269、教皇
私たちを迎えてくれた皆さんがザッ跪いた音に、体がビクッと反応してしまった。
「レーナ様、シーヴォルディス聖国へようこそお越しくださいました。創造神様の加護をお持ちであるレーナ様とお会いできたこと、望外の喜びでございます。私は教皇として神に仕える者――名をリンナットと申します」
リンナット教皇は、たぶん六十歳ぐらいの男性だ。挨拶してくれた声はよく通るイケボで、つい好印象を持ちそうになってしまう。
しかしそこをグッと耐えてしっかり観察すると、笑顔はなんだか胡散臭かった。なんだろう、張り付けたような笑顔っていうのかな。本心が全く読めないのだ。
これならティモテ大司教の方が、まだ分かりやすくて良いかもと思うぐらい。
「――レーナ・オードランと申します。アレンドール王国の代表としてこちらに参りました。よろしくお願いいたします」
私はあくまでもアレンドール王国のレーナとして来てますよってことを強調しつつ、当たり障りない挨拶に留めた。
するとリンナット教皇は私たちをぐるりと見回して、ティモテ大司教のところで視線を止める。
「ティモテもご苦労様です。大役を果たしたあなたには、神々のさらなるご加護があることでしょう。しばらくは神々へと、レーナ様に関するご報告をして過ごすことをおすすめいたします」
「ありがとうございます! ぜひそうさせていただければ……!」
「もちろんですよ」
リンナット教皇が近くにいる祭司服の部下に視線を向けると、その人たちによってティモテ大司教はどこかに行ってしまった。
教皇とティモテ大司教は、対立してるってことはなさそうかな? どちらかというと教皇が、神様至上主義とも言えるティモテ大司教をいい感じに利用してるようにも見えるけど……。
今のやり取りだけじゃ、本当のところは何も分からない。
私が無意識のうちに警戒をしていると、リンナット教皇は変わらず本心の読めない笑顔で言った。
「ではレーナ様、そしてアレンドール王国の皆様、大聖堂へどうぞお入りください。まずは旅の疲れを癒していただければと思います」
「……ありがとうございます。騎士たちも構いませんか?」
「もちろんでございます」
そうして私たちは、構えていた割にはかなり呆気なく、全員で大聖堂の中へと足を踏み入れることになった。
最悪私しか入れないとか、騎士はダメだとか、色々と言われる可能性を考えてたけど、何も言われずに拍子抜けだ。
このまま何事もなく祈りを捧げて、何も起きずにアレンドール王国へ帰れたらいいな……。
「レーナ、大丈夫だろうか」
後ろから声をかけられて振り返ると、そこにいたのはお養父様だった。お養父様は私が教会を苦手なことをよく理解してくれているので、心配してくれているみたいだ。
「はい。大丈夫です」
お養父様の心配を嬉しく思いながら、頬を緩めて頷いた。
そしてぐるぐるしていた思考は打ち切って、大聖堂の内部を観察する。
「凄く豪華な建物ですね……」
とにかく天井が高く、細部まで細かい装飾が施されていて、作り手の労力に意識が向いてしまった。そもそもこの大聖堂はいつ作られたんだろう。
「これは、遠くから礼拝に来る者がいるのも理解できるな。とても素晴らしい建造物だ」
ダスティンさんが感心したようにそう言ってるけど、たぶんちょっとズレてると思います……。
ここに来る人は大聖堂を見学に来るんじゃなくて、神に祈りに来るんだからね。ダスティンさんは純粋なこの世界の生まれの割には、結構宗教にドライだ。
私としては、そういうところも親しみやすい点だったりするんだけど。
「これはどのような材質なのだ? パーツごとに装飾を彫ってから組み立てたのか、それとも組み立ててから彫ったのか」
真剣に考え込むダスティンさんは放っておいて、私は上を見上げた。するとそこには、神々と精霊を表しているのだろう絵画がある。
「凄いなぁ」
ひたすら圧倒されていると、目的地に着いたようだ。私たちが案内されたのは正面から見て、右手側にあった建物らしい。
「こちらの建物は特別な礼拝者の宿泊所となっております。ぜひ皆様でお使いください」
リンナット教皇の言葉に、私はかなり驚いた。
「この建物一棟を貸していただけるのですか?」
「もちろんでございます。創造神様のご加護をお持ちのレーナ様ご一行ですから」
なんだか待遇が良すぎて、逆に怖くなるほどだ。
「……ありがとうございます」
「お食事も毎食準備させていただきます。お部屋の数が足りないようであれば仰ってください。こちらの建物には控え室がありまして、そちらには常に数人の司祭を待機させておきますので、何かご要望があればそちらへ」
完全に特別待遇だ。でも創造神様の加護を持つ存在をもてなすって考えたら、特別な礼拝者の宿泊所を一棟貸ししてくれるのも普通なのかもしれない。
私が教会側だとして――うん、そのぐらいはするかな。ティモテ大司教はちょっと行きすぎてる感じがして怖いけど、これは理解できるかも。
そう納得できたら、なんだか心が軽くなった。
「とても助かります。滞在期間中はよろしくお願いします」
私の言葉に会釈したリンナット教皇は、ティモテ大司教のように泣くことも過剰に祈ることもなく、お付きの人たちを連れてすぐに宿泊所を後にした。




