288、拘束する
「ティモテ大司教、どうされましたか?」
一触即発な雰囲気のティモテ大司教とリンナット教皇に向けて、神子として私が問いかけた。するとティモテ大司教は恭しく、しかし怒りを抑えきれない様子で現状を報告してくれる。
「リンナットは教皇という立場にありながら、創造神様のお言葉を無視すると……! これは許されることではありません! さらにレーナ様を害そうとしたことを反省もしておりません!」
そんなティモテ大司教の報告に、リンナット教皇は不機嫌さを隠していない。
「ふんっ、なぜ私が命をかけなければならないのか。魔王などという存在と戦えるわけがないだろう? 私は逃げる。戦いたければお前が戦えばいい。こちらに死ねと言う神など信じていられるか」
「お前……っ、それでも教皇なのか!?」
「お前の方が馬鹿なのか? この世で一番大切なのは自分の命だ。次は金だ」
リンナット教皇は教皇らしさを取り繕うこともやめたらしい。今までの不気味な感じよりも、潔くて分かりやすくて怖さはなくなった。とはいえ、その主張は到底受け入れられるものではない。特に教皇としては最悪だろう。
「自分の命と金だと!? 貴様……!」
二人の言い争いに、一番面倒な展開だと私はゲンナリしてしまった。
リンナット教皇は元々信心深くなさそうだったし、この反応でもそこまで驚きはない。多分リンナット教皇を説得するのは無理だ。
とりあえず、二人が争って魔王との戦いの前にお互いに疲弊するという最悪のパターンだけは避けないと。
私はそんなことを考えながら、ダスティンさんを見上げた。
「ダスティンさん、リンナット教皇は放置か拘束するか、どちらがいいと思いますか?」
少し屈んでもらって小声で問いかけると、ダスティンさんは悩むことなく後者を選ぶ。
「拘束一択だ。放置していたら何をしでかすか分からない。何よりも逃げる時に聖騎士を連れていかれても困る」
「確かにそうですね。では、私が魔法を使う形でいいですか?」
「ああ、それと同時にティモテ大司教を動かすといい」
「分かりました」
素早く打ち合わせをしてから、私は未だに言い争っている二人に視線を向けながら、心の中でルーちゃんに呼びかけた。
――ルーちゃん、右側にいる豪華な白と金の服を着たおじさんと、その後ろにいる鎧を着た騎士たちを風魔法で床に拘束してくれる? 一瞬でお願い。
その言葉を聞いたルーちゃんは、張り切った様子で私の周りを飛び回る。そしてルーちゃんが私の前に出た、その瞬間。
「うっ」
「なっ」
短い呻き声と共にガシャンッと鎧が床に叩きつけられる音が響き、リンナット教皇側の人たちが一斉に倒れた。
「ティモテ大司教、拘束を!」
私の言葉に、ティモテ大司教は反射的に動く。
「はっ!」
ここまで躊躇いなく指示を聞いてもらえると、逆に怖いほどだ。
――ルーちゃん、風魔法を少し緩めてね。
ティモテ大司教たちが動きやすいように魔法を緩めてもらい、リンナット教皇たちが縄で縛られていくのを見守った。
最初は何が起きているのか分かっていなかったリンナット教皇も、事態を理解したのかぐわっと目を見開き顔を怒りに赤くしている。
「何をする! 私は教皇だぞ!」
あなたさっきまで、教皇の立場を放棄するようなこと言ってませんでしたか?
そう突っ込みたかったけど、ややこしくなるのでなんとか抑えた。
「今は魔王襲来に向けて時間がないので、協力してもらえないなら拘束するしかないんです。とりあえず戦わなくていいので、どこかの部屋で静かにしていてください」
「貴様っ、こんなことが許されると思っているのか!? そうだ、人質がいる。人質を傷つけられたくなかったらっ」
「あ、それならもう助け出してます」
リンナット教皇の言葉を遮って私が告げると、教皇は目を見開いて固まる。だんだんと焦り始め、慌ててまた口を開いた。
「私がいなければ聖騎士たちは言うことを聞かんぞ!」
それは一理ある話だ。しかしリンナット教皇が全く信用できない上に、創造神様からの頼みも無視するようなら、リンナット教皇の指示を聞く聖騎士がいても意味がない。
「そうかもしれませんが、神子として頑張ってみます。聖騎士たちの中には信心深い人もいると思うので」
ここにいるリンナット教皇の側近みたいな聖騎士たちはさすがに無理だろうけど、それ以外の聖騎士なら今までリンナット教皇に従ってたとしても、信仰心が普通にある人はたくさんいると思うのだ。
そもそも聖騎士になっているのだから、最初は絶対に神を敬う気持ちがあったのだろうし。実際に神からの加護をもらえるこの世界は、本来信仰心が篤い人が多いはずなのだ。
なぜそんな世界でリンナット教皇が教皇になったのかは分からないけど――。
「貴様のような背信者はレーナ様と話すことを許さん!」
ティモテ大司教がそう言って口に布を巻いたことで、リンナット教皇の声は聞こえなくなった。
殺しそうなほどの怒りをリンナット教皇に向けてから、ティモテ大司教は私に向かって頭を下げる。
「レーナ様、拘束が終わりました」
「ありがとうございます。では戦いが終わるまで、この部屋にいてもらいましょう。それからリンナット教皇の協力が得られなかったので、なんとか私が聖騎士たちに協力をお願いしてみます。聖騎士、さらには戦闘力がある人たちを全員集められませんか? 戦えなくとも住民の避難などを手伝ってくれるだけでありがたいので、健康で身軽に動けるというだけでも構いません」
リンナット教皇の協力が得られなかったのでとにかく急がなければと早口で伝えると、ティモテ大司教は恭しく頷いてくれた。
「かしこまりました。今すぐに!」




