてくれた、冷えて少し固い焼きポーツを口に入れる。
うん、美味しくないわけじゃないけど、めちゃくちゃシンプル。最近は味が濃くて美味しいものをたくさん食べてるからね……
「レーナちゃん、それだけなの?」
「はい。ポールさんは今日もたくさん食べますね」
私は何の他意もなくそう口にしたけれど、ポールさんは申し訳なく思ったのか、自分の食事と私の焼きポーツを何度か見比べて、ラスート包みの一つを半分に割って「これあげるよ」と差し出してくれた。
「それだけじゃお腹空くでしょ」
「い、いえ、大丈夫です。そんな悪いので」
私が慌てて両手を振りながら断ると、それでもポールさんはラスート包みを引っ込めない。
「……良いの、ですか?」
「もちろん! 美味しいものは皆で食べた方が良いからね」
ポールさんはそう言ってニコッと笑みを浮かべた。ポールさんもめちゃくちゃ良い人……!
「ありがとうございます。いただきます」
私は感動してこれ以上断るのも迷惑だろうと思い、両手でラスート包みを受け取った。まだ温かくてとても美味しそうだ。
「私はあげられるものがないのですが……焼きポーツ、食べますか?」
「……それって初めて見るんだけど、スラムではよく食べられてるの?」
「よく食べられてるどころか、毎日三食これですね」
私のその言葉にポールさんは衝撃を受けたようで、「スラムの人たちって凄いね……」と謎の尊敬を抱いたようだ。
「それだけで毎日元気に働けるなんて、僕には信じられないよ」
「それが焼きポーツって意外と腹持ちが良いんですよね。なのであんまりお腹は空かないです」
「へぇ〜そうなんだ。……ちょっと、貰っても良い?」
「もちろんです」
焼きポーツの半分ほどを手でちぎってポールさんに渡すと、ポールさんはじっくりと観察してから大口で焼きポーツにかぶりついた。
そしてしばらく静かに咀嚼して……楽しそうな笑みを浮かべる。
「これ美味しいね。食感が凄く良いと思う。何で街中にはないんだろう」
「……ポーツは貧しい人たちの嵩増しだってイメージなんでしょうか?」
「うーん、でもラスート包みにポーツが入ってたりするんだよね。もしかしたらポーツを主食にするっていう考えがないのかも。これさ、お肉を巻いて焼いたりしたら絶対に美味しいと思わない? あと最後にタレを絡めたら最高だと思う」
このもちもちでほのかに甘い焼きポーツに肉が巻かれて、さらにタレの味が染みたら……絶対に、確実に美味しい。
「ポールさん、それ良いですね!」
「今度作ってみようかなぁ。この焼きポーツってどうやって作るの?」
「え、ポールさんって料理するんですか?」
「もちろん。美味しい物の追求には自分が作れないとね」
ポールさん凄いな……ポールさんおすすめのものなら絶対に美味しい料理な気がする。今度街中の食堂やカフェを開拓する時には、ポールさんに相談しよう。
「焼きポーツは簡単です。ポーツを茹でて皮ごと潰してそこにラスートを少し加えて、それで平べったく丸く成形して焼くだけです。フライパンにくっ付いたら、焼く時に水も少し入れてます」
「へぇ、それなら今夜にでもできそうだよ。やってみたら感想を教えるね」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
それからも二人で楽しく話をしながら休憩をして、ついに筆算の授業をする午後の時間になった。ポールさんも授業を聞く商会員に選ばれているということで一緒に二階の会議室に向かうと、そこにはジャックさんとニナさんがすでに集まっていた。
「お、レーナ来たな」
「待ってたわ。今日は私たちとポール、それからギャスパー様が受けられるからよろしくね」
「そうだったのですね。よろしくお願いします」
最初の授業だから、あんまり緊張しないようにってメンバーを考えてくれたのかな。ありがたい。
「もうお昼は食べた?」
「はい。さっきポールさんと食べました。ラスート包みを半分くださって、美味しかったです!」
「ポールが誰かに食べ物をあげるなんて……驚きね」
「なっ、僕だってそんなに意地汚くないよ!?」
ニナさんの驚愕の表情を見て、ポールさんが心外だというように突っ込んだ。そうして四人で楽しく話をしていると、ギャスパー様が会議室に入ってきた。
「待たせたかな?」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとう。じゃあ皆、席に着こうか。レーナの席はそこで私たちがこちらに分かれて座ろう」
ギャスパー様に指定されたのはいわゆるお誕生席、会議室では発表者や一番の上司が座る場所だ。私はその場所に緊張しつつ腰を下ろした。そして皆の表情を見回して最後にギャスパー様に視線を向けて、頷いてくれたので授業を始めることにした。
私の手元には黒い板と白い石、さらには昨日準備した掛け算九九を書き記した紙などがある。
「レーナです。筆算の授業を始めさせていただきます。まずは……皆さんがどのように計算を行なっているのか聞いても良いでしょうか。例えば5×7、こちらの計算をしなければいけない時はどうしますか? 手元に計算機はないものと考えてください」
私のその質問に、まず口を開いてくれたのはジャックさんだった。
「計算機がない状態でそんな計算をすることがまずないんだが……もし今俺が答えを導き出すとしたら、五を七回足すな。それ以外の方法は思い浮かばない」
……まあそうだよね。私も九九を暗記してなかったら、その方法しか思い浮かばないかもしれない。
とりあえず、掛け算九九の暗記は必須かな。いくら筆算が便利でも、一桁の掛け算をすぐにできなければ教えても意味がない。
「私は一桁の掛け算は全て暗記しています。これを暗記すると本当に便利なので、皆さんにもぜひ覚えて欲しいです」
私はそう伝えて、昨日準備した九九を全て書き記した紙を四人に見せた。するとギャスパー様がその紙を手に取って、私に視線を向けた。




