258、夕食と翌朝
ティモテ大司教が巨木に夢中になってからは、本当に平和な時間が流れた。一応ティモテ大司教も雨が上がって安全の確保ができたらここを去ることは分かっているみたいで、それまでにと必死で色々な準備を進めていたのだ。
教会関係者はそんなティモテ大司教にずっと巻き込まれていたので、私たちはとにかく平和だった。
雨音を聞きながら皆でお茶をして、のんびりと会話をする。この先の街で買いたいお土産などの会話もして、時間が遅くなってきたので夕食の準備だ。
もう日が暮れる時間になってきたので、今日はこのまま巨木の下で夜を明かすことになった。この巨木なしで大雨の中、夜を迎えていたと思うと……本当にルーちゃんがいてくれて良かったよね。
私は改めてルーちゃんに感謝を伝えながら、料理人さんたちの動きをぼーっと眺める。
「こんな場所でも手際が良いの、本当に凄いよね」
隣にいるパメラに何気なく声を掛けると、パメラは当然というように頷いた。
「この遠征に選ばれた料理人は、野営などにも精通している者たちですからね」
「そうだったんだ。いつも美味しい料理をありがたいな」
ティモテ大司教は食事の準備も忘れて、今はひたすらに祈っている。あそこまで信心深くいられるのも凄いことだよね……私には無理だ。
そんなことを考えていると、パメラに小声で伝えられた。
「レーナお嬢様、今夜は大勢の方たちの視線がありますから、お嬢様らしくお願いいたします」
その言葉でハッと我に返る。なんだか力が抜けて、公爵家の令嬢という立場を忘れていた。今なんてかなりダラっと怠惰な感じに座っていて……。
「ありがとう。気をつけるわ」
一瞬で背筋を伸ばして、口調も戻した。
「教会の者たちもおりますから、お気をつけください」
そうだよね。教会の人たちに弱みを見せるのは良くない。
でも夜までお嬢様を演じてるの疲れるから、早めに私のリューカ車に入ってのんびりしたいなぁ……ついそんなことを考えてしまった。
お嬢様としての生活には慣れたけど、やっぱり私は庶民なのだ。これはもう、何年経っても変わらない気がする。
「少し火が弱まっているな」
ダスティンさんの言葉で話題が変わり、私はまた調理場に目を戻した。すると鍋を煮ている場所の火が、上手く燃えていないようだ。
「もう一度、魔法を使ってきた方が良さそうですね」
実は夕食の準備をするにあたって、ティモテ大司教と少し口論があった。神木の下で料理をするなど信じられないと主張するティモテ大司教に納得してもらうため、火や水など、料理に使うものは基本的に私とルーちゃんの魔法で出すことになったのだ。
少し面倒だけど、これでティモテ大司教が納得して静かでいてくれるなら、いくらでも魔法を使う。
「そうだな。よろしく頼む」
「もちろんです。レジーヌ、ヴァネッサ、護衛をお願いね。パメラも行きましょう」
「はい」
「お守りいたします」
それからも順調に夕食の準備が進み、夜ご飯が完成した。急遽の野営となったにもかかわらず、夜ご飯はとても豪華で美味しそうだ。
具沢山のスープにお肉を焼いたもの、さらに丁寧に焼かれたラスートまである。ラスートではお肉を巻くらしい。お肉用のソースとして、ハーブやオニー、ミリテで作られた地球で言うとサルサソース? みたいなものまで準備されていた。
「ではいただこう」
「はい」
ティモテ大司教は食事も忘れて巨木への対処に追われているので、私は安心してダスティンさんやお養父様と一緒に食事となった。
パメラが綺麗に巻いてくれたラスート包みに上手くナイフを入れて、フォークで口に運ぶ。本当は手づかみでガブっといきたいけど、ここは我慢だ。
貴族だって絶対に手掴みで食べた方が楽だって思ってるのに、見栄えを気にしないといけないのって大変だよね。
そんなことを思いながらも、その美味しさを堪能した。
「凄く美味しいです!」
「ああ、良い味付けだな」
「腕の良い料理人たちだ」
貴族向けのラスート包みは、平民たちみたいに手掴みで食べる想定じゃないから、かなり薄焼きにする。だからこそ具材の味がより強調されて、また違った美味しさがあるのだ。
「スープもなんだか安心します」
やっぱり温かい料理を食べると、人はホッとする。そんなことを考えながら最後まで美味しい食事を堪能して、私は夕食を終えた。
私たちの後に騎士たちやパメラやヴァネッサ、レジーヌたち側近、さらに料理人たちなども食事をして、ティモテ大司教たちも一応軽食を口にして、食事の時間は終わりだ。
夜はそれぞれのリューカ車に入り、少し遠くに雨音が聞こえる中で眠りにつく。
そして、朝日が顔を出す頃。見上げればそこには――どこまでも澄んだ青空が広がっていた。




