274、帰還要望への反応
カレーを楽しんだ翌日。私は緊張しながら大聖堂に向かっていた。今日は、アレンドール王国に帰りたいと伝えるのだ。
どんな反応が返ってくるのか……。
私は不安を紛らわせるためにも、大聖堂に向かいながら昨日のカレーのことを考えた。そのうちスープじゃないカレーができたら、カレーパンとか食べたいよね。ただこの世界にはパンがないという高いハードルが存在する。
あのふわふわに膨らんだ美味しいパンがないのだ。ラスートはトルティーヤみたいな感じで、ちょっと違うんだよね……でもラスートにカレーを包んで揚げれば美味しいのかな?
どちらかと言うとラスタがあるから、カレーライスの方が簡単だ。ラスタはかなり白米に近いから。
「カレーうどんとかも食べたいなぁ」
思わず小さな声で呟いてしまったら、近くを歩いていたダスティンさんに視線を向けられた。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です」
カレーのことを考えてました。なんて言ったらさすがに呆れられそうだ。ただそのおかげで、緊張が酷くなることはなく大聖堂に到着した。
中に入るといつものように、リンナット教皇をはじめとして、ティモテ大司教など教会の人たちがたくさんいる。
いつもならここで私が神々の像の前に向かって、教会の人たちとダスティンさんやお養父様など皆が見守る中で、ひたすら祈り続けるけど――。
今日は、祈りの体勢になる前にリンナット教皇に視線を向けた。
「本日は一つお話があります」
緊張して少しだけ声が震えたけど、ちゃんと言えた。すると皆から怪訝そうな眼差しを向けられる。リンナット教皇はいつも通りの笑顔だけど……どこか私のことを品定めするような、そんな感じがある気がする。
「何でしょうか。レーナ様のご要望であれば、何なりと聞き入れましょう。何か欲しいものがおありでしょうか。それとも滞在場所の快適さが足りませんか?」
「いえ、そうではなくて……その、私はそろそろアレンドール王国へ帰りたいと思っています」
その言葉を伝えた瞬間に、リンナット教皇のまとう空気が冷たくなったような気がした。逆にティモテ大司教は怒りを露わにしていて、その辺りの空気だけとても熱くなっているように錯覚する。
そんな反応に気圧されそうになりながら、私はまた口を開いた。
「私は創造神様からご加護をいただきましたが、これだけ祈っても反応や変化がない以上、私のお声を聞き届けてくださるわけではないようです。私がこの場で祈っていても事態が改善しないのであれば、国に戻りたいと思っております」
そこまで伝えたところで、まず口を開いたのはティモテ大司教だった。ティモテ大司教は顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
「創造神様のご加護がどれほど貴重なのか、分かっているのですか!? 創造神様がご加護をお与えになった存在からのお声を聞いてくださらないなどあり得ません! 創造神様は慈悲深いお方なのです! ……分かったぞ」
自分の主張をひたすら叫んでいたティモテ大司教が、突然天啓を得たように顔を喜色に染めて宙を見つめた。
何を言われるのかと身構えた私をよそに、宙を見つめたまま口を開く。
「創造神様、そうだったのですね。ご意志を汲み取るのが遅くて申し訳ございません……あのゲートはご加護を持つ者を返すようにと、そういうご指示だったのですね」
そう告げたティモテ大司教は、恍惚とした表情で私に目を向けると、何の躊躇いもなく言った。
「我々の力であなたを創造神様の下へ送り届けましょう。創造神様の下へ行けるなど、とても羨ましいことです。感謝してください」
――いや、いやいやいやいや、ちょっと待って!
あまりにも急展開すぎて付いて行けなかったけど、それってつまり、私に命を落とせって言ってるのと同じことだよね!?
え、怖い。怖すぎる。理論が全く理解できないし、急に意見が変わりすぎだって。この前まで私のことを怖いぐらいに持ち上げてたのに、手のひらを返すにもほどがあるよ……。
ティモテ大司教にとって創造神様が一番で、私はただその加護を持っている人ってだけなんだろうなとは思ってたけど、それにしても酷いし理解できない。
なぜか今までで一番の笑みを浮かべているティモテ大司教が怖すぎて、私が何も言葉を発せないでいると、お養父様が私の隣に来てくれた。反対の隣にはダスティンさんだ。
二人の存在が心強すぎて、涙が溢れそうになる。私はそれを必死に抑えて、何とか深呼吸をした。




