298、ティモテ大司教と話し合い
正直ティモテ大司教は私を殺そうとしたし、色々と思うことはあるけど、ティモテ大司教という存在は私にとって都合が良すぎるのだ。
ティモテ大司教が教皇になって教会のトップとして色々と頑張ってくれたら、煩わしいことは全て丸投げできる。
私が言うことはほぼ全肯定だし、これから教会に何か理不尽を言われる可能性もなくなるだろう。
こんなティモテ大司教を、たとえば罰として牢屋に入れるなどして遊ばせておくのはもったいなさすぎるなんて、少し性格の悪いことを考えてしまう。
私に迷惑をかけずに教皇として必死に働いてくれたら、もう殺そうとしたことなどは全て水に流してもいいぐらいだ。
これから教会は復興のために大忙しとなるから、多分教皇になるのが、一番ティモテ大司教にとって大変なことだと思う。
それに正直、ティモテ大司教はどんな罰も嫌がらない気がして、罪を償ってもらおうという気持ちにあまりならないのだ。
例えば私を殺そうとした罪を償って処刑になったとしても、この命を捧げられる幸運に感謝……などと言い出しそうだし。
いや、絶対に言う。牢屋に入れられたとしても、神が私に試練をお与えになった……って喜びそうだ。おそらく私が何をしても嫌がらない。
「わ、私が、教皇に……」
「はい。創造神様のために、どうかよろしくお願いいたします。シーヴォルディス聖国の復興や教会内部の掃除など、仕事は山積みで大変だと思いますが……」
私が申し訳なさそうに伝えると、ティモテ大司教はぶんぶんと首を横に振った。
「いえっ、私ティモテ、レーナ様がお望みならばいくらでも働きます!」
さすがティモテ大司教だ。期待を全く裏切らないでくれる。
拳を握りしめてやる気満々なティモテ大司教に、思わず笑顔になってしまった。
「ありがとうございます」
「しかし、レーナ様がなんの役職に就かないというのも……そうだ、新たに神子様という役職を作るのはどうでしょうか。あ、名誉教皇などの名前の方が……いや、それでは私などがレーナ様と対等なように見えてしまいますね。他の名前で……」
張り切りすぎて早口のティモテ大司教を慌てて止める。
「ちょっと待ってください」
役職は必要ないと言おうとしたけど、口を開きかけたところでふと思った。もしかしたらここで何かしら形だけの役職に就いた方が、後々楽かもしれない。
何も役職がないと、後で何かを頼まれた時に断りきれない可能性がある。しかし何かしらの役職があれば、それを理由に断りやすいだろう。
その役職の内情を、ここで本当に形だけのものに決めてしまえばいい。
「では、名誉教皇でお願いします。新たな役職名よりも既存のものに近い方が受け入れられやすいと思います。名誉と付いていれば、教皇と同じだとは思われないでしょう」
私の言葉にしばらく迷っていたけど、ティモテ大司教は最終的に名誉教皇で承諾してくれた。
創造神様から私に対して何か依頼があった時だけ動く存在ということで、書面も作ってもらう。これでとりあえず私が教会に振り回されることはなくなった。
なんだか安心できて、口元が緩む。
「そうだ、リンナット教皇はどうされるのですか? 教皇の座からは降りてもらいますが……あ、私は命を取るのは反対です」
これはリンナット教皇を助けたいとかじゃなくて、私のせいで誰かが死ぬかもしれないという重荷を背負いたくないだけだ。
ちょっと狡いかもしれないけど、私はシーヴォルディス聖国の人間じゃないし、そこまで背負う必要はないだろう。
私が知らない場所でなら、どうなっても気にならない。
「レーナ様がそう仰るのでしたら……」
ティモテ大司教は冷たい瞳になり、低い声で言った。
「リンナットは神への信仰心が足りませんので、これからは一信徒として神に仕えてもらいましょう。清貧な生活を徹底することで、神々の素晴らしさに気づけるはずです」
ティモテ大司教の思う清貧な生活とは、どんな感じなのか。ちょっと気になるけど怖くて聞けなかった。一日に十回のお祈りを、創造神様に近づくために断食を、とか普通に言い始めそうだ。
リンナット教皇は……自業自得だと思うので頑張ってください。そう心の中で祈りつつ、私は話を終わりに向かわせようと居住まいを正した。
「では、そのような形でお願いします。私は数日以内にこの国を出て、アレンドール王国に戻る予定です。ティモテ大司教、いやティモテ教皇とはしばらく会うことはないでしょうが、創造神様のためにもこちらの復興をよろしくお願いいたします。またいつか、私が訪れることもあるでしょう」
十年後か二十年後か分からないけど、またいつかは来ると思う。創造神様の加護をもらってるのは事実だから、その感謝を伝えるためにも。
「レーナ様としばらくお会いできないのは悲しいですが……教皇として必死に教会を建て直しますので、レーナ様はご安心ください!」
「ありがとうございます。ティモテ大司教がいてくれて良かったです」
これでティモテ大司教とも、しばらく会うことはないかな。
面倒なことを全て丸投げできたので、私はやり切った気持ちで立ち上がり――。
その瞬間に、創造神様の像が光り輝いた。その光は大聖堂を満たすほどに強く、私は思わずギュッと目を瞑る。
しばらくすると瞼の向こうの眩しさが消えていったので、恐る恐る目を開くと――そこには創造神様と話をした、あの不思議な空間が広がっていた。




