293、必死の戦闘
ゲートが粉々に砕け散ったのと同時に見えたのが、先ほどまで巨大な手しか見えていなかった魔王の巨体だった。
頭には二本の鋭いツノがあって、二つの目には明らかに怒りが滲んでいる。ギョロッとした人間よりも黒目が大きいその瞳には、かなりの恐怖を感じた。
口は大きく牙がはみ出している。体には鎧のようなものを着ていて、背中には魔王の体長と同じぐらいはあるんじゃないかという巨大な斧が見えた。
足は大木よりも太く――ズシンッ。
「うわっっ」
魔王が一歩を踏み出した瞬間、少し地面が揺れた。
「ギャアアアアアアアッ!!」
悲鳴のような、いくつもの音が重なり合っているような不思議な声で魔王が叫んだ。ビリビリと振動を感じ、その威圧感に思わず後退る。
その瞬間、魔王が一歩こちらの世界に足を踏み入れたことでできたゲートの隙間から、数えきれないほどの魔物たちが飛び込んできた。
「ギャォォォ!!」
「グルルルルゥ」
様々な威嚇の声と共に、ドドドドドッと魔物たちが地面を駆ける音が響く。さらに空を飛ぶ魔物も多数現れた。
「っ、魔物の迎撃を! 魔王は任せてください!」
私はそう叫んでから、魔王に意識を集中させた。私に群がる魔物たちは周囲の皆に任せる。そして他の場所に向かった魔物たちは、聖騎士たちを信じるしかない。
ティモテ大司教、頼みます。
こういう極限の状況では、創造神様からの言葉を叶えるためには命すら簡単に投げ出すようなあのティモテ大司教が、なんだか頼もしく思えてならなかった。
ティモテ大司教は私を殺そうとした人だけど、もしこの戦いを生き残れたらつい許してしまいそうなほどだ。
まあ、もし許したとしても、近くにはいたくないけど。
そんなどうでもいいことを考えながら、私は魔王と対峙していた。ルーちゃんがひたすら魔法を撃ち込んでくれている間、あまりにも緊張して思考を逸らすしかなかったのだ。
大きく深呼吸をして――叫ぶ。
「ルーちゃん! 治癒!」
私が叫んだ瞬間にルーちゃんは攻撃をやめて、戦場全体に治癒をかけた。それによってアレンドール王国の皆だけでなく、聖騎士たちも一気に怪我が治る。
事前にルーちゃんに話をして、この戦いの間は治癒と伝えたら全員を治癒してほしいと頼んでいたのだ。魔力は無限だから問題ない。ただこれをすると、ルーちゃんが数十秒は他の魔法を使えないのが致命的な欠点で――。
「レーナ様!」
私はヴァネッサに抱き上げられて、魔王が振り上げた斧の下から退避した。それに護衛をしてくれている皆もついてくる。
これは作戦通りだ。治癒をしないで戦い続けるという選択肢もあったけど、それだと次々と離脱する人が増えて最終的には私たちが不利になるからと、治癒をしながら戦うことを選んだ。
少しでも多くの人に生き残ってほしいという私の甘えがあることも事実だ。でも、大勢の人が死ぬのなんて見たくないから、それぐらいのわがままは許してほしい。
――ルーちゃん、石弾!
治癒が大体終わったことを確認し、ルーちゃんに攻撃指示を出したところで、魔王の振り上げた斧が地面に激突した。
ドッガーンッッ!!
信じられない爆音と共に、道が割れる。
「何あれ!」
「なんだあの威力は!?」
「レーナ様、衝撃が来ます!」
私とダスティンさんの驚きの声に被せるように、レジーヌが危険を伝えてくれた。魔王が振り下ろした斧の風圧で、砕けた道の瓦礫が飛んでくるようだ。
――ルーちゃん、瓦礫を街の外に吹き飛ばして!
咄嗟に石弾をやめてもらって守りに入る。さらに皆と共に魔王の後ろに回り込むように移動した。魔王は信じられない巨体と力を持っているけど、見たところ動きはそこまで早くないみたいだ。
とにかく死角に入って、ひたすら攻撃を続けるしか倒す道はない。
ルーちゃんに相殺してもらっても酷い風と細かい瓦礫が飛び交う中、ダスティンさんや騎士さんたちが魔物を倒してくれて、私は必死に魔王の裏に回る。
回り込めたところでまたルーちゃんを呼んだ。
ルーちゃんには単独で魔王の裏に回って攻撃をしてもらう、なんてこともできるけど、ルーちゃんは基本的に私を起点としているのだ。やっぱり私も動いた方が攻撃効率はいい。
それに、あんまり離れるとネックレスが使えなくなることも分かっている。
――ルーちゃん、魔王の右足に石弾! 歩けなくなるまで!
まずは移動手段を奪うことに決めた。右足を使えなくしたら横に倒し、地面に縫い止めて斧を使えなくしたい。それから首を深く切り裂けば、さすがに倒せるはずだ。
「うっ……」
必死にルーちゃんへ攻撃と防御の指示を出していたら、近くから呻き声が聞こえた。




