292、戦闘開始!
ゲート前に待機を始めてから数時間後。異様な緊張感が満たされている中で――ついに、ゲートに亀裂が入った。
「来るぞ!」
ゲートの中心に入った亀裂はドンドン大きくなり、ギィィィと空間が切り裂かれるような嫌な音が辺りに響き始める。不安を煽られるような、私がとても苦手な音だ。
小さな魔物ならば容易に通れる大きさにまで亀裂が広がり、大量に流れ込んでくるだろう魔物に対して構えた、まさにその瞬間。
ドンッッ!
鈍い重低音を響かせながら、向こうから現れた巨大な手が亀裂を掴んだ。人間を簡単に握り潰せそうな、信じられない大きさの手だ。
巨大な手はもう一つ現れ――亀裂を無理やり広げるように、力を入れ始めた。ギィィィという嫌な音がさらに大きくなる。バキッ、バキバキッと亀裂が破られるような音まで響き始めた。
「っ」
目の前に広がる光景があまりにも恐ろしく、私は息を呑むしかできない。誰もが目の前で起きていることに、呆然と立ち尽くしていた。
「――っ、ま、おう、だろうか」
そんな中で息を詰まらせながら、ダスティンさんがなんとか声を発す。それによって金縛りにあったように固まっていた体が、僅かに動き始めた。
指先が僅かに動き、無意識のうちに止めていた息も吐き出せる。足りなかった酸素が供給されて、やっと思考が戻ってきた。
「げ、迎撃準備を!」
私が必死に叫ぶと、他の皆も動き始めてくれた。
「は、はいっ」
「武器を持て!」
「魔法の準備だ!」
誰もが恐怖心を乗り越えるように、怒鳴るような大きな声を出す。そんな中で私は、隣のダスティンさんを見上げた。
「魔王、ですよね」
「そうだろう……」
「まさか、あんなに大きいなんて」
大きさだけではない。その存在感というか、禍々しさが予想以上だった。絶対に近づいてはいけない。今すぐ逃げなければ殺されると、本能が判断するような圧を感じる。
しかし、ここで逃げたら世界は終わりなのだ。
私はこんな役目を私に託した創造神様を、ほんの少しだけ恨むような気持ちが湧いてしまった。
こんなにヤバい存在が来るなら、私みたいな人をもっと大量に送り込んでほしいし、今でもチートだけど、もっともっと腕を振るだけで大地が切り裂かれるみたいな信じられない能力を与えてもらわないと割に合わない。
というか、これは神様たちが対処するべき存在じゃないの!?
だんだんと心の中でヒートアップしたところで、逆に魔王と戦う覚悟が決まった。
「皆さん、先制攻撃をしましょう。あの手に攻撃して意味があるのか分かりませんが、今は一方的に攻撃できる好機です!」
私の叫びに、迎撃準備をしていた皆がより前のめりになる。恐怖に腰が引けている人もいるみたいだけど、大多数の人は魔王の圧にも負けてないみたいだ。
それに安心しつつ、私はルーちゃんに頼んで少し宙に浮いた。
「いきます!」
――ルーちゃん、あの手より大きな火球をいくつも撃ち込んで!
宙に浮かんだ私が突き出した手のひらの先から、直径が十メートルも越えそうなほどの巨大な火球が放たれた。ゴウッと燃え上がる音と共に、火球は魔王の手に着弾する。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
ルーちゃんは次から次へと火球を放ってくれた。魔力を無限に使えるネックレスのおかげで、遠慮はいらない。
十発ほど撃ったところで一旦攻撃を止めると、魔王の手は少し火傷しているかな……と思う程度のダメージしか負っていなかった。
火には耐性があるのかも。そんなことを冷静に考えているうちに、聖騎士たちが一斉に矢を放つ。大量の矢の雨が魔王の手に降り注ぎ――いくつも手の甲に突き刺さった。
「おおっ!」
「刺さるぞ!」
凄い! もしかしたら、魔王には物理的な攻撃の方が良いのかもしれない。それならルーちゃんには、石弾や氷槍を撃ってもらうべきだ。
――ルーちゃん!
それからは必死に総攻撃を続けたけど、やっぱり攻撃できるのが手だけということもあり、魔王にとって致命傷とはなっていないらしい。
手は紫色のような血をダラダラと流しているけど、変わらずに亀裂をこじ開けようと力を入れ続けている。この血がどれほど流れたら、魔王は倒れるのだろうか。
そんなことを考えた、まさにその瞬間。
バリンッッッッッ!!
耳を劈くような音と共に、ゲートが粉々に砕け散った。




