272、祈る日々と帰還について
祈り始めてから一週間が経過した。服装を変えたり祈り方を変えたりと色々なことを試したけど、ここまでで祈った成果はゼロだ。いくら祈っても何の反応もない。
さらに昨日の夕方にゲート出現率の簡易的な調査結果が出たらしく、その結果は――変化なしだった。
もうこれは、私の予想通り祈りは意味がないってことだろう。さすがにティモテ大司教たちもその事実に気づき始めたのか、最初の頃の興奮はどこにいったのかというほど静かになっている。
いや、静かどころか、たまに私のことを睨んでる気がするのは気のせいじゃないはずだ。
リンナット教皇は相変わらず何を考えてるか分からないけど、たまに私のことをじっと見つめてくる。
そんな中で今日の祈りの時間も終わり、私はやっと宿泊所に戻った。その応接室で、あまりの疲労感からソファーにグダっと座る。もうお養父様の前でも取り繕えないほど疲れているのだ。
「やっぱり、効果なしで決定だと思います。もう帰れないでしょうか……」
本音が口から溢れると、ダスティンさんとお養父様が顔を見合わせた。そして何日祈ったのか、リンナット教皇やティモテ大司教の反応はどうなのか、色々と話し合って――一つの結論が出される。
「明日、帰還の話を切り出してみても良いかもしれないな」
ダスティンさんのその言葉に、私はガバッと前のめりになった。
「本当ですか!」
「ああ、レーナの祈りでは今の状況を打破できないという認識が広まっている。残念なことだが、これから祈りが届いて創造神様が応えてくださる可能性は低いだろう。となれば、私たちの役目は終わったことになる」
「ですよね!」
私たちは元々、祈りを捧げるという行動そのものが目的なのだ。ゲートの出現率を抑えるとか、世界的な異常が収まるとか、創造神様が応えてくれるとか、その辺は副産物だ。
あくまでも私に請われたのは、祈りを捧げるという部分だけ。つまり、もう義務は果たしている。
ただ一つだけ心配なのは、だからといってすんなりと帰してもらえるのかってことで……。
「どんな反応をされるのか、少し怖いですね」
思わずそう呟くと、お養父様が眉間に皺を寄せながら言った。
「大聖堂での祈りによって何かが起こることはなかったが、レーナが創造神様の加護を持っていることは確かであり、その実力も皆が知っている。少しでも長くここに留まるような方向に、話を持っていかれる可能性はあるだろう」
「やっぱりそうですよね……」
それは私でも分かる。ルーちゃんの力はそれほどに規格外なのだ。今の危険な状況では、誰もがルーちゃんの力を欲しがるはず。つまり、私を欲しがるってことだ。
「後はティモテ大司教の反応も気になるな。レーナの声が届かないようだと分かると、あからさまに態度が変化している」
ダスティンさんの懸念に、私は今日のティモテ大司教を思い出した。
「私のことを睨んでましたよね……」
最初からティモテ大司教の盲目的な私への信仰心は怖いと思っていたけど、ここにきてその予感が当たりつつある。ティモテ大司教は創造神様に声を届けられない私のことを、どう思っているのか。
そしてリンナット教皇も本当に何を考えてるか分からないので、反応の予想ができない。
「とにかく、明日話を切り出してみるしかないでしょうか」
「そうだな。そしてその後の話し合いなどは私たちも協力するから、心配いらない」
「レーナは私の娘として、アレンドール王国の代表としてここにいるのだから任せなさい」
そう言ってくれる二人があまりにも頼もしくて、私は感動で泣きそうになりながら笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そうして明日の予定が決まったところで、今日の夜ご飯だ。今日は部屋で一人で食事をとるのが嫌だなと思っていたら、そんな気持ちを汲み取ってくれたのか、ダスティンさんが嬉しい提案をしてくれる。
「今日はこの場で、皆で夕食とするのはどうだろうか。オードラン公爵がこの街の市場に出かけ、土産として購入してくれたスパイスを使って、クレールが料理を作ったのだ」
今日は昼頃にお養父様が出かけると大聖堂を出たのは知っていたけど、まさかお土産を買って来てくれてたなんて。私は一気にテンションが上がった。
「ぜひ! お養父様、ありがとうございます。それからダスティン様、クレールさんもありがとうございます」
私の返答を聞いて、すぐにダスティンさんが合図をする。するとそんなに待たずに、私たちがいる応接室に食事が運ばれてきた。
この香りは――もしかして、カレー!?




