290、準備と軽くなる心
やり切った私が大聖堂から出ると、今まで以上に慌ただしく皆が動き始めた。その様子を横目に、私はダスティンさんたちの下に戻る。
「疲れました……」
思わずそう呟くと、ダスティンさんが苦笑を浮かべてくれた。
「様になっていたぞ」
「もうやりたくありません」
「魔王討伐までは頑張ってくれ」
「……分かりました」
「レーナ様、果実水をご用意しておきました」
パメラがそう言って、冷やしてある果実水を渡してくれた。その心遣いが嬉しすぎて、思わず泣きそうになる。
「ありがとう。本当に嬉しい」
「いえ、何か欲しいものがありましたら、なんでも仰ってください。できる限りレーナ様を手助けしたいのです」
パメラの言葉に他の皆も頼もしい表情で頷いてくれて、疲れた体と心に気合いが入った。
「皆で危機を乗り越えましょう」
「ああ、そうだな」
それからは寝る間も惜しんで準備を進めた。まずは非戦闘員を退避させて、武器の確認や補充、戦闘が長引いてもいいように食料の確保なども行う。
さらに近隣への救援要請や、世界中に創造神様の神託を伝える手配もした。
ただ救援が間に合う可能性は……正直低いと思う。私たちと教会の聖騎士たちだけで、なんとか魔王を討伐する必要がある。
「レーナ、そろそろいつゲートが現れてもおかしくないだろう。少し寝ておいた方がいい」
世界を滅ぼすような強敵が近いうちに襲ってくるという中では緊張を解くこともできず、私はひたすら動くことで緊張を紛らわしていた。
しかしさすがに疲れを感じていたところ、ダスティンさんに止められてしまった。
「そう、ですよね……」
寝るべきだと分かってるけど、上手く眠りにつけないのだ。寝てもすぐに目が覚めてしまう。
「眠れないのか?」
「……はい。やっぱり緊張して」
思わず弱音を溢すと、ダスティンさんは珍しく表情を緩めた。
「私も同じだ。この状況で緊張するなという方が無理だろう」
賛同してもらえて、なんだかとても嬉しい。なんとなく弱気になったらダメだという雰囲気があり、こういう話はパメラたちともできなかったのだ。
とにかく前向きにと、そればかり考えていた。
「ですよね。仕方、ないですよね」
「ああ、私たちが負けたら世界が滅ぶという戦いなのだ。正直こんなことを言って良いのか分からないが、創造神様の無茶振りだ」
「そうですよね!」
私は思わず前のめりになってしまう。この世界は実際に加護が得られるため、そもそも神への信仰心が強い人が多い。そしてここはシーヴォルディス聖国だ。ティモテ大司教たちほど極まってる人は稀だとしても、総じて信仰心は強い。
そんな中で創造神様のことを悪く言うようなことはできなかったけど、正直創造神様にも文句があったのだ。
私に色々と任せすぎだとか、もっと余裕を持って対処できるようにしてほしいとか、そもそも世界の問題を一人に託さないでくださいとか。
「創造神様も悪いところがあると思うんですよね。加護をもらってるぐらいじゃ相殺できないほど私の負担が重い気がします」
言っても仕方がないことだと思ってたけど、口にすると心が軽くなった。
「私もそう思う」
ダスティンさんはすんなりと受け入れてくれる。それが本当に嬉しい。
「ダスティンさんが分かってくれて良かったです。この危機を乗り越えて創造神様とまた話すことがあったら、その時にはちょっと文句を言おうと思います」
文句と共に、この世界に日本食を作り出してくれるぐらいはしてもらわないとね。
創造神様への文句を吐き出して今後のことを考えていたら、緊張はかなり薄れていた。それに気づいた私は、ダスティンさんに頭を下げてから口を開く。
「ダスティンさん、ありがとうございます。ちゃんと休んできます」
「ああ、それがいい」
「ダスティンさんもちゃんと休んでくださいね。あんまり寝不足だと、クレールさんに強制的に寝かしつけられますよ」
「――それは避けたいな」
ダスティンさんは眉間に皺を寄せた嫌そうな表情になった。私はそれに笑いながら、もう一度軽く頭を下げる。
「じゃあまた後で」
「レーナ、おやすみ」
そうして私はダスティンさんと別れ、私用の客室に向かった。パメラに軽く寝る準備をしてもらい、早々にベッドに横になる。
するとさっきの話で緊張が解れたからか、さすがに体の疲れは限界だったのか、体がベッドに深く沈み込むような気分になり、すぐに瞼が重くなった。
「レーナ様、おやすみなさいませ」
パメラのそんな言葉が遠くに聞こえ、私は深い眠りに落ちていった。




