281、創造神様
「え……ここ、どこ?」
創造神様の像の右手が光っていて、近くに行くと導かれるようにその光に吸い込まれ、手を伸ばしたのは覚えていた。
しかし、そこから何が起きたのかが分からない。隣にルーちゃんがいるのはすぐに分かったけど、他には何も見えなかった。
少なくともさっきまでいた礼拝堂でないことは確かだ。真っ白な空間に浮かんでいて、上も下も分からない。まさに何もない空間だった。
私は内心でかなり焦りながら、必死に冷静になろうと深呼吸を繰り返す。多分ここは神様たちに近い空間……とかだよね。それ以外に考えられない。ただどこを見ても神様らしき人も、それ以外の何かも見えなくて――。
『神子よ、よく来たな』
私の耳に、伸びやかに響く低い声が届いた。思わず息を潜めてしまうような、静謐な声音だ。
「あ、あなたは……」
辛うじてそれだけを告げると、また同じ声が聞こえてくる。
『我は創造神である。神子には大変な苦労をかけたな。世界の危機が迫る中、我の声を届けられたことは大きな幸運だろう。これで、世界の滅亡は免れるかもしれぬ』
声の主人が創造神であり、私が神子と呼ばれていて、さらに世界の危機が迫ってるなんて――あまりにも多い情報量に私の頭はフリーズしかけた。
しかし、必死に思考を回転させる。
「私は、神子なのですか……?」
まずはそこをはっきりとさせたかった。創造神様からの加護を得たけど、本当にそれだけだったから。最近はミスかもしれないなんて密かに思っていたのだ。
『うむ。その話をするにはこの世界のことを伝えねばならぬのだが――簡潔に述べよう。まずこの世界は一対なのだ。魔力が生み出される魔界と、魔力が消費される精霊界が隣り合わせで存在している』
最初から重要すぎる話だった。つまり……この世界は精霊界で、魔界から魔力が送られる方法がゲートってことなのかな。
『その認識で合っておる』
創造神様は思考を読めるらしい。
私は変なことを考えないようにしなきゃと考え、その考えも読まれているんだと焦り、そこで諦めた。神様に全てを暴かれるのは避けようがないことだろう。
『二つの世界はちょうど良いバランスを保っていた。しかし魔界に、魔王と呼ばれる存在が生まれてしまったのだ。魔王は神に近しい存在となり、世界の理を読み解いた。そして、精霊界を乗っ取ろうと企んだのだ』
ということは……もしかして今のゲート異常発生って、魔界に乗っ取られそうになってるってこと!?
あまりにも重い事態に愕然としてしまう。
「え、その、創造神様が魔王の暴走を止めるってことは……」
神様ならできるんじゃないのかと思って問いかけると、創造神様の声音が落ち込んだものに変わる。
『魔王は成長しすぎてしまった。我にも止められないほどにな。そして我々にも制限があるのだ。自らが作り出した世界とて、自由にできるわけではない。――そこで我は魔王の暴走を止められる存在として、お主を精霊界に送り込んだ』
まさか、ここで私が出てくるとは。思っていた以上に重要な立ち位置だったことが判明して、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
『しかし、ここでも問題が起きた。お主を精霊界に落とす時、時空の揺らぎが発生したのだ。それによってお主には異界の魂が入り込み、大聖堂に落とすはずだったお主は全く別の場所に行ってしまった』
「――それって、誰か女性のお腹に魂を入れるとかってことですか? それとも産まれてる赤ちゃんを精霊界に落とすってことですか……?」
私にとってはとても大事なことを問いかけた。ずっと疑問に思っていたのだ。私はなぜか、お母さんにもお父さんにもお兄ちゃんにも似てないって。
緊張しながら待っていると――創造神様からの答えは予想通りだった。
『赤子を落とすのだ。大聖堂の礼拝堂に落とすことで、お主は神子として丁重に育てられるはずだった』
やっぱりそうなんだ。つまり、私にお母さんとお父さん、お兄ちゃんと血の繋がりはないってことだ。多分、二人が私を拾ったのだろう。
ちょっとだけ寂しい気持ちはあるけど、それよりも拾った私をあんなにも愛してくれる家族が恋しくなった。皆の笑顔を思い出すと、血の繋がりなんか関係ないと思える。
早く、帰りたいな……。
もう何度も考えた気持ちが、また湧き上がってきた。
『時空の揺らぎが原因とは言え、申し訳ないことをした』
「いえ、謝らないでください。私は大聖堂に落とされるよりも、今の家族との人生のほうが良かったです。やり直せると言われても、また今の家族の下に落とされるのを選びます」
これは紛れもない本心だ。むしろ時空の揺らぎに大感謝したい。だって大聖堂に落とされてたら、あのティモテ大司教には神子様! って物心ついた頃から付き纏われて感動されて崇められて――リンナット教皇には確実に利用されまくってたと思う。
時空の揺らぎがなければ日本で生きた記憶のある私の魂はこの世界に来なかったのかもしれないけど、もうレーナとしての自分は私自身だ。この世界に来なかったときのことなんて考えられない。
そんなことを色々と考えていると、創造神様がさっきまでよりも低い声音で私に問いかけた。
『教会の者たちは神子にとって敵なのか?』
「あーー」
そうだ。創造神様は心を読めるんだもんね。そうなると隠すことはできないし、むしろ知らないなら伝えたほうがいいのかもしれない。
私は意を決して口を開いた。




